『燕は戻ってこない』の“正しくて間違っている”怖さ 桐野夏生×長田育恵が描く“公正性”

『燕は戻ってこない』(NHK総合)の事前番組で、板垣麻衣子プロデューサーが原作者・桐野夏生と脚本家・長田育恵に共通する“公正性”に言及していた。人間の良いところも、悪いところも容赦なく描き出す。第5話は、それが如実に現れた回だと思った。

法律上、基(稲垣吾郎)と夫婦になったリキ(石橋静河)はついに人工授精を受ける。だが、2回目の人工授精も失敗に終わり、心身にかかるストレスでリキは苛立っていたのかもしれない。“依頼主”である基に無断で、6年ぶりに故郷の北海道に帰省する。けれど、リキの暴走とも言える行動はそれだけに留まらなかった。

詮索されると分かった上で、左手の薬指に指輪をはめて帰ったリキ。狙い通り、空港で出会った元同僚が食いつくと、リキはこれ見よがしに夫が有名人であることを匂わせる。それだけならまだしも、家族には基の素性も明かした上で結婚を報告した。この時点でリキは契約書にあった守秘義務に違反しているが、さらには元職場の飲み会に参加し、アルコールを摂取しないという規約に背く。

元同僚たちから向けられる羨望の眼差しを浴びて、まんざらでもない表情を浮かべるリキに嫌悪感を抱いた人もいるのではないか。リキの行動に共感できるか否かについては、おそらく意見が分かれるだろう。リキと同じく、地方出身の筆者は思わず顔から火が出そうなほど共感してしまった。

リキはこの帰省で、叔母の佳子(富田靖子)が「自由になれる方法」として結婚を勧めてきた意味を実感として得る。田舎における圧倒的な“強者”は、既婚者だ。もっと言えば、子供を持っている人。複数人いれば、尚のこと強い。そんな中で、未婚で子供もいない佳子は“弱者”であり、肩身の狭い思いをしていたのではないか。

リキもあのまま地元に残っていたら、日高(戸次重幸)との不倫でいずれ身を滅ぼし、同じ道を辿っていた可能性もある。それは絶対に嫌だ、と地元を出たリキは佳子の分も一矢報いるつもりだったのかもしれない。けれど、最終的には食い詰め、他に何も売るものがないから卵子と子宮を売った。「犬猫じゃあるまいし、タダで娘くれてやるわけない」という父親の言葉に、リキが「私、物じゃないし」と反論する場面が印象的だった。そう、人は物じゃない。それなのに物として扱われる状況下で、せめて地元の人たちの前で見栄を張らなければ自分を保っていられないリキの気持ちも分かる気がするのだ。

そんなリキに基から怒りのメッセージが届く。長文でつらつらと書き連ねた警告文には基のモラハラ気質を感じて、これもまた嫌悪感を禁じ得ないが、書いてあることは至極全うだ。基と悠子(内田有紀)は彼女に一千万という大金を支払うのだから。人工授精だって、一回、一回お金がかかる。それがリキの勝手な行動で無駄になってしまうかもしれないとなったら、基があれだけ怒るのも理解できる。2人が貧困にあえぐ彼女をお金で搾取しているように見えるかもしれないが、実のところ主導権を握っているのはリキなのだ。彼女がやっぱりやりたくないと言えば、2人は子供を持つ手段を失ってしまう。

だけど、こうも考えられる。代理出産は命懸けのビジネスで、リキは死亡のリスクを背負っている。それも込みの報酬と言ってしまえばそれまでだが、死んでしまったら何の意味もない。だったら、事前に相談しなかったのは問題かもしれないが、地元に帰ってお酒を飲むくらい……と思ってしまうところもある。リキの言い分も基の言い分も、正しくて、間違っている。だから、怖いのだこのドラマは。どちらかに偏ってしまった時に、自分の本音や本性が炙り出されてしまう。

結局、リキは基にコントロールされまいと「人工授精期間は他の誰とも性的関係を持たない」というおそらく最も重要な規約を破り、地元で再会した日高だけではなく、故郷に帰ることになった女性用風俗のセラピスト・ダイキ(森崎ウィン)とも関係を持つ。精子の生存期間を知らず、排卵日だから問題ないと思い込んでのことだった。浅はかすぎる行動の報いをリキは受けることになるのだろうか。
(文=苫とり子)

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