小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=145

 田守は、ジャトバーの巨樹を仰ぎ見ていた視線を小川に移した。三メートル幅の浅いせせらぎが午後の日を受けて、水晶のようにきらめき、水音を立てていた。除草作業ですっかり汗だくになっていた三人は、生れたままの姿で流水に漬かった。澄んだ水は、身体の汗と垢をよく流した。
「自然に生きるということは、なんと爽やかなんだろうな。今まで気がつかなかった生活を見つけたような気がする」
「俺には何ともないが、田守には新鮮なんだな」
「俺も田舎に住んだことはある。が、現在の心境は全く別なものだ」
 三人は絞ったシャツを肩に引っ掛け、上半身裸で山小屋に戻った。途中の町で求めたハンモックを両側の柱に吊った。棚の上に置いたカンテラの明かりで晩酌をした。酒を飲まずにいられない彼らである。この夜の夕食は飯を炊くのが面倒なので、パンにサラミを挟んでほおばった。
 翌日、田守は十時ごろ眼を覚ました。小川に下りて顔を洗い、炊事用の水を汲んできた。
 男たちは、フェイジョンとタピオカ芋の昼食をとり、飯と干肉の夕飯を食べながら、一ヵ月過ごした。手持ち無沙汰になると猟にでた。一八〇〇年代に奴隷を酷使してダイヤモンド掘りをした跡という、陥没した地帯を散策したり、ジョンの語る体験談に耳を傾けていると、田守は自分も、ガリンペイロの資格を得たような心境に変わっていくのであった。
「今日からガリンペイロの真似事をはじめるか。俺の記憶では、イグル川とカンバラ河の交叉している一円に群落がある。樹木の密生するところは誰でも避ける筈だから、あそこから試掘しよう。ジョンが掘って、その土砂をジュアレースが川に運んで、水篩にかける。
「いいか、今日から、この俺が指揮をとる。見つけたダイヤモンドは、三人で等分する。奇妙な言動に傾く奴には、この銃がものを言う」
 田守は威厳を込めて、右手のカービン銃を宙に掲げ二人を正視した。海千山千の男たちを支配下に置くには、それなりの力を見せねばならない。
「仕事に行く時は、各自ピストルを携帯するが、勝手に発砲せぬこと。弾薬は大事にするんだ」
 田守は、二人に言い含めて送り出した。その後で彼は油入りの飯を炊き、フェイジョンの油煮、それに山豚の塩漬けを焼いた。あ奴らのために女房役を勤めるなんて恰好のいいものではないが、別に苦になる作業でもない。

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