“コミュニケーション禁止”の官製メタバース『ぷらっとば~す』に感じた3つの課題

「メタバースなのにユーザー同士のコミュニケーションが禁止されている」とX(旧Twitter)で大きな話題になっているのが、2024年5月の孤独・孤立対策強化月間のために内閣府が提供している特設メタバース『ぷらっとば~す』だ。

アバターの姿でコミュニケーションできるメタバースは孤独・孤立対策に有用そうだが、肝心のユーザー同士のコミュニケーションが禁止されていると聞くと、一見元も子もないように思える。

この記事では、ソーシャルVR等のメタバースで日常生活を送るヘビーユーザーの一人である筆者、VTuber・作家のバーチャル美少女ねむが『ぷらっとば~す』の体験の違和感、内閣府の狙い、利用して感じた3つの課題、そして仮想空間による孤独対策の可能性を整理して解説する。

■『ぷらっとば~す』実際に体験してみた

まず、実際に「ぷらっとば~す」を体験してみたところ、なかなかにショッキングな体験だったので順を追って説明したい。

公式サイトにアクセスすると、以下のような説明文が表示される。

〈『孤独・孤立対策強化月間である5月のあいだ開設する仮想空間<メタバース>です。誰もが"ぷらっと"訪れ、同じ空間でいろいろなコンテンツに触れて、それぞれ”ぷらっと”帰っていく。そんなゆる~くつながれる場所、それが『ぷらっとば~す』です。

(※出典:ぷらっとば~す|孤独・孤立対策強化月間 特設メタバース - https://www.notalone-cao.go.jp/category/monthly/metaverse/)〉

公式サイトから入場しようとすると、「入場前のご注意」として「マイク・カメラをオフにして入室を」「チャット機能は禁止です」などの物々しい注意書きが表示された。

しかし、直後に「他の参加者が姿を見たり声を聞いたりできるように」と、全く逆の説明とともに、カメラとマイクへのアクセス許可を要求されて混乱してしまった。

許可すると、当然だがカメラとマイクがオンになった。なんと、どうやら冒頭の注意書きは、これらを手動でオフにして入室しろということのようだ。

なお、アカウントの作成は不要で、名前の入力のみで参加可能。簡易的なアバター制作機能で自分の姿を設定することもできた。

■初手、禁止事項「ユーザー同士のコミュニケーション」の衝撃

ブラウザで『ぷらっとば~す』に入場すると、往年の「ドラゴンクエスト」シリーズのような、ドット絵の二次元世界が広がった。再度、注意事項がずらりと並んだ立て看板の数々に面食らうのだが、一際目を引くのが「禁止事項『ユーザー同士のコミュニケーション』」という一文だ。

つまり、システム上はユーザー同士でチャットを使った意思疎通ができるものの、ルールとして一切禁止されているのだ。かろうじてエモーション機能を使った感情表現は許されている。

Xで大きな話題になっていたせいか、筆者が入場したときは213名のユーザーが訪れ、賑わっていた。チャットが禁止されているためか、名前に長い文章を入力して会話を試みる人も何人か見られた。

入場後すぐに世界を歩きまわりたいところだが、忘れてならないのは、設定から「静音モードをオフにする」を選び「応答不可」の状態にすることだ。カメラとマイクのオフに続き、これらのルールに従わないと、巡回している「けいびのひと」に注意されたり、強制退出させられてしまう。

■期間限定で「お悩み相談」と「ウェビナー」が開講

ユーザー同士のコミュニケーションは一切できず、しようとすると強制退出させられてしまう。いったい何のための「孤独・孤立対策」サービスなのか混乱するが、公式サイトをさらにスクロールすると「お悩み相談」と計4回の「ウェビナー」が開講されているとある。

「お悩み相談」は「事前予約不要で、どなたでもご利用いただけます」とあり、FAQには「相談エリアなど特定の設定をされたエリアでは、音声やチャットを使って相談員とのコミュニケーションが可能」とあったため、相談員に『ぷらっとば~す』について話を聞けないかと思い、相談エリアに向かうことにした。

なお、この時は気が付かなかったのだが、よく読むと小さい文字で注釈に「お悩み相談」は「開設期間:5月2日~5月6日」とあり、この時は既にサービス終了後であった。

■何故かBANされてしまった

人混みを縫って移動していたところ、突然画面が暗転して強制退出させられてしまった。ブラウザをリロードしてもアクセスできず、なんとBANされてしまったようだ。当然ながらカメラとマイクはオフのままで、静音モードもオフにしていた。警告などもなく、突然の出来事であった。

身に覚えのないBANであったため調べてみたところ、XでもBAN報告が相次いでいた。中にはエモーション機能でみんなでダンスをしていたところBANされてしまったというものも。もしかすると筆者も、移動の為に他の人の近くを通ったことがコミュニケーションとみなされたのだろうか。あるいは、Xで急に話題になりアクセスが増加したために、人力でおこなっていると思われる「けいびのひと」の運営が混乱しているのかもしれない。

ともあれ、ユーザー同士のコミュニケーションが禁止されている以上、イベントが行われていない現在は他のユーザーを避けながら展示を見るくらいしかできないようだ。

■内閣府の狙いは「仮想空間を活用した孤独対策のセーフティネット」か

課題について話すまえに、そもそも『ぷらっとば~す』が何のために作られたのか、内閣府の狙いについて整理しよう。

実は昨年2023年の国会で「孤独・孤立対策推進法」が成立し、「孤独・孤立に悩む人を誰ひとり取り残さない社会」「相互に支え合い、人と人との『つながり』が生まれる社会」を目指して総合的な施策を推進することが決定した。

(※出典:孤独・孤立対策推進法|内閣官房ホームページ - https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinhou/suisinhou.html)

これにより2024年4月に内閣総理大臣を本部長とした「孤独・孤立対策推進本部」が内閣府に設置され、毎年5月が「孤独・孤立対策強化月間」に定められた。

『ぷらっとば~す』は今年の強化月間である2024年5月中のみ提供している特設メタバースだ。内閣府の告知には「『ぷらっとば~す』では、孤独・孤立の問題を抱える当事者だけでなく、当事者の周りの方やNPO等の団体を含め、誰もが気軽にぷらっと立ち寄ることができ、孤独・孤立の問題について理解を深めていただくためのさまざまなイベントやセミナー等を実施します」とある。

(※出典:5月は「孤独・孤立対策強化月間」です! - 内閣府 - https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20240501.html)

つまり公式サイトの「誰もがゆる~くつながれる場所」という説明だけみると、一見「万人に向けたサービス」に見えてしまうが、どうやらそうではないようだ。ある程度深刻な問題に関わる「誰も」が、アバター同士で敢えて会話をせずに空間を共有することで孤独感を軽減したり、アバターを利用することで気軽に「お悩み相談」に誘導するような、「仮想空間を活用としたセーフティネット」のようなコンセプトを目指したのではないかと考えられる。そして、その発想自体は悪くないだろう。

その前提に立てば、安全を最優先して「ユーザー同士のコミュニケーション」を一切禁止したことも理解できなくはない。

■「ぷらっとば~す」に感じた3つの課題

それでは『ぷらっとば~す』の何が課題だったのか。筆者は以下の3つがポイントだと感じた。

①システム的な課題:できるコミュニケーションを「封じられる」ストレス

第一に、システム的には実装されておりボタンを押せばいつでもできるチャットなどの機能を、「あえてユーザーが自ら封じること」を強制されるのは大きなストレス体験だ。もし始めから「お悩み相談」以外の場所ではテキスト/音声チャットができない仕様であったならば、「そういうもの」だと受け入れられたかもしれない。

なぜそうしなかったか。実は『ぷらっとば~す』は既存のバーチャルオフィスサービス『Gather』をベースにしており、そのシステムをカスタマイズせずにほぼそのまま導入してしまったことが原因と考えられる。結果的に、独自のルールを人力で強制するなどの矛盾が生じてしまった。おそらく開発期間や予算の制約によるものだろうか。

(※出典:Gather | リモートワークのためのバーチャルオフィス - https://ja.gather.town/)

②コンテンツ不足の課題:お悩み相談は常設して欲しかった

第二に、「ユーザー同士のコミュニケーションが禁止」なのであれば、それに代わるコンテンツや施策が必要だと感じた。たとえば、お悩み相談が5日間の期間限定ではなく常時開設されていれば「プロの相談員に気軽に相談できるメタバース」として、より有用な形にできたのではないだろうか。

③コンセプト表現の課題:「コミュニケーション禁止のメタバース」という矛盾

第三に、筆者としては実はこれが最も本質的な課題だと思うのだが、やはり「メタバース」と言われると、一般的には「ユーザー同士の自由なコミュニケーション」が前提のサービスを強く想起してしまう。

前段でお伝えしたような『ぷらっとば~す』独自のコンセプトをうまく伝えられていなかったことが、期待値とのギャップを産んだ理由ではないだろうか。この点は、あらかじめしっかりと説明してくれていれば混乱は少なかったのではないかと感じる。

「メタバース」は今まさに進化の最中にある概念であり、現時点で定まった定義のある言葉ではない。拙著『メタバース進化論(技術評論社)』では「そこで人生を送れる仮想空間」を想定し、自由にコミュニケーションや創作活動ができる「創造性」、お金を稼いで生きていける「経済性」、VRにより現実を代替できるような体験ができる「没入性」など、7つの要件を満たしたオンラインの3次元仮想空間として定義している。

これらを満たした代表的なメタバースとして挙げられるのが、アバターの姿でコミュニケーションできる『VRChat』などの「ソーシャルVR」だ。

筆者がスイスの人類学者リュドミラ・ブレディキナと共同で実施した『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』では、ユーザー約2,000名に「ソーシャルVRの利用目的」を聞いたところ、サービスの種類に関わらず、少なくとも過半数、多ければ9割以上のユーザーが「友達との交流」や「イベントへの参加」と回答しており、コミュニケーションはソーシャルVRの利用目的の最たるものであると言える。

(※出典:ソーシャルVRライフスタイル調査2023 (Nem x Mila) https://note.com/nemchan_nel/n/n167e77d78711)

■コンセプト自体は悪くなかった 仮想空間による孤独対策の可能性

ソーシャルVRでは音声対話が使われることが多いが、実は今回の『ぷらっとば~す』のように、あえてあまり会話をせずに(全くしない訳ではないが)空間をゆるく共有するような利用の仕方も一般的になってきている。

たとえば、「作業部屋」と称して個別に作業に打ち込む者同士が同じ空間に集まったり、「VR睡眠」と言って修学旅行感覚で同じ空間に集まって雑魚寝したりする。

また医師のユーザー達により、『VRChat』内でメンタルヘルスなど様々な医療関係の相談に乗る「VR医療相談集会」といった試みもおこなわれている。アバターで適度に匿名化された状態で、なおかつお互いの存在感を得ることができるため、相談するハードルを下げる効果が期待できるそうだ。

このように、ソーシャルVRの場合は相手の存在感をリアルに得ることができるため、アバター同士で空間を共有することによる孤独感の軽減効果はたしかにあると考えられる。

一方で、こうした「ソーシャルVR」の利用にはVRゴーグルやゲーミングPCなど高価な機材が必要となることがボトルネックとなるだろう。

そういう意味では、今回の『ぷらっとば~す』が、ブラウザからアクセスが可能かつアカウント登録も必要ないということで、気軽に入れることは大きな利点だ。ブラウザ越しで得られる存在感には限界があるとはいえ、課題が解決すれば一定のユーザーにとって有効な解決策になる可能性はあるだろう。

アバターの可能性を感じる一人のVR住人として、国による仮想空間を積極的に利用した取り組みは、今後も試行錯誤しながら前向きに進めてほしいと考えている。

(文=バーチャル美少女ねむ)

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