リアリティあふれる設定と映像が高める“没入感” 推理ADVの佳作『東京サイコデミック』プレイレビュー

5月30日、『東京サイコデミック 公安調査庁特別事象科学情報分析室 特殊捜査事件簿』(以下、『東京サイコデミック』)が発売となった。

本稿では、リリースされたばかりの同タイトルを実際にプレイし、いち早くレビュー。そのインプレッションをまとめていく。ネタバレについては極力避けながら執筆しているため、今後プレイを予定している人も安心して読んでほしい。

■「オカルト×科学捜査」の推理ADV『東京サイコデミック』

『東京サイコデミック』は、インディーディベロッパーのGRAVITY GAME ARISEが開発・発売を手掛ける推理アドベンチャーゲームだ。舞台となっているのは、パンデミックによる混乱を乗り越えた日本の首都・東京。ひょんなことから探偵の仕事に携わるようになった主人公は、相棒の女性助手・秋葉巴杏(あきばともな)をはじめとした仲間たちとともに、都内各地で巻き起こる怪事件の謎へと迫っていく。

対応プラットフォームは、PlayStation 5/PlayStation 4、Nintendo Switch、PC(Steam)で、価格は、通常版が5,940円、限定版が11,440円(ともに税込)。後者には、オリジナルB2タペストリーのほか、オリジナルブックカバー、オリジナルクリアファイル、DarkPitメンバーポストカード4種セットが付属する。また、初回特典として、通常版/限定版の双方にエンディングテーマソングや劇中歌などを収録したオリジナルサウンドトラックも同梱される。

■そこにある世界はリアルか、バーチャルか

公式は本作が分類されるジャンルを「2D×シネマティック・リアル科学捜査シミュレーション」と銘打っている。キービジュアルやトレーラーを閲覧した人ならば、「2D」や「科学捜査」の意味するところは容易に推察できるだろう。一方で、「シネマティック」とは何を意味するのか。その答えは、プレイ開始直後の導入ムービーで明らかになる。

『東京サイコデミック』は、2Dアニメーションで描かれたビジュアルノベル形式のイベントパート、さまざまな操作ツールを活用し真理へと迫っていく推理パート、各章の初めと終わりなどに挿入されるムービーシーンなどによって構成されているが、このうち、一部の推理パート、ムービーシーンでは、実写をモチーフにした映像表現が使われており、そのことが物語への没入感を高めている。

プレイ開始後の導入ムービーで語られるのは、シナリオの背景について。先にも述べたとおり、『東京サイコデミック』は、パンデミックによる混乱を乗り越えた日本の首都・東京を舞台としている。「2019年に初確認された新種のインフルエンザと見られる感染症は、社会全体へと広がり、多くの国民を死に至らしめた」。このような設定を耳にしたとき、現代に生きる人ならば、容易に思い出される出来事があるだろう。本作において、リアルと交錯しているのは、シネマティックな映像表現だけではない。こうしたシナリオの背景もまた、かぎりなく現実にリンクさせ、プレイヤーをその世界観へと深くいざなうのが、『東京サイコデミック』のアプローチである。

ことリアリティのある物語が展開されるノベル/アドベンチャーゲームにおいて、こうした手法はとても効果的であると言える。逆説的ではあるが、そのことは『東京サイコデミック』のプレイインプレッションが証明している。

■最大の魅力は本格的な捜査に。仲間たちと力を合わせ、科学の力で真実を解き明かす

推理パートでは協力者から受け取った事件の資料をもとに、情報分析板「エビデンスボード」や、AIによる動画/画像/音声の解析、仲間たちが集まるダークウェブ「DarkPit」などを活用しながら、少しずつ情報を精査し、真実へと迫っていく。

最も特徴的なのは、2番目に紹介したAIによる解析だ。『東京サイコデミック』では、それぞれのプレーヤーで再生した各メディアから、手がかりになると考えられる情報を自ら見つけ出し、それらを重要証拠としてPC上にクリップすることで、推理へと役立てていく。ときにはそうして得た情報をもとに仲間たちの専門的な知見を頼ることもある。適切な手がかりが得られていなければ捜査は頓挫してしまうため、サインを見逃さないよう、資料となるメディアを注意深く確認しなければならない。そのような捜査過程が探偵事務所の日常さながらで自然と気分が高揚してしまう。

また、エビデンスボードには捜査資料が次々に貼られていき、関連しているものは赤い線で結ばれる。そのような描写もまた、ミステリ好きにはグッと来る演出だろう。私を含むそのような層のなかには、テレビや映画、アニメといった映像作品を通じて、同ジャンルに惹かれるようになった人も一定数いるはずだ。「あのとき観た捜査本部のシーンが自身のゲームプレイで再現される」となれば、自ずとテンションも上がってしまうだろう。何気ない要素ではあるが、この点もまた『東京サイコデミック』の面白さのひとつに感じられた。

プレイヤーの気分を盛り上げてくれる要素はほかにもある。ほぼすべての捜査が事務所内で完結する点もそのうちのひとつだ。探偵と言われると、一昔前は“足で稼ぐ仕事”の筆頭だったように思う。しかしながら、『東京サイコデミック』には聞き込みなどの実地捜査が登場しない。「科学捜査」と銘打たれているとおり、あらゆる推理は(物理的ではなく)科学的な裏付けにしたがって、探偵事務所内で進展していく。

私たちの暮らしではパンデミックの混乱によって、さまざまな仕事がリモートワークとなった。そのような世界を舞台背景に設定している同タイトルにとっては、このような“足で稼ぐわけではない探偵仕事”も、世界観を表現するエッセンスのひとつとなっているのではないか。探偵事務所内からダークウェブへとアクセスし、普段は一般社会で働く仲間たちに協力を仰ぐ。こうした描写が表すのは、「少数精鋭で動く秘密組織」感だ。この点にも独特のエモさを感じてしまう自分がいた。

■まるで映像作品のような演出。欠点の解消は今後のアップデートに期待

最後にシナリオ上の演出やキャラクターの魅力、UIにも触れておきたい。先述のとおり、『東京サイコデミック』ではそれぞれの事件が「Case1」「Case2」といった形の章立てに区切られており、各章の初めと終わりにはムービーシーンによるプロローグ/エピローグと固定のオープニング/エンディングが挿入されている。勘の良い方なら気づいたかもしれないが、これは紛れもなくアニメやドラマを意識した演出だ。つまり、先に論じたミステリ好きの「他の映像作品を想像し、テンションが上がってしまう」事象は、狙って行われていたことになる。ノベルゲームのようにのんべんだらりとした形でストーリーを展開させる(もちろんこれはこれでひとつの演出方法ではあるのだが)のではなく、きっちりと各章の境目を設けることで、ゲームのテンポを良化させる。この点にも、制作側のはっきりとした意図が感じられた。

また、トレーラーからもわかるとおり、登場するキャラクターたちはすべてが魅力的。それぞれがその生い立ちに、主人公の仲間として探偵業務に携わる必然性のようなものを抱えている。このことは、『東京サイコデミック』に必要以上の脇役/端役が登場しない点とも表裏一体である。ストーリーの進行に関わる重要な人物しか存在しないからこそ、すべてを具に描くことができるというわけだ。ストーリーが結末へと近づくにつれ、彼らのパーソナリティや事件の真相が1本の糸となっていく様は実に痛快。同タイトルをミステリのひとつとして捉えているプレイヤーほど、そこに面白さを感じられるはずだ。ネタバレとなってしまうため、詳しくは語らないが、ぜひとも実際のゲームプレイを通じて、その感動を体感してほしい。

惜しむらくは、UIの完成度が高いとは言えない点だ。よくあるアドベンチャー/ノベルゲームには、セリフのオート進行やスキップが実装されていることが珍しくないが、『東京サイコデミック』には(少なくとも本稿執筆時点で)それらがない。

先に述べたとおり、同タイトルの章の初め/終わりには、決して短くはないプロローグ/エピローグ、オープニング/エンディングが挿入されている。ゲームの特性上、やり直しの発生が想定できるはずの章の結末部分において、スキップ機能がないことでロードからの再プレイが大きな手間となってしまう仕様が残念でならなかった。

そのため、「(おそらくは存在するであろう)他のエンディングの回収のために周回する」というジャンル特有のモチベーションが削がれやすくなってしまっている。そのゲーム性に夢中になれたファンほど、こうした仕様には残念さを感じてしまうのではないだろうか。

とはいえ、全体感ではインディータイトルながら、満足のいく体験を届けてくれた『東京サイコデミック』。上述の欠点は今後のアップデートによって改善されていく可能性もありそうだ。推理アドベンチャーやミステリといったジャンルが好きなフリークなら、十分に楽しむことができるはず。ぜひ本稿を購入を決断するための材料にしてほしい。

(文=結木千尋)

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