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昭和レトロの雰囲気が漂う倉敷市玉島の通町(とおりまち)商店街。
アーケードを少し歩いた先にあるのは明治元年創業の「玉井堂本舗」(以下、玉井堂)です。お茶文化の息づく玉島で、時代を越えて愛される老舗和菓子店。
「水の谷さま」や「白華良寛」といった玉島銘菓はもちろん、ラム酒に漬けたフルーツとりんごをぜいたくに使ったパウンドケーキやふわふわの生地と絶妙な甘さのカスタードクリームが絶品のワッフルなどの洋菓子も人気です。
老舗和菓子店を継承するとは相当な覚悟が必要なはず。どのような想いでお菓子を作っているのか今の店主にお聞きしたいと思い、お店へ向かいました。
玉島の歴史とともに、老舗和菓子店「玉井堂本舗」
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玉井堂は、明治元年(1868年)に日用雑貨店として誕生しました。
戦争による原料不足や価格高騰の影響を受け、戦後は和菓子店としての歩みを始めます。玉島はかつて港町として栄え、多くの船乗りや商人が活気に満ちて行き交っていました。
にぎやかな港町ではお茶文化が根付き、玉井堂は150年以上の歴史を刻んでいます。
温かい雰囲気でホッとする店内
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店内に入ると、別所さんと笑顔の素敵なおかみさんが出迎えてくれました。
ショーケースには、玉島銘菓の他にロールケーキやパウンドケーキといった洋菓子も並んでいます。
定番の和菓子はもちろん、洋菓子も人気があるそう。
三代目別所美治さん、伝統を大切にしながらも時代に合わせた商品開発
現在の店主は、三代目の別所美治(べっしょ よしはる)さんです。
洋菓子の技術を製菓学校で学び、卒業後は東京の洋菓子店やイタリアンレストランで修業を積みました。
別所さんは伝統的な和菓子の技術を受け継ぎながらも、新しい素材や製法を採り入れ、時代に沿った試みをおこなっています。
代々作られている玉島銘菓
玉井堂では地元に由来する銘菓が作られています。代表的なものは以下の3種類です。
「水の谷さま」は、備中松山城主・水谷勝隆(みずのやかつたか)にちなんだ和菓子で、白あんと求肥(ぎゅうひ)を薄皮で包んだもの。
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「八幡」は地元の地名にちなんだ和菓子です。
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「良寛まんじゅう」は玉島ゆかりの良寛さんから名前をいただいた和菓子。
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地域のかたから愛されてきた玉井堂。
老舗を継ぐとは想像以上の責任と重荷を背負うことでしょう。別所さんは伝統を大切にしながらも、新商品の開発や地域の町おこし活動など自身の道を切り開いてきました。
和菓子作りのこだわりや、地域への想いを別所さんにインタビューしました。
三代目の店主別所美治さんにインタビュー
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玉井堂本舗 三代目店主の別所美治さんに話を聞きました。
老舗和菓子店を継承するまでの経緯
──事業を継ぐことへの葛藤や特別な想いはありましたか?
別所(敬称略)──
お菓子作りの道に進むことに迷いはありませんでした。
幼い頃から家族や周囲からは「あなたは家業を継ぐ跡取りなんだよ」と言われて育ちました。そのような環境でしたので、自然と自分の役割だと受け止めていたんだと思います。
他の道は考えたこともなかったです。
──玉井堂は老舗の和菓子店ですが、大学卒業後は洋菓子を学びに製菓学校へ進まれたそうですね。
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別所──
はい、父が和菓子職人だったので、あえて洋菓子職人という道を選びました。卒業後は修業をしに東京へ。パティシエとして洋菓子店やイタリアンレストランで働きました。
本場の味を知りたくて、フランスやイタリアにも行きましたよ。岡山に戻ってきたのは29歳のときでした。
あるのは感謝、ご先祖様の築いた道の上に立っている
──1868年創業と歴史のある和菓子店を継承するのは、プレッシャーや覚悟が必要だったのではないでしょうか?
別所──
そうですね……ただ、プレッシャーを感じるというよりも、感謝の気持ちのほうが大きかったですよね。
玉井堂の名前は多くのかたに知っていただき、地元のかたからも愛されています。私はお菓子作り以外にも町おこし活動をしていますが、ありがたいことにいつも多くのかたがたから応援の声や協力をいただくんです。
そのたびに、ご先祖様が築いてきた道の上に立っているんだなと感じます。
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──三代目とのことですが、受け継ぐことに不安や難しさはありましたか。
別所──
父から店を引き継いだとき、お客様に受け入れてもらえるのだろうかと不安はありました。
「味が変わったね」
「以前のほうがおいしかったよ」
なんて思われたくないですよね。
父に負けないようなものを作っていきたいとずっと思っていました。
お茶の先生に認めていただきたい日々
別所──
父はお茶会に出すお茶菓子を作っていたのですが、父が亡くなってからは、私が作るようになったんです。「はたしてお茶の先生に受け入れていただけるのだろうか……」と、とても不安でした。
先生とはお茶菓子の打ち合わせがあったり、試作品を持っていったりと毎月のように会う機会があります。
先生は決して厳しい言葉を言うわけでもないですし、そっけない態度をとるわけでもないのですが、交わす言葉は用件のみ。
「どんなふうに思われているのだろう……」と何度も不安になりました。
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──その不安が解消されたのはいつだったのでしょうか。
別所──
1年ほど経ったある日のことです。先生がポロッと世間話をしてくださったんですよ。特別な話ではなかったのですが、その何気ない会話がとてもうれしかったんですよね。
「ついに先生に認めていただけた」って感じたんです。
──お菓子作りをするうえで、大切にしていることはありますか。
別所──
実は、昭和以前に出版された和菓子の本が自宅にあります。本には材料や作り方の基礎が書かれています。
父が亡くなったので、わからないことがあっても聞く人がいません。何度もこの本を開き、読みました。味や食感を確かめるために何回も作りました。
基礎を自分のなかに叩き込んで初めて、自分の感覚をもとに材料や配合を変えていくんです。基礎はとても大事ですよね。
また、他のお店に行って食べることもよくありますよ。
100個食べた経験と1,000個食べた経験は違ってきます。
食べた回数だけ、感じることや学ぶことはありますよね。
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──お菓子作りの大変なことは、どのようなことでしょう。
別所──
おいしいものを作り続けることです。
いつも同じものだと進歩はありませんし、時代によって「おいしいの基準」も変わってくるので。代々受け継いだレシピもありますが、お菓子によっては砂糖の量を減らして甘さの調整しているものもあるんです。
ヒット商品を生み出すことも難しいですよね。おいしいのは当たり前なので。
いろいろな要素が絡み合ってヒット商品は生まれると思うのですがなかなか……悩ましいですよね。
幸せを届けるお菓子の力
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──お菓子作りの面白さや奥深さを教えてください。
別所──
作ったことがないお菓子にチャレンジできることです。
作れなかったものや作ったことがないものが作れるようになるって、とてもうれしいことですよ。
たとえばお茶会で提供される生菓子は、季節やお茶会の内容に合わせて毎回変えています。お茶室は特別な空間ですよね。招かれたかたがたはそこでの時間を楽しみにおいでになります。
お菓子を作るときは、お茶室のしつらえや茶碗や花器などの道具とお菓子を調和させることをまず念頭に。
四季折々に合わせて色合いはもちろんのこと、甘さの調節や口に含んだときの食感にもこだわり、みなさんに五感で楽しんでもらいたいという気持ちで作っています。
お菓子には人を幸せにする力があります。
名前を聞いたとき、目にしたとき、口に含んだとき。みなさん、自然と思い思いに心に風景を思い描かれます。景色はそれぞれ違うかもしれませんが、お菓子をきっかけに大切な思い出がよみがえってくる。
お菓子を味わっていただきたいのはもちろんですが、その時間も味わっていただけたら。そのような想いでお菓子を作っています。
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──お菓子作りをするなかで意識していることは?
別所──
「二十四節気」を意識しています。
季節の指標となるもので、春夏秋冬の他に細かく1年が分けられていて。
それぞれの節気に旬を迎える食材を厳選することで、素材本来の味や風味を最大限引き出せますし、味だけでなく見た目においても季節を感じてもらえますよね。
季節よりもちょっと前に先取りするという感じです。
二十四節気とは
1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの
──たとえば3月はどのようなイメージでしょうか。
別所──
そうですね、3月はもう春です。色でいうと頭に浮かぶのはピンクと白と黄色。それも原色ではなく淡い色合いです。桜の花も品種によって濃いピンク色から白っぽいピンクまでありますよね。
そのときの季節感をどのように表現するのかは、作り手に任されています。
また、そのお菓子がどのような場面で食べられるのかによっても作るものは変わってくるので、あれこれと想像を巡らせて作っていますよ。
「町おこし活動」について
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──最後に、少し前の話に出てきた町おこし活動について教えてください。
映画制作を進められていると聞きました。どのような経緯で映画「しっぽを上げて!」の制作を始めることになったのでしょうか。
別所──
私は倉敷市民ミュージカル「さきがけ」に出演していました。共演した岡山劇団SKAT!俳優の髙谷明宏(たかたに あきひろ)さんと日本演劇学会会員の鈴木さつき(すずき さつき)さんと、その後も交流が続いていました。
再会した際に、玉島の街並みを舞台にした映画を作ったら面白いのではないかという話になったんです。
玉島が映画のロケ地に使われたことは以前にもありました。でも地元の玉島市民の手で作られた映画はないんです。それならば私たちで作ろうと。
映画制作には資金、資材、専門家など必要となるものがたくさんあり、多くのかたがたの協力が不可欠になります。まわりに映画制作の話をしたところ、「応援するよ」と多くの温かい声援と協力を受けられました。
映画を通して、玉島の良さを多くのかたがたにアピールしたいです。
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──玉島の魅力とは具体的にどのような点でしょうか?
別所──
玉島には、商店街をはじめ、美しい風景や昭和の風情が残る街並みがたくさんあります。
映画では歴史ある場所を舞台に、商店街の人々にもたくさん出演していただく予定でして。
全国のかたがたはもちろんですが、まずは地元のかたがたに「自分たちの住んでいる町にはこんなに素敵な人と場所がある」と知っていただきたいんですよね。
──最後にメッセージをお願いします。
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別所──
地元のかたがたに支えられ、ここまで続けてこられたと思っています。
多くのかたがたが笑顔になれるように、玉島が元気な町になるように何かしたい。店のなかでも外でもしていきたいんですよ。みなさんが楽しいと感じてくれるようなイベントや朝市もそうですし、今回の映画制作もそうです。
もちろん、おいしいお菓子を作り続けることも一生懸命しますよ。
おわりに
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「老舗和菓子店を継承するとは相当な重圧や覚悟があるのでは」と思っていました。しかし別所さんから教えてもらったのは、予想していなかったことでした。
別所さんが感じていたのは重圧ではなく感謝の念。ご先祖様と地元のかたがたへの深い感謝の気持ちでした。
「玉島の人たちを笑顔にしたいから」
別所さんは今日もお菓子作りや町おこしにと活動的です。
映画の公開は2024年11月予定とのこと。今から楽しみです。