スタンディングオベーションは義務? カンヌ国際映画祭にはびこる謎ルールの数々

現地時間5月14日からフランス・カンヌで開催されていた第77回カンヌ国際映画祭が、5月25日に幕を閉じた。今年は是枝裕和監督のコンペティション部門審査員就任や、昨年ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』で男優賞を受賞した役所広司のプレゼンターとしての登壇、スタジオジブリの名誉パルムドール受賞など、日本からの注目ポイントもあった。

カンヌ国際映画祭は、1937年、フランスの反戦映画『大いなる幻影』(1937年)の受賞にムッソリーニとヒトラーが拒否権を発動するなど、政治的介入を受けるようになったヴェネチア国際映画祭のカウンターとして始まった。しかし第二次世界大戦の影響で、正式に初開催されたのは終戦後の1946年。その後も予算の関係で開催されなかったり、1968年には五月革命の影響で中断されたりと、波乱万丈な歴史を持つ。

そんなカンヌ国際映画祭だが、近年はその古風なドレスコードやルールが疑問視されることが多い。ここではそんなカンヌの謎ルールを紹介しつつ、この権威ある映画祭を取り巻く状況を見てみよう。

■女性はヒール以外NG? 古めかしいドレスコードへの抵抗

カンヌ国際映画祭のドレスコードは、その場所に影響を受けている。カンヌはフランス南東部、コートダジュールの高級リゾート地であるため、映画祭のドレスコードは周囲のホテルやカジノのそれに由来している。フォトコールやレッドカーペット、ソワレと呼ばれる夜の公式上映では、男性はジャケットとタイ、女性はロングドレスとハイヒールの正装が求められている。しかしこのドレスコードに疑問を投げかける事件が2015年に起こった。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラ主演で女性同士の恋愛を描いた『キャロル』のプレミア上映で、フラットシューズを履いて来場したある女性プロデューサーが、入場を断られたのだ。彼女の服装は、ドレスにラインストーンのついたフラットシューズで、“正装”としては問題ないものだったという。当時、映画祭のディレクターであるティエリー・フレモーはレッドカーペットにハイヒールは必須ではないと主張したが、それは暗黙のルールとして認知されていたのだ。

この一件を受けて、翌2016年にジュリア・ロバーツが裸足でレッドカーペットに登場。2018年には、クリステン・スチュワートが履いていたクリスチャン・ルブタンのハイヒールをレッドカーペット上で脱ぎ捨てるというパフォーマンスで注目を集めた。彼女は「もう女性にヒールを強要してはいけないと思うし、男性にヒールとドレスの着用を求めないのだから、私にもそんなことを求めないでほしい」とコメントしている。2023年には「ブレイクスルー・アーティスト」賞を贈るステージに登壇したケイト・ブランシェットが「イランの女性たちに敬意を表して」とヒールを脱ぎ、「これは女性の権利を邪魔するすべての人々にあてたものです」と言い放った。一方で、ディオールの赤いクチュールドレスに黒のビーチサンダルのようなトングシューズでレッドカーペットに登場したジェニファー・ローレンスは、「政治的なメッセージを発信していたわけではありません。フラットシューズや裸足でレッドカーペットを歩くことを巡る論争があるなんて、話題になるまで全く知りませんでした。(私の場合)ただ靴のサイズ大きすぎただけだったんです」と語った。

一方男性陣はというと、かつて1953年にパブロ・ピカソがコーデュロイのタキシードにシアリングのコートを羽織って『恐怖の報酬』の上映に来場したものの、彼を注意する者はいなかったという。また1960年には、ヘンリー・ミラーがディナージャケットを着用せず、オープニングセレモニーへの参加を断られている。しかし彼は審査員としてフェデリコ・フェリーニの『甘い生活』に票を投じ、これが同作パルムドール受賞の決め手になったと言われている。

今年はクリス・ヘムズワースが『マッドマックス:フュリオサ』のレッドカーペットにノーネクタイで登場し、ドレスコード違反を指摘された。彼は今のところこれについてコメントしていないが、ハイヒールを拒否した女性陣に比べ、あまり話題になっていないようだ。2019年に『ペイン・アンド・グローリー』のプレミアに来場したDJのキディ・スマイルは、花柄のガウンを身にまとい、危うくレッドカーペットへの入場を拒否されそうになったと、後にVOGUEに語っている。彼は「アフリカの民族衣装」か「男性は黒のタキシードに蝶ネクタイを締めなければならない」と言われたといい、「私はシスジェンダーの男性ですが、ジェンダーフルイドやノンバイナリーの人は完全に疎外されてしまう慣習」とコメントしている。

ほかの映画祭はというと、ベルリン国際映画祭の総合監督を務めるディーター・コスリックは、2018年に「ベルリン映画祭にはこれまでもドレスコードはない」「私はフラットシューズの女性や、ヒール着用の男性を追い帰したりはしない」と明言している。カンヌは時代の潮流に合わせて、その古風なドレスコードをアップデートすることはできるのだろうか。

■セルフィーは「映画祭の品位を落とす」?

一方、新しく定められたルールにも、時代にそぐわないと思われるものもある。レッドカーペット上での「セルフィー禁止」だ。

スマートフォンの普及に伴って、2010年代ごろからレッドカーペットでセルフィーを撮影する来場者で渋滞が起こることが増え、映画祭側はこれを問題視するようになった。レッドカーペットには、毎回100人近いセレブや映画界の大物が登場し、大作映画や授賞式となればそれ以上の人が集まる。彼らを定められた時間の中で階段まで移動させなければならないとなったとき、セルフィー撮影は、時間が遅れる原因となるのだ。そこで2015年にはセルフィーの自粛が呼びかけられたが、ほとんど改善は見られず、2018年には正式に全面禁止に。しかし今やセレブのみならず、多くの人にとって習慣となったセルフィーを止めることは難しいだろう。レッドカーペットに来場したセレブは、今もファンや友人とともにセルフィーを撮影している。今年は審査員が集合した大階段でオマール・シーが審査員長のグレタ・ガーウィグとセルフィーを撮影するひとコマも見られた。

ティエリー・フレモーは、かねてからセルフィーを「バカバカしくグロテスク」と語っており、2018年に禁止を発表したときには、「レッドカーペットは世界中で報道され、誰もが美しく撮影されている。一番醜く撮れているのはセルフィーだろう」と発言していた。また彼はセルフィー禁止は時代に逆行するルールではとの指摘に、「いや逆だ。他も追随するだろう」と述べていたが、その目論見は外れたようだ。

2022年からはTikTokとパートナー契約を交わし、映画祭を時代に合わせて刷新する試みを実施してきたカンヌだが、一方でセルフィーは禁止するという対応は、ドレスコードと同じく時代錯誤な態度にも見える。

■スタンディングオベーションは義務?

カンヌといえば、各上映作品ごとにどれほど長くスタンディングオベーションが起きたかが注目されることも多い。しかしこのスタンディングオベーション、実は作品の出来や観客の評価に関係なく、ほぼ義務化されているという話もある。2023年のVarietyの報道では、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2023年)の高評価を紹介しながら、「5分のスタンディングオベーションは、カンヌでは礼儀の範疇」と指摘している。

各媒体はそれぞれにスタンディングオベーションの時間を計る基準を持っているようで、The Hollywood Reporterは「観客が立ち上がって拍手が始まってから(ほとんどの場合エンドロール後、会場の灯りがついてから)多くの人が着席するまで、もしくは監督にマイクが渡されるまで」と定めているという。しかしこの「監督にマイクが渡されるまで」というのは、いくらでもコントロール可能なのではないだろうか。また、慣れた監督や俳優は、観客を盛り上げる方法を知っている。今回であれば、5月24日のミッドナイトスクリーニングで『The Surfer(原題)』が上映された際、主演のニコラス・ケイジが観客を煽り、「サーファー」コールを起こさせた。

このスタンディングオベーションの文化を疑問視する映画関係者も少なくないようで、ルカ・グァダニーノの『ボーンズ・アンド・オール』(2022年)で脚本を務めたデヴィッド・カイガニックは、2022年のヴェネチア国際映画祭の際、映画祭でのスタンディングオベーションについて、次のように語っている。「スタンディングオベーションをするとき、人々は映画によってどのような感情を起こさせられたかよりも、関係者の興奮のためにやっている。私にとって、それは作品のためというより、人のためにやっているように見える」。特にカンヌはなぜかその長さが注目され、評価の基準の1つであるかのように語られる。しかし受賞結果を見てみると、必ずしもそれが影響しているとは言えないのは明確だ。

世界で最も権威のある映画祭の1つとして知られるカンヌ国際映画祭。しかしその実、古めかしいルールが批判されることも多い。時代錯誤なドレスコードや無意味なスタンディングオベーションは改善の余地があるかもしれない。本当の「映画祭の品位」とはなんなのか、見極めていく必要があるだろう。

【参考】
https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/standing-ovations-cannes-film-festival-analysis-1235903673/
https://variety.com/2023/film/news/indiana-jones-5-cannes-standing-ovation-harrison-ford-1235615678/
https://www.vogue.co.jp/gallery/cannes-film-festival-red-carpet-rule-breakers

(文=瀧川かおり)

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