「感動的な初夏の川辺のシンフォニー」 飛び交う虫たちに山女も釣り人もうっとりのフライフィッシング

まだあどけなさも残るけど、銀色に輝く太い魚体が精悍なヤマメ(撮影:杉村航)

山々の緑もすっかり色濃くなってきましたね。そろそろ梅雨の季節になりそうです。

気持ちよく晴れた5月の下旬、長野県北部から県境を越えて新潟県へと入りました。狙いは千曲川水系のとある川。野生味溢れる砲弾型のヤマメが釣れる場所です。さらに楽しみにしているのは、水生昆虫たちが一斉に羽化するシーンを観察することです。

川へ時候の挨拶をするように、毎年この時期に訪れるのがいつの間にやら恒例となっています。

■5月の風そよ吹く渓流へ

緑濃くなってきた川辺の景色。昼間は日陰が恋しいくらいの暑さでした

所用を済ませてから目指す川に着いたのは、お昼前でした。気温は25℃を超えて夏日となっています。山あいとはいえさすがは米どころ越後、水田がみっちりと谷間を埋めています。狙っている本流はつい先日までは勢いよく流れていたのですが、代掻きに水を取られてすっかり水勢をなくしていました。

暑さは感じますが、肌を優しく撫でる風はどこまでも爽やかで心地よく、森に響くウグイスの歌声も板に付いています。日中はきっと魚たちも昼寝しているだろうと、本流を後にして峠道を上り、支流の一つへと向かいました。

■夏日! 小渓に潜むイワナを狙う

到着したのは山奥の細い流れ。タニウツギのピンクが彩り鮮やかです。水温を測ると16.8℃もありました。ただ、山深い場所だけに生命の息遣いが濃厚で、水生昆虫だけでなく、陸生昆虫も盛んに飛び回ったり、歩き回ったり。そして川を長いものがくねくねと渡ってきてギョッとしました。体長60cmほどのヤマカガシでした。

ひと跨ぎ、ふた跨ぎで渡れるくらいの流れですが、藪をかき分けるように進んでいくと、案外深い溜まりがあったりします。ここ数年、タニウツギが咲く頃に通っているので、ある種の定点観察のようです。日陰にこびりつくように残っている残雪の具合や木々の枝ぶり、花の咲き具合、当たり前の季節の変化を具に観察します。

流れの集約した特に狭いポイント。上部は斜面から張り出した枝が低く覆っているうえに、水面には太い倒木が蓋をするようにかぶさっています。しかし、その暗い小さな淵では過去に尺上のイワナを何度か掛けています。わずかな隙間を縫って弓矢のようにフライを投射して、3、2、1……。威勢よく水面が割れました。スペースが限られているのでネットに導くのに難儀しましたが、25cmほどのイワナが無事にネットに収まりました。

■ライズで獲った! 銀ピカ砲弾ヤマメ

さて、退渓した後は一度麓に降りて、朝チェックした本流のポイントへ向かいました。とはいってもまだ日が高く、川辺は静まり返っています。日陰に車を停めて昼寝をしながらのんびりと待つことにします。

川の流れが山の陰に入る頃、ようやく水温が下がり、12.4℃となりました。カジカガエルのソプラノが清涼感をさらに演出してくれています。川岸の草にはカワゲラたちがそこかしこに止まって羽を休めています。残照に染まる川面を見ていると、ポツポツと虫たちが飛び交い出しました。

流れ込みから複雑に絡み合った流心のヨレ、流速10m程度の流れにわずかなライズ(水面付近に表れる魚の捕食行動)を発見しました。3投目でちょうどうまい具合にフィーディングレーンに乗ったのでしょう、水飛沫が上がりました! フライを咥えた魚は一気に下流へと走ります。20cm少々のヤマメですが、なかなかにパワフルで、ロッドを絞り込みハラハラさせてくれます。ネットイン直前に岸際のヨシの下に逃げ込まれそうになり、慌てながらもどうにかネットに導いてほっとしました。

こちらを見上げるヤマメは眼光鋭く、野生味溢れています。砲弾型の厚みある魚体は、サイズ以上に迫力を感じさせる一匹でした。パーマークも残っていますが、見る角度によっては魚体がギラリと光って、つい見入ってしまいます。

■川面に舞う虫たちの夕べに魅了される

なるべく早く解放してあげたいと思いならも、その美しさを捉えようと写真を撮っていると、頻繁にライズする音が聞こえてきました。顔を上げると、ボコボコとあちらこちらでライズが起きていました。

川面を飛ぶ虫たちも爆発的に増えていきます。羽化したばかりのカゲロウたちは数も種類も非常に多く、小型のものに混じってやや大きなマダラカゲロウ、さらに大きなモンカゲロウも混ざっていました。その中を飛翔するボリュームあるカワゲラ、気がつくと足元の水面スレスレでヒメヒラタカゲロウが次か次へと羽化して群れています。まるで5月の水生昆虫の見本市のようで、フライロッドをカメラに持ち替えて夢中で写真を撮り続けました。対岸寄りの底石の弛みで勢いよく水面が割れて、大きなヤマメが顔を出しました。サイズは優に尺を超えています。

(釣りをしようかと)一瞬心が揺れましたが、昆虫少年に帰った筆者は、すっかり虫たちに夢中です。先ほどまでは僕を避けるようにしていた虫でしたが、ついにあまりの密度にそれも叶わず、まとわりつくように寄り添ってきます。ときには勢いあまってぶつかって来る虫も……。嬉しくて、つい口元が緩んでしまいます。薄暮の光はあまりに儚く美しく、その中を飛び交う虫たちとの邂逅は、かけがえのない思い出となりました。

次から次へと水面から湧いてくるようなカゲロウの羽化は、まるで手品か魔法のよう

実は翌日、もう一度この日の光景に出会いたくて同時刻に同じポイントに出かけましたが、羽化の始まるタイミングはずいぶんと遅く、暗くなる直前にポツポツと始まり10分ほどで終わってしまいました。飛び交う虫たちの数も種類も圧倒的に少なかったです。あらためて前日がひとつのピーク、千載一遇のチャンスだったことを実感しました。梅雨を挟みつつ、このまま季節は一気に夏へと向かっていくのでしょうか。昨年のように高温、渇水にならないことを切に願うばかりです。

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