麺・イン・ブラック~浅草橋で最も黒いそばを捕獲せよ~ 満腹絶倒!立ち食いそば捜査活劇

俺の名はK。立ちそば調査の機密機関に属する腕利きエージェントだ。
いま、浅草橋には黒いそばがはびこっている。
減塩・ヘルシーが求められる昨今、これは由々しき事態。
潜入し、最も黒いホシを捕獲せよ!

黒そば捜査官・K

二日酔い後の朝定(あさてい)とネギ増しを愛する、立ち食イスト。美女とかき揚げに弱い。

駅前から張り込みをはじめると、濃厚なつゆの匂い。発生源の看板には『ひさご』とある。扉の張り紙には「浅草橋は事件が少なく住みよい商売しやすい町です」だと……。逆に怪しい。調査すると、黒い丼とつゆの境目が分からん!

【黒度4】『ひさご』のちくわ天そば410円。

「ヒゲタの濃い口醤油のカエシを、1〜2カ月寝かせてるんだ」とは78歳の店主・八(はっ)ちゃん。この辛口つゆと自家製麺のコシが非常に合う。製麺機奥の、階段の上には何があるか問い詰めると「俺がオンナと寝る場所、なんてな(笑)」。ジョークまでブラックか。

「『ひさご』はきつねまで驚きの黒!」(K)。

かなり黒い、というタレコミを聞き、次に立ち入り捜査をしたのは『そば千』。注文後最速7秒の提供に、スピード違反でしょっぴきたくなる。1cm下のそばが見えない圧巻濃度の理由を店主に問うと「22時間近く炊きっぱなしのつゆを、新しいつゆで割って、コクと風味のバランスを取ってるんです」。奥深いつゆとあみ天そばの香ばしさは、中毒性高し。

【黒度4】『そば千』のあみ天そば500円。

続いて、駅南口から徒歩4分ほどにある某立ち食いFに突撃捜査をかけていたところ、ボスからスマホに着信が。「清洲橋通りに、かなり黒い立ちそばがあるらしい」。

立ち食いFのかきあげそば。ここも黒度は高いが、捕獲するほどのクロさには至らず。

指令を受け、清洲橋通り向かうと、巨大ビルの1階に『スタンドそば 野むら』の文字が。スタンド、なんて横文字がカッコいいじゃないか。そばを頼むと……驚愕の漆黒! 老店主いわく「つゆは三十数年の継ぎ足し。湯せんじゃなく直火でつゆを煮続けるからこの色になるの」。太めの田舎そばにつゆが沁みて、そばまで黒くなるほど。

【黒度5】『スタンドそば 野むら』の春菊天そば500円。

ボスへの捜査報告をまとめよう。“一番のクロは『野むら』。ただ、各店の黒つゆは店の歴史やこだわりが重なった、思いの濃さナリ”。

「『野むら』店主、確保!」「あ、あんた、誰?」。

『ひさご』

1960年から続く、浅草橋随一の老舗立ち食いそば屋。店舗奥に置かれた製麺機は40年近く使われており、大将の八ちゃんいわく「製麺機はいくら働かせても文句は言わないからサ」。数人前ごとにまとめて茹で、水を切る八ちゃんの所作が豪快で、それもひとつの味。

他店と一線を画すこの自家製麺のコシを愛する、『ひさご』ファンも多い。何より、終戦年生まれのご高齢ながらパワフルでやさしい(特に女性に)八ちゃんのトークが、小腹だけでなく心も満たしてくれるのだ。

ひさご 住所:都台東区浅草橋1-17-2 JR浅草橋駅ガード下/営業時間:6:30~18:00頃/定休日:土・日・祝/アクセス:JR総武線浅草橋駅から徒歩すぐ

『そば千』

毛筆体の看板と紺地白抜きの看板を掲げる、THE立ち食いそばの老舗を継いだのは、IT業界出身の前田浩成さん(本人希望で写真の顔はボカシ)。「最初はバイトで手伝ってた母が20年近く店を継いでたんです。もう継ぐ人がいないよって話を聞き、じゃあ僕がと」。

監視カメラのシステムも売上管理もバリバリのIT技術を駆使しつつ、つゆ自体は昔ながらのホッとする味。麺も立ち食イストにはうれしい、興和物産のふわふわそばである。大海老天やあじ天、ゲソ天など天ぷらの種類が豊富なのもGOOD。

そば千 住所:東京都千代田区東神田1-17-4 三協ビル1F/営業時間:3:00~19:00/定休日:日・祝・第1土/アクセス:JR総武線・地下鉄浅草橋駅から徒歩5分

『スタンドそば 野むら』

「20代から来てるけど、味も女将の雰囲気も変わらないよ」と常連の中年男性。1992年の開業以来、継ぎ足してきたつゆは宇宙空間のようにまっ黒。大将の野村尊一さんによると「全国で立ち食いそばを食べているトラックの運ちゃんが『日本で三本の指に入る黒さ』って言ってたよ」。

一番人気の春菊天のほか、ちくわやソーセージ、ナスなど、揚げ物は女将の洋子さんが担当。心優しいおふたりで作り上げる夫婦(めおと)そばは、チェーン店では出合えない濃厚さが丼からあふれ出ている。

スタンドそば 野むら 住所:東京都台東区浅草橋5-20-8 CSタワー1F/営業時間:9:00~14:00/定休日:土・日・祝/アクセス:JR総武線・地下鉄浅草橋駅から徒歩10分

聞き込み・張り込み=K
『散歩の達人』2024年2月号より(一部加筆)

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