【5月30日付編集日記】フラガール

 憧れの人が放つ一言が、途方もない影響力を持つことがある。イタリアの幻想文学作家カルヴィーノが宇宙の誕生を題材に書いた短編の主人公は、138億年前のビッグバンより前の状況を語り出す。全てはただ一点に存在していたと―

 ▼いわばみんな、すし詰め状態だった。ある日、誰もが憧れる存在だった女性がつぶやく。「ほんのちょっと空間があれば、皆さんにおいしいスパゲッティをこしらえてあげるのに」

 ▼その瞬間、見たことのない空間なるものを全員が思い浮かべた。それは実際に形を現し、急速に膨張を始めた。一つの言葉が空間という存在を生み出した空想の物語だ(「レ・コスミコミケ」早川書房)

 ▼スパリゾートハワイアンズ(いわき市)のフラガールは本年度、「きずなスクール」と題した出前授業に取り組んでいる。震災の教訓継承などを目的に、自らの被災体験や当時のチームの活動を児童を前に語る

 ▼フラガールの凜(りん)とした姿に児童は目を輝かす。生まれる前に起きた震災の話はぴんとこないかもしれないが、憧れの人が語れば別だ。「自分の命は自分で守る。約束してくれますか」「はい!」。学校の体育館に子どもたちの声がはじけるように広がった。

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