「ダノンデサイルと真摯に向き合った」百戦錬磨の56歳・横山典弘の進言を受け入れた陣営の“英断”。無念の皐月賞除外が大きな布石に【日本ダービー】

クラシック二冠目にして、「競馬の祭典」と呼ばれる日本ダービー(GⅠ、東京・芝2400m)が5月26日に行なわれ、インコースから力強く抜け出した単勝9番人気の伏兵ダノンデサイル(牡3歳/栗東・安田翔伍厩舎)が、1番人気の皐月賞馬ジャスティンミラノ(牡3歳/栗東・友道康夫厩舎)を2着に退けて優勝。2021年に生まれた7906頭の頂点に立った。良馬場での走破タイムは2分24秒3だった。

3着には凱旋門賞馬の全弟として注目された7番人気のシンエンペラー(牡3歳/栗東・矢作芳人厩舎)が食い込み、4着には15番人気のサンライズアース(牡3歳/栗東・石坂公一厩舎)が健闘。皐月賞に続いてクラシックに臨んだ紅一点・レガレイラ(牝3歳/美浦・木村哲也厩舎)は、後方からよく追い込んだが5着に終わった。

出走していれば、逃げが濃厚と見られたメイショウタバル(牡3歳/栗東・石橋守厩舎)が挫石のために出走取消。そのため、当該週に大方が予想していたレース展開はいったん霧消し、確たる「逃げ馬不在」のスローペースという読みへと、変化していった。

そして、このシチュエーションの転換がレースの中身にかなり大きな影響を及ぼした。つまり、スローペースが予想されるなかで、展開の利が活かせる先行策を取ろうと多くのジョッキーが考えたからである。
とは言うものの、スタートに難があったり、ダッシュ力が弱い馬がいるのは確かで、誰しもが先行して好位置を取れるわけではない。特にダービーの舞台は特別だ。多くの騎手が「当日は朝からジョッキールームの空気が違って緊張感がある」と話すように、出場騎手が感じるプレッシャーはおのずと高まる。

また、ダービー・デーには関係者だけでなく観客もテンションが上がりがちで、アンダーカードのゴール前でも大歓声が起きることは珍しくない。メインである日本ダービーともなると、パドックを取り囲む人数からして桁違いだ。そして、返し馬ではキャンターに降ろした途端に拍手と歓声が地鳴りのように鳴り響く。この状況下で3歳の若駒に「平常心でいろ」というのは、いささか無理というものだ。

要はテンションが上がりがちな馬をどう落ち着かせ、どうスタートを切って、どうコントロールするのか。ダービーでこれだけのミッションを遂行するには、それ相当の経験を積み上げてきたベテラン・ジョッキーの方が有利である。 果たして、ゲートが開くと先行策に打って出たのは百戦錬磨のベテラン勢だった。

大外の18番枠から内に切れ込みながら先頭を奪ったのは、50歳の岩田康誠が騎乗するエコロヴァルツ(牡3歳/栗東・牧浦充徳厩舎)。2番手に付けたのが、55歳の武豊が騎乗のシュガークン(牡3歳/栗東・清水久詞厩舎)。56歳の横山典弘が手綱を握るダノンデサイルが3番手で続き、初のダービー制覇を狙う戸崎圭太(43歳)騎乗のジャスティンミラノも前目のポジションを奪いにいく。加えて言えば、ペースがスローになったことを察知して、向正面から早めに動いてぐいぐいと位置を押し上げたのは池添謙一(44歳)騎乗のサンライズアースぐらいだった。

ちなみに先団でペースを作った岩田、武、横山典弘の3名は、いずれもダービージョッキーである。そのため、精神的に少なくないアドバンテージを有していたのだろう。第1コーナーへと向かう段階で、彼らが先行策で好位置を取りに行くことにおいて、いささかの迷いも見られなかった。

800~1000mのラップタイムが13秒1という大きな緩みもあり、1000mの通過ラップは1分02秒2を計時。レースは予想通りに超スローペースになるなか、向正面で後方にいたサンライズアースが外を通って一気に2番手まで位置を押し上げる。そして、第3コーナー過ぎあたりからは中団以下の馬も仕掛けて馬群はひと塊になり、大きく横に広がって最後の長い直線を迎えた。

シュガークンらが粘り込みを図るが、脚色がいっぱいとなり、そこへ先団からレースを進めていたジャスティンミラノが動くタイミングを計っていたが、内ラチ沿いの狭いスペースに突っ込んで一気に突き抜けたのが3枠5番のダノンデサイル。道中、インで動かずしっかりと貯めたエネルギーを末脚にかえて、ほぼ同じ位置から追い出したジャスティンミラノを突き放し、2馬身もの差をつけて悠々とゴール。第91代・ダービー馬の栄冠を手にしたのだった。
3着には中団の後方から追い込んだシンエンペラーが入り、4着には道中でポジションを上げた方策がはまったサンライズアース。牝馬のレガレイラはやはり後方からの追い込みを余儀なくされたが、上がり3ハロンでは出走馬の中で最速の33秒2を叩き出して5着に入線した。

一方、6番人気のコスモキュランダ(牡3歳/美浦・加藤士津八厩舎)もサンライズアースに連れて徐々に位置を押し上げたが、ひと伸び足りず6着。その他、3番人気のシックスペンス(牡3歳/美浦・国枝栄厩舎)は中団の前目を進んだが、こちらも終いの伸びが冴えず、9着に終わった。

こうして結果を見ると、競走除外となったダノンデサイルも含めて1着から6着までが「皐月賞組」で、今年のクラシック一冠目がいかにレベルが高かったかを表している。その一方、上位入着馬は皐月賞の激闘による疲労の反動があったのではないか、という読みを入れることも可能かもしれない。「ダービー馬」の称号を得たダノンデサイルは、昨秋の京都2歳ステークス(GⅢ、京都・芝2000m)で勝ったシンエンペラーから0秒1差の4着に入って注目され、今年初戦の京成杯(GⅢ、中山・芝2000m)で重賞初制覇を達成していた。

しかし、3か月の休養をはさんで臨んだ皐月賞で、返し馬の際に横山典弘騎手がわずかな異変を察知して申告。馬体検査の末、跛行のため競走除外の措置が取られた。その結果、今回のダービーでは一気に人気を落としたわけだが、ダノンデサイルはもちろん、陣営にとっても大ごとになる前に、未然にトラブルを回避できたという意味で重要な出来事になったのである。

最年長GⅠ優勝記録を打ち立てた同騎手は、デビュー戦から手綱を取り続け、スタッフへの厳しい直言も含み、ダノンデサイルの成長に必要なアドバイスを続けていたという。「違和感がない、ちゃんとした攻め馬ができるか、調教師と話しながら組み立ててきました。まだいい時のダノンデサイルの走りではないですが、この前よりはだいぶ良かったので、自信を持って競馬に臨めました」と、その感想を述べている。

また、史上最年長でのGⅠ制覇について尋ねられると、「あまり気にはしていないのですが、GIは乗ることも大変ですし、まさか勝てるとは…。馬と真摯に向き合ったことが結果に結びついてくれたので、この上ない喜びです」と、3度目となる日本ダービー制覇を成し遂げた心情を素直に表した。
それにしても、距離のロスがまったくないインでレースを進め、直線でも狭い内ラチ沿いから抜け出してきた絶妙な横山典弘騎手の騎乗には、あらためて感嘆の声を上げざるを得ない。ベテランの、ここ一番での常人離れした集中力と実現力の高さをまざまざと感じさせられる2分半だった。

また、最年少(41歳)のダービートレーナーとなった安田翔伍調教師は、「前走の事もあったので、無事に終わったというのが最初の気持ちでした。その後、オーナーやサポートしてくれた騎手をはじめ、スタッフへの感謝の気持ちが湧いてきました」と喜びを語った。 その一方で、「皐月賞で競走除外になった後は正直、立て直すのがしんどかったです」と、思わず本音を吐露。「皐月賞に出ていれば、レースの疲労をケアしてダービーへとやってこられましたが、出走していた場合と同じぐらいの負荷をかけて精神的なケアをしていくというのは難しかったです」と大舞台にたどり着くまでの過程を、その心情を打ち明けた。

「塞翁が馬」ではないが、皐月賞の競走除外が結果としてダービーでの栄冠に結びついた。本当に競馬とは不思議で、それゆえ魅力に溢れているのだと思う。
無敗の2冠が期待されたジャスティンミラノは好位置に付け、鞍上とのコンビネーションも良好なレースをしての結果だけに、この日は「いい競馬をしたが、前に1頭いた」ということ。ただし、ひとつ気掛かりに感じた点は終いの脚色がダノンデサイルと同じになってしまっていた。ゆえに、少し距離の壁があるのではないか。陣営が今後の進路をどう取るかに注目すべきだろう。

外国産馬初のダービー制覇を狙ったシンエンペラーはゲートの出が悪かったため、位置取りが後ろになってしまったのが痛かった。それでも、ラストに披露した豪快な末脚はトップホースになる資質を十分に感じさせるものだ。

同馬はこのあと、愛チャンピオンステークス(GⅠ、レパーズタウン・芝2000m)へ向かい、最終的には凱旋門賞(GⅠ、ロンシャン・芝2400m)を目指すことが陣営から明かされている。2020年の凱旋門賞を制したソットサス(Sottsass)の全弟という血統からも、これは必然とさえ言える遠征プランだ。「世界の矢作」こと、矢作調教師の手腕にも大いに期待したい。(文中一部敬称略)

取材・文●三好達彦

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