急増するBL市場 『おっさんずラブ』が転機にーー 専門家が読み解く3つのポイント

■BLの市場規模は約180億円に拡大

男性同士の恋愛を描くBL(ボーイズラブ)。限られたファンの間で「ひっそり」楽しむ趣味という位置づけが強かったジャンルだが、近年BLを取り巻く環境は大きく変わっている。コアなファンだけが楽しむもの、という常識は今や古い。「BL」というワードは一般化し、ライトなBLファンも格段に増加。大衆層にも受け入れられつつあるジャンルへと進化を遂げた。

BL関連コンテンツのコンサルティングを行う株式会社サンディアスの調査によると、商業BL(コミック、小説など)の年間の市場規模は約180億円にものぼる。BL市場が拡大するなかでも、変化が顕著なものが「BLドラマ」の分野だ。

2023年には約15本のBLドラマが放送され、過去最高の本数とも言われている。2024年以降にも多数のドラマの放映が予定されており、これらのほとんどが、漫画や小説を原作とした作品である点も特徴だ。

BLドラマが増加した背景とは。株式会社サンディアスが運営するBL情報サイト「ちるちる」編集部とともに、昨今のBLドラマ事情について3つのポイントから読み解いていく。

■1.実写BLはコア層から大衆向けに『おっさんずラブ』以降と以後

ちるちる編集部によると、古くから実写BL作品は存在していたが、それは「ドラマ」ではなく「映画」が中心だったという。BLはコアなファンに向けて制作されていたため、不特定多数が視聴する「ドラマ」ではなく、熱量のあるファンが鑑賞する「映画」という媒体を選択していたのだろう。

そんな映画中心の流れを変えたきっかけとなったのが、2016年から放送されたドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)だ。

同作は「おっさん同士の恋愛ドラマ」として人気を博し、続編や劇場版まで制作された。2018年の「新語・流行語大賞」に選出されたほか、タイや香港でもリメイク版が放送。BLの歴史にも大きな影響を与えており、その変化は「『おっさんずラブ』以前と以降で分けられるほど」(ちるちる編集部/以下同)だという。

続けて「『おっさんずラブ』のブレイクによって、ニッチなジャンルと思われていたBLが大衆に受け入れられやすくなったのは間違いない。彼らの成功があって、民放でBLドラマを制作・放送するハードルが下がった」と話す。

では、『おっさんずラブ』がなぜ一般層に受け入れられたのか。

「ギャグに振り切ったコミカルな構成が持ち味だった点。それまでのBLドラマは、同性愛ならではの葛藤を描くようなシリアスな作品が多く、視聴者は既存のBLファン中心でした。反対に『おっさんずラブ』は、明るいテイストを軸にしたため、BLファン以外も親しみやすかったのではないでしょうか」

2010年代では、「リアリティのある描写で作家性の高い作品が重視される傾向にあった」という。その頃に実写化された人気作としては、ゲイであることの葛藤を描いた『どうしても触れたくない』(大洋図書/原作:ヨネダコウ)などが挙げられる。

一方、『おっさんずラブ』流行後には、ハートフルな作品の人気が高まった。2022年に放送された『オールドファッションカップケーキ』(フジテレビ系/原作:佐岸左岸)は、40代上司と20代部下との「じれったくてキュンとする」恋愛模様に、大きな反響を得た。『おっさんずラブ』の流行により、二人の等身大の幸せをテーマにした作品がドラマ化されやすい傾向に転じたと言えるだろう。

■2.電子書籍の普及でBLファン増加 原作の売上が指標に

また、BL自体のファン人口が増えたことも、ドラマが爆発的に増加した要因のひとつだ。そもそもBLドラマは、漫画や小説を原作とした作品がほとんど。『おっさんずラブ』のようなオリジナル作品の方が珍しい。

BLドラマにおいて原作付きがメジャーである理由について、ちるちる編集部は「BLが漫画や小説を中心に発展してきた文化である、という点が大きく影響している」と話す。「活字離れが叫ばれる昨今ですが、BLは今でも小説やコミックスが売れているジャンル。原作にどれくらいのファンがついているのか予測しやすいので、ドラマ化をする際の指標になるのでしょう」

そして、新型コロナ流行下における、電子書籍の普及もドラマの原作であるBL漫画・小説の人気を後押しする契機となった。

「コロナ下で電子書籍が普及したことで、気軽にBL漫画・小説を購入する人も増えた。電子書籍がBLを購入するハードルを下げたのではないでしょうか。ライトなファンも増えた結果、電子書籍では読み応えのある重厚なストーリーの作品より、さらりと読めるポップな作品が好まれる傾向にあります」

時代により変遷するジェンダー観を反映するように、描かれるキャラクターにも変化が生まれた。

かつてのBLでは、桁違いに裕福な男性が憧れの象徴であり王道だった。最近ではお互い対等なポジションであるキャラクター同士の恋愛が描かれることが増加。「自立している二人の対等な恋」というストーリーの方が読者に馴染みやすい社会に変化してきたと言える。

また登場人物の年齢も変化しており、最近では成人した社会人がメインであるケースが増加。「ドラマの視聴者層が主に20~30代であることも影響しているのでは」と指摘する。

■3.日本発BLドラマが国外でヒット 海外展開を視野に制作か

そして近年のBLドラマを語る上では、海外BLドラマの話題は外せないだろう。特にタイのBLドラマは日本を始め世界でも大きなブームになった。そして日本発のBLドラマも、海外人気を順調に伸ばしているようだ。

注目される契機となったのは、2019年より放送されたドラマ『美しい彼』(毎日放送系/原作:凪良ゆう)。配信により海外でも評価され、日本BLドラマの地位を引き上げた。2024年2月より放送されている『恋をするなら二度目が上等』(毎日放送系/原作:木下けい子)は、中国での人気が高いのだという。

配信後にはWeibo(微博)でトレンド入りを果たし、雑誌の表紙にメインキャストが抜擢されるなどの快進撃を見せる。国内BLドラマが海外進出を念頭に置いた展開を行っていることも、BLドラマ人気拡大、そしてBLドラマ増加の一因となっているだろう。

ちるちる編集部は「これからは国内のファンだけでなく、海外のファンをどう取り入れていくかがBLドラマが発展する鍵になるかと思います。さらに多くのファンを見据えたコンテンツ作りが広がっていくのでは」と、未来の展望に期待を寄せる。

かつては「好き同士」で隠れて楽しんだBL。今では世界に誇る日本の映像作品として、羽ばたこうとしている。

(文=住岡)

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