「寄り添い、優しさに救われた…」神戸・男子高校生殺害事件遺族 堤敏さん、兵庫県警察学校で語る

講演する堤敏さん<2024年5月27日午後 兵庫県芦屋市>

「事件のことを思い出すと、今でも息が詰まりそうです。横たわる息子・将太に何度も呼び掛けても、返事はなかったのです。将太の手を握り、首筋を触ると、『こんなに温かいのか』と思いました」。

2010年10月4日夜、神戸市の路上で刺殺された当時16歳(高校2年)の少年・堤将太さんの父親、敏さんの言葉だ。

元少年、懲役18年判決に不服、控訴「とことん戦う」堤敏さん

5月27日、兵庫県警察学校(兵庫県芦屋市)の講堂。警察官として間もなく現場へはばたく初任科生ら約400人を前に敏さんは、自らの記憶をたどり、ひとつひとつのシーンを確認しながら、ゆっくりと語り始めた。

「コールドケース(未解決事件)」とされた将太さん殺害事件は、10年10か月後の2021年8月4日、急展開を迎えた。当時17歳の男(31)が殺人などの容疑で愛知県内で逮捕され、2023年6月23日、神戸地裁は男に懲役18年の実刑判決を言い渡した(男は控訴)。犯行時に未成年で、これほどの長期逃亡の末、成人として(28歳)逮捕、起訴された例はなかった。

「(将太の)死因はわかっても、事件の原因(犯人の動機)はわからないまま。未解決事件の被害者、遺族の苦しみは、真っ暗なトンネルの中でさまよっているようなものです」と敏さんは話す。事件から5年ほどたったころ、敏さんの顔の表情が消えた時期があった。眠れない、食べれない、怒れない、泣けない、笑えない…「私はどうしたらいいんだ?」と思う日々が続いた。

「私たちは、死なないように生きてきた」と、同じ苦しみをもった遺族の声を聞いたこともある。余計に敏さんの心を苦しめた。

「犯人が逮捕されても、将太は戻ってこないのです。遺族が受けた心の傷は癒えることはないのです」。事件直後、メディアによる取材で「今のお気持ちを聞かせてください」と問われ、「言えるはずがない、自分でもわからない」と答えるのが精一杯。メディアに対して恐怖心を持った時期もあった。
そして、敏さんはSNSによる誹謗中傷という「二次被害」の恐ろしさを訴えかけた。事件が起きた2010年ごろは「掲示板サイト」への、根拠のない事実の書き込みが敏さんらを苦しめた。例を挙げればきりがない。かつて敏さんはラジオ関西の取材に対して、「ここまで責められ、いったい将太が、私たち遺族が何をしたというのか」と、やるせない気持ちを吐露したこともある。

一方で、多くの方々に助けられたことは忘れてはいない。「(捜査一課の)刑事さん、地域の交番のおまわりさん、将太の友人たち…たくさんの方々に支えてもらいました」。10年10か月経っての犯人逮捕に、刑事はみな、「これだけの時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした」と謝罪した。「この時、兵庫県警のみなさんの優しさを感じました」と振り返る。

「事件の風化は、仕方ないと思います。止めることができないのです」。敏さんら遺族は、犯人逮捕への情報提供を求め、ビラを配り続けた。2020年10月、将太さんの命日に行われたビラ配りの報道に接した人が、「自分の周囲に『人を殺したことがある』と打ち明ける人物がいる」という情報を、兵庫県警の捜査本部に寄せたのだ。これが犯人逮捕への決め手になった。

事件から14年経ち、刑事裁判では大阪高裁での控訴審の準備中だ。さらに6月には神戸地裁で、被告の男が受けた賠償命令に異議を申し立てた民事裁判も始まる。

「犯人逮捕は、我々遺族にとって喜ばしいことですが、しんどいことでもあるんです。被害者はいつまでも被害者なんです。将太は戻ってきません」。一審・神戸地裁の裁判員裁判。男は法廷で「犯行当時は、統合失調症の影響で何も覚えていない」などと述べて無罪を主張し、将太さんがなぜ殺害されなければならなかったのかという敏さんら遺族の疑問に答えることはなかった。そして、一度も目を合わせることはなかった。「将太さんの将来を奪ってしまった」という反省の弁を述べたが、いまだに遺族のもとには、正式な謝罪の言葉は届いていない。

子どもの命を奪われた親の悔しさは、何年経っても消えることはない。「将太は、殺されるために生まれてきたのではないのです。私たちは遺族になりたくてなったのではないのです。私たちが完全に立ち直ることができるのか、わかりません」。遺族が前を向き、新たな一歩を踏み出すためのエネルギーは相当なものだ。
そんな時、ある人の一言が響いた。「私たちも、笑っていいんだよ。泣きたくなったら、いつでも泣いていいんだよ」。そんな“寄り添い方”について敏さんは「手を差し伸べて、引き上げてくれるような感覚」と表現した。
この日、敏さんが最も言いたかったのは、こうした寄り添い、愛情、優しさだった。

これまでに数多くの講演で思いを伝えてきた敏さん。兵庫県警察学校・大講堂での講演は、実に8年ぶりだった。

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警察官に課せられた責務は、犯人を逮捕することや、地域の安心・安全を守ることだけではない。

兵庫県警察学校・初任科生の寺田汐音(しおん)さんは、「犯人逮捕までの10年10か月、遺族にとってどれだけ大変だったのか想像もつかない。警察官として遺族に寄り添い、あきらめず、必ず逮捕するんだという気持ちが、被害者や遺族の気持ちを救うのだと感じた」との感想を持った。
また、田中大博(まさひろ)さんは、「遺族には絶対に癒えることがない“心の傷”があることがわかった。警察官として、市民の方々にどのように接するべきか考えさせられた」と話した。

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