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西武の松井稼頭央監督が26日のオリックス戦を最後に休養に入ることが発表された。「休養」と言っても事実上、監督交代人事と言っていい。26日終了時点でリーグ最下位もさることながら、12球団最多の30敗を喫している状況で、球団が決断しなければいけなかったということであろう。メジャーリーガーまで上り詰め、チームのレジェンドでもある松井稼頭央監督は、どこで采配を間違い、こうなってしまったのだろうか。
「禅問答ですね」
試合後の監督記者会見を終わって出待ちをしていると、テレビ局の記者が筆者の耳元でそっとつぶいやいた。どんな質問を投げても、記者が尋ねた質問とはズレたコメントを返す。それがいわゆる「禅問答のようなやりとり」に映るということである。
これまでプロアマを含めて100人ほどの指導者と対峙してきたが、松井監督ほど哲学が見えにくい監督はいなかった。それは彼は無能な指揮官であるという意味ではなく、最後まで「監督としての哲学」を探していたような気がするのだ。
どれだけ成績が悪くても、松井監督に対して否定的になれなかったのは、取材においての表情がいつも変わらなかったからだ。コメント内容はともかくとして、質問者の目を見て語り、厳しい質問にも表情を変えない姿勢からは純な人間を感じることができたのである。
その彼が取り乱したのはたった一度だけだった――4月10日のロッテ戦で、10回表に勝ち越しを許して敗れた際に、ソトを敬遠すべきじゃないのかとスポーツ紙記者から訊かれた時――。
ただ、取材を進めていくうちに、松井監督の会見が禅問答となる理由が透けて見えてきた。松井監督はどんな質問に対しても答えるが、それが選手への評価になりそうな時、必ずと言っていいほど、言葉を濁すのだった。
筆者は打順のことをよく尋ねたが、まともな回答は得られなかった。例えば「◯◯選手をなぜ6番にしたのか」などと聞くと「何でなんでしょうね。バッティングコーチと相談しながらです」と打順の決定に関与していないかのような口ぶりで話すのだった。しかし、平石洋介ヘッドコーチの証言によれば「監督が最終決定をしている」とのことだから関与しているはずなのだ。
とにかく選手を庇おうとする。チャンスで打てなかった選手がいても、「いつもは頑張ってくれている」と言うし、炎上した投手を咎めるようなこともなかった。メディアをうまく活用していた辻発彦前監督とはまるで性質が異なっていた。
質問が戦術的なことに及んでも、そこに必ず選手が登場してくるので、まともな回答が返ってこなかった。「それを言い出したらキリがない」「結果論になるので」。こちらは誰かの責任を求めているわけではなくて敗因はどこにあるかだけを探りたかったが、指揮官からの具体的な話がないから、話はまったく発展しなかった。
いつしか、そのビジョンに疑問さえ浮かんできた。
そのビジョンとは今のライオンズが目指している方向性についてだ。
球団は19年から「育成のライオンズ」を掲げ、民間企業の力を借りてコーチ研修を行っている。その中で求められていることの一つが指導者の「言語化能力」だ。現在のスタッフでこれを受けていないのは豊田清ピッチングコーチのみで、松井監督も二軍監督時代に研修を受けている。 編成ディレクターの潮崎哲也氏は研修の経験をこう語る。
「研修で言語化について言われた時、『そんなことが言われんでも分かってるわ』って思うんです。でも、実践しようとしていくと、うまく喋れなかったんです。研修を受けて勉強になったことはたくさんありますね」
潮崎氏はそう語っているのに、松井監督がなぜ言語化能力に乏しいのかという気になってくる。研修そのものが悪いのであれば、潮崎氏のような意見は出てこないだろう。
こうなると、指揮官の資質の問題と言わざるをえない――そう確信したのは、5月21日の試合後の記者会見だった。
3対5でロッテに7連敗を喫した試合。2点ビハインドの9回裏の攻撃で、松井監督は先頭の古賀悠斗に代えて若林楽人を代打に送った。古賀は今季、開幕から一軍にいる選手の中で最も打率が高い選手だった。その古賀の代わりに、打率1割台の若林を送ることに疑問はあったが、その采配以上に気になったのが若林の打席での姿勢だった。
2点ビハインドで先頭打者の出塁が必要な場面で、彼からは塁に出てやろうという姿勢がまったく感じられなかったのだ。根性論の話ではない。投手への向き合い方だ。
結果は空振り三振。試合はそのまま西武が敗れた。 これは指揮官に尋ねなければならない。古賀に対する代打の質問ではなくて、あの場面に必要なことは何だったのかを聞けば、監督の哲学を考える上でも一つの答えになるのではないか。そう思ったのだが、松井監督のコメントはあまりにも無味乾燥なものだった。
「本人たちは何とかと思ってやっている。何とかしようってみんな思っているし、勝敗は監督の責任です。選手は思いっきりやってもらったらいい」
昨年の暮、日頃からお世話になっている先輩ジャーナリストと食事に行く機会に恵まれた。プロ野球で多くの監督を取材している大先輩だ。その席で、「松井稼頭央はどんな監督か?」と質問を受けて「選手を気遣いすぎて、あまり指導者としての色が見えてこない」と報告すると、こんなことを教えてくれた。
「選手に気を遣っている監督で、いい監督になった人ってあんまりいないんだよね」
松井監督の指導者としての哲学――。
今回の休養を受けて、肯定できるものは残念ながら見つけることはできなかった。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。