セイノーHDはなぜファンドに投資するのか オープンイノベーション推進室 髙橋一馬氏に聞く

セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 CVC担当 髙橋一馬氏

スタートアップの知見を取り込み、事業に活かそうと、多くの企業が様々な取り組みを進めている。セイノーホールディングスもそのうちの一社だ。最大出資者となるアンカーLPとして、Spiral Innovation Partnersとともに2つのファンドを組成。出資先のスタートアップとの事業連携を模索する。出資の経緯や事業連携について、セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 CVC担当の髙橋一馬氏に聞いた。

社会課題・顧客課題の解決なくして物流の未来なし

―ファンドへの出資の経緯を教えてください

スタートアップを含めた他社との協業を模索しようと、2016年に岐阜県大垣市の本社にあった新規事業開発の部署を東京に移してオープンイノベーション推進室ができました。

アクセラレータープログラムの開催やLP出資から着手し、スタートアップの情報収集を行いながら活動を続けるなかで、当社側の受け入れ体制を整える必要があるという課題が見えてきました。個別のプロジェクト予算を獲得しようとすると、最終的に役員会で承認を得るまでに2、3カ月はかかります。それでは、スタートアップのスピード感と合わないのです。

そうした経緯から迅速に予算設計できる手法としてファンドを通じた投資を行うこととなり、ベンチャーキャピタルのSpiral Capitalの100%子会社であるSpiral Innovation PartnersがGP、当社がアンカーLPとなり、2019年に「Logistics Innovation Fund」、2023年に「Value Chain Innovation Fund」を組成しました。

―目指すべきコンセプトのようなものはありましたか?

お客様と一緒に発展していかなければ、物流は変わりません。その観点から、お客様の課題解決、社会課題の解決が当初のコンセプトでした。

我々が物流というアセットを提供し、どのようにサプライチェーンを変えていくか、社会課題を解決するかにフォーカスしていたのがスタート当初のことです。大きなテーマに対してどうやって進めていくか、手探り状態でした。

今は2つのファンドを通じて、物流のど真ん中への投資だけではなく、物流の上流・下流にも出資し、スタートアップとの連携で、お客様への価値提供をしていきたいと考えています。

2つのファンドの投資範囲と対象

―Logistics Innovation Fundの投資対象は?

物流事業領域特化型のファンドで、規模は70億円です。最先端のテクノロジーなどに投資、スタートアップと協業して、物流業界全体のバージョンアップと課題解決を推し進めることを目的としています。

具体的には、「物流周辺における新たなプラットフォーム」、「既存物流業務のプロセス改善」、「物流オペレーション領域の拡大」、この3つを投資テーマとして、まさに物流領域を改革するスタートアップへ投資しています。

例えばカーゴテナーの自動搬送ロボットを作っている「LexxPluss」、ドローンを使った配送サービスを開発する「エアロネクスト」などをポートフォリオとして持っています。

―既存物流の業務プロセスの改善で、どのような投資が考えられますか?

我々は幹線輸送といって、10トン以上の大型トラックで営業の拠点から拠点に運び、そこからラストワンマイルの配送を行うことを得意としています。

当社の幹線輸送は1日約6000便動いていますが、走行ルート・所要時間・コンプライアンス対応などを考慮した最適なルート設定をすることの難易度が高く、今のところAIよりもベテラン社員の「達人の技」の方が優れていたりもします。このようなことをいかに効率化するか、ということは重要な課題になっていくでしょう。

昨今、物流の大きな課題となっているラストワンマイルでは、経験のない初めての人でもルーティングができたり、あるいは、「このポストに入れて欲しい」「呼び鈴が壊れているから鳴らさないで欲しい」といった個別の要望に対応するシステムの開発など、そのようなスタートアップに投資をする可能性が高い、ということです。

―Value Chain Innovation Fundの投資対象は?

Value Chain Innovation Fundは、投資を通じてお客様のサプライチェーンの改革にどのように貢献できるかという点にフォーカスし、物流領域のみならず、“バリューチェーン全体”への価値提供を行なうスタートアップを投資対象としています。なお、ファンド規模は100億円を目指しています。

投資先のひとつに、農業のDXを手がける企業があります。農家の方の出荷方法は紙やファックスなどに頼るケースがほとんどです。高齢化していることもあってDX化が難しいのですが、出資したスタートアップの「kikitori」は、LINEを使って出荷者と流通事業者をつなぐ農業流通特化型SaaS「nimaru」を開発しています。LINEであればお孫さんとやり取りなどで慣れている方も多いので、導入が進んでいます。既存物流の業務プロセスの改善、物流オペレーション領域の拡大にもあてはまる、我々ならではの投資案件だと思います。

投資実績と事業連携の事例

―ここまでの投資実績を教えてください

2つのファンドを合わせて、今は30社弱に投資をしています。対象になる業種はさまざまで、全領域といっても過言ではありません。ただ、何にでも出資できる訳ではなく、お客様のバリューチェーンに価値提供ができなければ難しいということはあります。

―実際に事業連携を図った投資先はありますか?

いくつかありますが、Logistics Innovation Fundを通じて投資をした「エアロネクスト」は事業連携が進んでいる一つの事例です。異なる物流会社の荷物を一括して配送する共同配送の提供やドローン配送を含む複数の配送手段を駆使してラストワンマイル配送を最適化する取り組み「SkyHub®」(スカイハブ)を共同で行っています。山間部などの過疎地域にも荷物が届き、社会課題を解決する事案といえます。

セイノーのラストワンマイル推進チームが関わっており、現在は約30の自治体で実証実験を実施し、そのうちの約10の自治体では社会実装を開始しています。ドローンを活用した事業では、国内では先進的な取り組みを行っていると思います。

―最後にアピールしたいことがありましたらお願いします

ファンドを通じた取り組みに限らず、当社では2028年までの中長期ロードマップで、「Team Green Logistics」(チーム・グリーン・ロジスティクス)というスローガンを掲げて、物流の最適化を図り二酸化炭素の排出削減につなげるなど、地球環境にやさしいGreen物流の実現を目指しています。

また、業種を問わず社内外の企業と連携し、誰もが活用できる物流プラットフォームを構築して効率化や価値向上に寄与していく「オープン・パブリック・プラットフォーム」の構想のもと、Green物流を展開していきたいと考えています。

1社単独で物事に取り組むのが難しい世の中にあるなかで、スタートアップの皆様とも協業を積極的に進めたいと考えています。

文・間杉俊彦(ライター)

コーポレート・ベンチャーキャピタルを特集CVCの

間杉 俊彦

1961年、東京生まれ。1986年、早稲田大学第一文学部を卒業、ダイヤモンド社に入社。週刊ダイヤモンド編集部に配属。記者として流通、家電、化学・医薬、運輸・サービスなどの業界を担当。2000年に同誌副編集長。2006年より同社人材開発編集部副部長として研修教材や人材育成に関する書籍の編集を担当。2019年3月に退職し、現在フリーライターとして活動。

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