9歳の女の子死亡 なぜ精神科医は「観賞用」スポーツカーを時速120キロで走らさせたか…裁判で語られた “理由”

広島県福山市で2022年、スポーツカーが右折の軽乗用車と衝突し、軽乗用車に乗っていた当時9歳の女の子が亡くなった事故の裁判が、21日から広島地裁福山支部で始まりました。制限速度を70キロも超えてスポーツカーを運転し、過失運転致死傷の罪に問われている精神科医の男(37)は、これまでも3度にわたって速度違反での取り締まりを受けていました。

事故は2022年6月に発生しました。起訴状によりますと、男は、6月18日午後8時25分ごろ、福山市霞町1丁目の最高速度時速50キロの道路を時速約120キロで走行し、交差点で対向車線から右折をしていた軽乗用車と衝突。事故の衝撃で、軽乗用車に乗っていた当時9歳の女の子を車外に投げ出させて死亡させたほか、軽乗用車を運転していた女の子の祖父に骨折などの大けがを、歩道上にいた男性に胸部打撲傷などのけがをさせたとされています。

法廷に黒色のスーツ姿で現れた男は、起訴内容に間違いがないか問われると、「ありません」と認めました。

裁判では、男がスポーツカーを高速で走行させていたのは、事故があった日だけではなかったことが明らかになりました。検察によりますと、男は18歳で運転免許を取得して以降、3度にわたって速度違反での取り締まりを受けていました。

事故を起こしたスポーツカーを購入したのは、事故の約1か月前。「鑑賞用」で「実用性に向かないので、たくさん乗るためではなかった」といいます。しかし、検察側は、男が知人とのドライブなどでも高速で運転を繰り返していたと指摘しました。

事故当日、男は喫茶店に行くため、制限速度を70キロ上回る時速120キロまで加速させ、交差点に進入しました。対向車線から右折する軽乗用車に気がつき、急ブレーキをかけましたが、間に合わず軽乗用車と衝突しました。

「被告人を許せない。孫は祭に… 重い処罰を」祖母が語った家族の喪失

検察側は証拠調べで、亡くなった女の子の祖母の思いを読み上げました。

▽亡くなった女の子の祖母(事故当日について)
「駅前の祭に夫(女の子の祖父)と一緒に行った。娘(女の子の母親)が夜の運転は危ないと言ったため、夫が連れて行くことになった。午後9時ごろ、大きな事故が起きたと電話があり、(孫は)そのまま亡くなった。娘は大声で泣き続けていた。夫も私もショックを受け、悲しみを引きずっている」

「被告人を許せない。普通のスピードで走っていれば、事故があっても死亡することにはならなかった。孫は小学4年生で、まじめで優しい子。友だち思いだった。被告人には重い処罰を受けてほしい。母も同じ考えだ」

■勤務先には「殺人犯」と電話も 妻は「取り返しのつかないこと… せめて二度と運転をしない」

裁判では証人尋問で出廷した男の妻が、「取り返しのつかないことをしてしまった」とうつろな様子で語りました。

弁護人
― 被告人が運転する車に同乗したことはあるか
「はい」

― 被告人の運転をどう思うか
「家族で出かけるときは、そんなに私から注意することはありませんでした」

― 今回の件でどういう話をしたか
「取り返しのつかないことをしてしまったという話をしました。今となっては何もできることはなく、せめて二度と車は運転しないことを決めました」

― 報道が家族に与えた影響は
「家に取材の方が来たりで、外にも出たくなくなってしまいました。勤務先にも電話をいただいたことも。中には殺人犯とかという話もありました」

― 運転免許を取得することは
「免許は必要ありません」

― 今後、家族で出かけたりする時には自動車は必要では
「どうしても必要な場合は私が運転し、その他の場合でも公共交通機関で移動するようにさせます」

検察
― 今回の車輌に証人は同乗したことは
「ないです」

― 被告人は速度違反、スピード違反がある
「交通違反をしたのは存じ上げませんでした」

妻は、言葉が途切れ途切れになりながらも、法的な誓約書をつくって男に二度と運転免許を取得させないようにしたいと話しました。

「元来せっかちな性格」なぜ男はフェラーリを高速で走らせたのか… 被告人質問で語られた ”理由”

事故当日、男は喫茶店に行くためにフェラーリの「トリブート」を運転していました。精神科医の男は供述調書で、自身を「せっかち」と分析しています。

また同時に、車を高速で走らせることに快感を覚えていたとも語っていました。被告人質問では、なぜ男が時速120キロで運転していたのか、弁護人、検察官、裁判官が男に問い正しました。

弁護人
― 供述調書で120キロと言っているが事実か
「自分自身がスピードメーターを見ていたわけではないが、あくまで体感。過去の運転経験から車両の速度判定を警察に確認して推測した」

― 制限速度を上回る速度で走っていた理由は
「元来、せっかちな性格で、運転する際に早く目的地に着くことができればと。直線で青信号が続くと少しでも早く行ければと」

― 何に危険を感じて急ブレーキを踏んだのか?
「青信号を直進中に対向車線から右折車が入ってきそうで危険を感じて急ブレーキを踏んだ」

― 被害者への対応は
「歩道上にいてけがをさせた男性には連絡をして直接謝罪をした。亡くなった女の子の遺族には、警察から連絡してはいけないと言われたため連絡できないでいた。今日に至るまで直接的な謝罪はできていない」

― この場を借りて遺族へ述べたいことがあれば
「被害者の方にお詫びの言葉しかない。一生をもって償えられたら」

― 今後、出かけるときはどうするのか
「徒歩や公共交通機関、妻の運転で移動している」

― 勤務先の対応は
「事故当初、休職となった。1日70人ほど診察しており、患者が困るので1週間後に復職せざるを得ないということで復職した」

検察官
― これまでに速度超過が起因する事故のニュースを見なかったか
「見たことはあった。今思えば身の振りを考えるべきだったが、その当時までは意識が向いていなかった」

裁判官
ー 速度超過による事故のニュースと、これまでの運転態度を直結できなかった理由は何か
「自分の運転への過信があったと思う」

弁護側は、歩道にいた男性との間で示談が成立していること、男が贖罪の思いから、日弁連交通事故相談センターへ100万円を寄付していることも明らかにしました。

検察側・禁固3年を求刑「苦痛や無念さは察するに余りある」 弁護側「被害者側にも寄与する過失が少なからずある」

検察側は、大幅な速度超過による「男の過失の程度は大きい」と指摘。「女の子は、事故の当時も楽しみにしていたお祭りに行くため、祖父の運転する軽乗用車に同乗していた。突然命を奪われ、その苦痛や無念さは察するに余りある」などとし、禁錮3年を求刑しました。

一方、弁護側は「双方とも青信号で、右折車両は直進車両を待たなければならないのだから、被害者側にも過失が少なからずあり、亡くなった女の子は後部座席でシートベルトはしていなかった」と指摘。加えて、運転免許は取り消し処分になり、再犯の可能性もないなどとして、執行猶予付きの判決を求めました。

最後に男は「私が引き起こしてしまったことに対して、被害者の方に謝罪の気持ちしかございません。本当に申し訳ございませんでした」とうつむきながら語りました。

裁判は即日結審しました。

黒のスーツ姿で入廷 男は緊張した面持ちで判決を待ち…

そして6月4日、判決の日を迎えました。男は黒のスーツ姿で入廷。緊張した面持ちで、うつむいたまま静かに判決を待っていました。

広島地裁福山支部の 松本英男 裁判官は「指定最高速度の2倍以上の速度で走行させ、過失の程度は大きい。1人を死亡させ、2人に重傷を負わせた結果は誠に重大」とし「実刑の選択も視野に入る事案であるといえなくもない」と述べました。

一方で、「交差点を右折するにあたり、直進してくる車を十分に確認しなかったことなど対向車側の事情も結果に影響を及ぼしているとみることができる」と指摘しました。

そのうえで、「被告人の過失に対しては厳しい非難は免れないとしても、直ちに実刑に処することは躊躇される」などとし、禁固3年・執行猶予5年の判決を言い渡しました。

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