「別れよう」結婚5年。深夜2時に帰宅した夫の突然の発言に、31歳妻が理由を尋ねると…

◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、レスで悩んでいた。

外コン勤務のミナトは、元モデルの妻カリンと喧嘩し数日間家を出る。荷物を取りに帰ってきたミナトをカリンが引き留め話し合うが、突然ミナトから別れを切り出され…。

▶前回:「2人目が欲しい」妻からのプレッシャーに怯む外コン男。会社近くでホテル暮らしを始め…

離婚の危機(辻ミナトと辻カリン夫婦)

「俺たち、別れた方がいいと思うんだ」

ミナトの思いもよらない言葉に、カリンは一気に目が覚めた。

「…それ、本気なの?ミナトは、私と別れたいの?」

「……」

時刻は、もう午前1時54分。いつもなら、カリンは熟睡している時間だ。

終わりの見えない話し合いと、連日の気疲れもあったカリンは、頭の働きが鈍くなっているのを感じる。

ミナトはミナトで、疲れているのもあるのか頭を抱えてうなだれている。

「わからない。でも、今はそれしか考えられない…」

ミナトの消え入るような小さな声。

「どうして?私のこと、嫌いになった?」
「いや、そうじゃない」

ミナトの口から「別れる」なんて言葉が出てきたことが信じられず、カリンは質問を続ける。

「他に好きな人がいるの?」
「そんなんじゃない…」

けれど、返ってきた答えからは何も得られない。カリンは不安とショックで、頭が混乱し泣き叫びたい気持ちだった。

― ミナトだって、私以上に疲れているはずだし。こんな時に、何かを決定しても悪い方向にしか進まないよね。

聞きたいことが山ほどあったカリンだが、これ以上は…とグッとこらえる。

「わかった」

「…?」

開き直ったようなカリンの声に、ミナトが驚いた表情でカリンの様子をうかがう。

「今日は、何も決めない。ミナトも私も疲れてるし。だから、今日はもう寝よう!また明日、考えよう」

「…ああ…」

カリンはミナトの方に背を向けて立つと、廊下へ歩き出そうとして、立ち止まった。

「でもね…私はミナトが好きなの、愛してるのよ。もし、私への愛情がまったくないのなら仕方がないけれど、そうじゃないなら…離婚を第一の選択肢にはしたくない」

途中から涙が溢れるのを必死でこらえながら伝えると、カリンは娘の寝る子ども用ベッドに潜り込み、娘に抱きついて眠った。

小野琴子の反乱

午後8時50分。

琴子は小さな声で「ただいま…」と言いながら家のドアを開けるも、やはり誰もいない。

先日子どものことやセックスレスについて話し合ってから、幸弘とはろくに顔を合わせていなかった。

いつもお互いに忙しく、すれ違うことが普通になっている。

それでもたまに、先に出社する幸弘が朝ごはんを用意してくれたり、琴子の好きな『ヒサヤ・キョウト』の生どら焼きを買ってきてくれたりする。

『琴子の言う愛情って、セックスだけなの?』

話し合いの中で、幸弘に言われた言葉だ。

彼にとっては、こういう小さなことが、幸弘なりの愛情表現だったのかもしれない。

けれど、物理的に触れ合わない夫婦にできた溝は、そんな些細な思いやりで埋められるほど簡単ではない。

お風呂を終えリビングで洗濯物を畳みながらNetflixを見ていると、スマホが鳴った。

Yukihiro:『土曜日、午後6時40分にタクシー下につけるから』

前置きもなく、要点だけを端的によこしてくるのが、なんとも幸弘らしい。

今週の土曜日は、義父の誕生日なのだ。

初めは、義両親が住む軽井沢に泊まりに来い、と半ば命令に近い形で呼ばれていた。

だが急遽、彼らが東京に来ることになり、『RESTAURANT ENJYU/八芳園』を予約したのだ。

誕生日会には、琴子の両親も来る。

きっと義両親は「子どもを産め」と、琴子の両親を味方につけて、うるさく言ってくるだろう。

当日のことを想像するだけで、琴子は、気が重くなり逃げ出したくなる。

生き生きとした草木の匂いが広がる、土曜日の午後6時40分。

朝から出かけていた幸弘は、1分の遅れもなくタクシーでマンションの前に到着した。

3分前からエントランスでスタンバイしていた琴子は、少し緊張した様子でタクシーに乗り込む。

「プレゼント、持ってきてくれた?ありがとう」

プレゼントは幸弘が用意したが、家に置いて出かけていたので琴子が持っていくことになっていた。

幸弘が選んだのは、『DEREK ROSE』のパジャマ。義父だけに買うと義母が拗ねるので、常に義母の分もセットで用意してある。

隣り合わせて座ることが久しぶりすぎて、琴子は居心地の悪さを感じた。

数センチ先にいる幸弘は、特に緊張している様子もなく、スマホで仕事のメールをチェックしている。

相変わらずの態度に、琴子は少し腹立たしさを感じる。

店の前に到着すると、義両親がすでに待っていた。

「あらー幸弘。やっと顔が見れたわ。こんな時にしか来てくれないんだから」

義母はねばっこい声を出すと、幸弘のスーツ姿を褒め称えるように肩に手をおいて全身を確認する。

すぐに琴子の両親も到着し、早速6人は窓から広大な庭園が広がる個室に案内された。

乾杯の音頭は、琴子の父親の役目。

「わたくしの憧れの上司でもあった小野さんと、こうして家族として会えることが本当に喜ばしい。今も様々な方面でご活躍されている話は、色々な方々から聞いています」

相変わらずのお弁チャラに、琴子は辟易とする。

義父は満更でもない顔をして、今日の主役をきちんと演じていた。

美しい前菜が運ばれ、緊張のほぐれた琴子の父が楽しそうに琴子に言う。

「琴子、お前は本当にいい人と結婚したな。これも何もかも、お父さんのおかげだから、感謝してもらわないとな」

冗談とも本気とも取れる言い草に、琴子は「はい」と適当に相づちをうつ。

「にしても、小野家の素晴らしい遺伝子を後世に残さないとな。お父さんはいつ、孫に会えるんだい?」

「そうそう、お父さんね、最近その話ばっかりするの。『琴子のために、会社に子作り休暇を導入しようか』とか言い出すのよ」

琴子の母親までもが嬉しそうに被せる。すると、義母がここぞとばかりに高らかに声を上げた。

「琴子さん、あれからクリニックには通っているの?夫がこの間、琴子さんに知り合いの不妊治療のクリニックを紹介したのよ。でも琴子さんったら、その後の報告を何もしてくれないから」

どうして義母に妊活の進捗を報告しなければならないのか、琴子にはさっぱりわからない。

「あなたは私の子育て上司ですか?」

喉まで出かかった言葉を、琴子は美味しい料理とともに何とか飲み込んだ。

その時、無表情で淡々と食事をしていた幸弘が口を開いた。

「母さんもその辺にしてくれないか。俺は正直、子どもはいらないと思ってるんだ」

突然の告白に、義母が悲鳴にも取れる声をあげた。

「ちょっと、幸弘ったら。冗談でしょう?やだ、お父さんの誕生日にそんなこと言うなんて冗談にも程があるわ」

「そうだよ、幸弘くん。君みたいな優秀な遺伝子を残さないなんて、宝の持ち腐れだよ」

義母や琴子の両親が笑いながらその場を収めようとしたが、義父が怒ったように低い声で言った。

「何を言っているんだ!今時は“個人の自由”だの“子どもを持たない選択”だの、つまらんことばかり言うやつがいるが。まさか自分の息子がそんなことを言い出すなんて…」

その場が一瞬で凍りつく。義父は怒りの視線を琴子にも向けた。

「琴子さんも、きちんと自分の夫を説得できなければいけないよ。あなたも仕事ばかりしていないで、将来のこともきちんと考えなさい。女性には子どもを産む適齢期があるんだから」

皆がしんと静まり返る中、幸弘がため息をついて箸をおき、声をあげた。

「父さんにはつまらないことかもしれないけれど、俺にだって、好きにする権利はあるんだよ」

怒る義父を横目に、幸弘は琴子に「もう帰ろう」と耳打ちした。

だが、琴子は「待って」と幸弘の肩に手を置き、深呼吸した。そして、机の下で拳を握りしめ勇気を奮い立たせる。

「子どもをどうするかは、幸弘さんと私だけで、決めるつもりです」

これまでずっと従順だった嫁の初めての意思表示に、親たちだけでなく幸弘も驚いた顔を見せる。

「お義父さん、お誕生日おめでとうございます。今日はお祝いができてよかったです。残念ですが、私たちはこの後用事があるので失礼しますね」

琴子は姿勢を正しそう述べると、幸弘の腕を掴んで逃げるようにその場を去った。

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▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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琴子と幸弘は初めてきちんと話し合い、少し誤解が解けるが…?

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