老後資金ほぼゼロの64歳・大卒サラリーマン、〈65歳リタイア〉なら年金“月15万円”で「こりゃヤバイ」→〈70歳まで働く〉と…将来手にする“年金月額”に小躍り【CFPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

現在、多くの企業で採用されているのは60歳、もしくは65歳定年制です。しかし、法改正もあったことで、近ごろでは70歳まで働き続けられるような環境が整備されつつあります。企業の定めた「定年」でリタイアするか、働けるうちは働き続けるか……。これにより、受給する年金額におよぼす影響も大きいのです。本記事では中野さん(仮名)の事例とともに、年金の繰下げ受給による効果とその注意点について、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。

末っ子はまだ学生、老後に向けての貯金ができなかった3児の父

中野晴夫さん(仮名/64歳)は大学を卒業し、新卒で地元の中小企業に入社。一度も転職せずにずっと同じ会社に尽くしてきました。

そんな中野さんの悩みは、もうすぐ退職の年齢という時期にもかかわらず、3人の子供の子育てが終わり、末っ子がようやく大学院を卒業するという状態で、老後の貯蓄がほとんどできていないことです。

中野さんが65歳から受け取ることができる年金は月額にして15万円程度です。同い年の妻の伸子さん(仮名)はパート勤務だったため、厚生年金に加入しておらず、年金の受給額は月額で7万円程度が見込まれています。つまり、夫婦2人で合計22万円程度にしか受け取れません。

普段のクレジットカードの仕様明細やまだ残っている住宅ローンの返済額を考えると、「たぶんこれでは退職後の生活費には全然足りない……」中野さんは悩んでいました。

そんな中野さんの会社では、人手不足への対応のため70歳に定年を延長していました。65歳での退職を予定していた中野さんでしたが、年金受給開始年齢を70歳まで延長することを考え始めます。

会社の顧問FPに相談

中野さんの会社では、顧問FPに相談できる社員向けの福利厚生を導入しています。中野さんは老後への不安をFPに相談してみることにしました。

FPは中野さんからのヒアリングにより、毎月の支出を算出し、公的年金の受給額から、老後は月額5万円~8万円程度の不足が考えられると指摘しました。確かに、中野さんの資産といえば、昔会社に出入りしていた保険会社の営業担当から勧められ、なんとなく加入した養老保険の受取額が500万円と、現状の預金の100万円程度です。これでは今後の生活費や介護の資金などの不安が大きいいのも無理はありません。

では、もし70歳まで働いて年金の受給開始年齢を遅らせるとどうなるでしょうか? 試算を行ってみることに……。

70歳まで働いた場合の年金受給額

中野さんが65歳以降も勤務した場合の年収は大体400万円程度、70歳まで働いて年金の受給開始を遅らせた場合には、年金受給額は42%増えることになります。

すると、15万円受け取ることができる予定だった中野さんの年金額は、およそ21万円にまで増えることになるのです。

そして、65歳以降も勤務するため、公的年金の受給は65歳までの勤務の分よりも増えることになり、5年間で毎月約1万円を増額させることができます。

結果、70歳以降で受け取ることができる公的年金と、妻の年金の受給額を合わせると、31万円程度を受け取ることができ、毎月5万円程度は貯蓄に充てられそうです。つまり、5年間で貯蓄は300万円程度増やせる見込みになったのでした。この結果に、老後のお金の不安から少し解放され、中野さんは小躍りしました。

忘れてはいけない…「年金繰下げ受給」のデメリット

ただし、デメリットとして公的年金の受給額が増えることで税金、国民健康保険料が増えるという点があります。

公的年金は年間110万円まで非課税で受け取ることができます。そして、確定拠出年金や公的年金の受給額を合計した金額から110万円、もしくは所定の計算式で計算された控除額を差し引いた金額が雑所得として課税されることになります。

所得には所得税と住民税が課税され、さらに国民健康保険料も所得が上がると高くなります。仮に65歳から受け取っていた場合には、中野さんの場合、年間の受給額が約180万円ですから、所得は70万円となります。この場合、

所得税……約3,000円

住民税……約1万2,000円

国民健康保険料……約10万円

となります。合計すると、11万5,000円の負担となります。

しかし、70歳まで繰り下げして受け取った場合、

所得税……3万6,000円

住民税……7万9,000円

国民健康保険料……約19万5,000円

と、年間で合計31万円もの税金、国民健康保険料が課せられます。つまり、繰下げ受給をしない場合と比較して、年間19万5,000円程度負担が増えてしまう計算になるのです。

こういったデメリットもありますが、中野さんは、最終的に手元に残る金額を考えると公的年金を繰下げするほうがメリットが大きいと考えたため、繰下げすることに決めました。

公的年金は夫婦2人で生活するには十分なくらいに増額させることができ、貯蓄にも少しゆとりを持つこともできるようになりました。

「早死にしたら損」といわれる繰下げ受給

今回は老後の資金に不安を抱えていたものの、繰下げ受給を選択することで解消できた中野さんの事例をご紹介しました。

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報」/令和3年度によると、繰下げ受給を選択した人は、国民年金(基礎年金のみの人)では1.8%、厚生年金では1.2%となっています。繰下げ受給を選択するとその分年金額が増えますが、選択する人はまだ少ないようです。

老後の資産形成が上手にできなかったという方は、公的年金を繰下げすることで一生受け取ることができる年金を増やすことができ、それにより赤字が見込まれた家計でもゆとりを持った老後を送ることができます。

「早死にしたら損」と思われる方も多いのですが、確かにせっかく納めた公的年金ですから早くもらいたい、もらわないまま亡くなってしまえば損してしまうという考え方もあります。十分な資産を保有し、老後の不安がない状態でしたらそういった損得勘定で判断してもいいでしょうし、65歳まで待たずとも60歳に繰り上げて受給開始するのもいいでしょう。

しかし、老後に困窮することが予想されるのであれば目先の損得勘定よりも不安を解消することを優先させるほうが賢明といえると思います。

また、老齢基礎年金部分のみを繰下げし、老齢厚生年金のみ早く受け取るといった受け取り方も可能であり、現在は最長で75歳まで繰下げをすることができます。

その人によってどういった受け取り方がよいかは異なり、今回のように両方繰下げしたほうがいいケースもあれば、厚生年金部分のみを受け取って、基礎年金部分のみ75歳まで繰下げしたほうがいいケースもあります。

年金制度はとても複雑ですので、公的年金に強いFP、社会保険労務士に相談しながら、自分に合った戦略を立ててみることをおすすめします。

小川 洋平

FP相談ネット

CFP

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン