【解説】 トランプ前大統領の有罪評決、大統領選にどう影響するのか

アンソニー・ザーカー、北米特派員

ドナルド・トランプ前米大統領の有罪評決は、歴史上の「初」だらけだ。

犯罪事件で有罪になった初の米大統領経験者だ。主要政党の大統領候補になる見通しの人物が、初めて、重罪で有罪評決を受けたことにもなる。

今回の「口止め料」裁判で、トランプ前大統領は控訴する方針だ。量刑は7月11日に言い渡される予定で、理論上は実刑や多額の罰金もあり得る。それが政治的にどう影響するのか、今から考え始めても早過ぎたりしはない。

ただし、今後を予想するのは難しい。前例のない事態だからだ。

米サザンメソジスト大学大統領歴史センターのジェフリー・エンゲル所長は、「将来どうなるのかヒントがほしいとき、私たちは歴史に目を向けることが多い」、「だが今回のことは、かろうじて近いと言える事態さえ、記録されていない」と言う。

トランプ前大統領は、野党・共和党の大統領候補指名を確実にしている。今回の裁判の量刑が言い渡される数日後に、党大会で正式に党候補に指名される見通しだ。

世論調査によると、前大統領は民主党現職のジョー・バイデン大統領と統計上、デッドヒートを繰り広げている。選挙を左右する激戦州の多くでは、前大統領がわずかに優勢だ。ただ、有罪評決で情勢が一変する可能性があることも、世論調査は示している。

今年早くに共和党予備選に合わせて実施された出口調査では、重罪で有罪とされればトランプ前大統領に投票しないと答えた有権者の比率が2桁に上った。

調査会社イプソスとABCニュースの4月調査では、前大統領の支持者のうち16%が、そうした事態になれば支持を考え直すと回答したのだ。

とはいえ、それは仮定の有罪評決に基づくものだった。前大統領は当時、2020年大統領選の結果を覆すことをたくらんだ疑いや、大統領退任後の機密文書を不正に取り扱ったとされる疑いなど、4件の刑事事件で裁判に直面していた。

今や有権者は、実際の有罪評決に基づいて判断ができる。

トランプ前大統領は評決を受けて法廷を出た直後、「本当の評決は(大統領選がある)11月5日に国民が出す」と述べた。

ビル・クリントン元大統領(民主党)やマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長(無所属)のもとで世論調査を担当したダグ・ショーン氏は、11月には有権者らが「口止め料」事件について今ほど気にしなくなっている可能性があると言う。事件が8年前の出来事に関するものだからだというのが、その理由だ。そのうえで、ショーン氏は、こうも続けた。

「犯罪で有罪になるのは決して良いことではないが、11月に有権者が意識しているのはインフレ、南部国境地帯での問題、中国やロシアとの競争、そしてイスラエルやウクライナに使われる予算のことだろう」

大統領選が接戦になれば

だが、今回の大統領選は、熾烈(しれつ)な紙一重の激戦になることもあり得る。そのような戦いでは、トランプ前大統領の支持率がわずかに下がるだけでも、十分な意味をもつかもしれない。ウィスコンシンやペンシルヴェニアといった重要州で、前大統領を支持するはずだった数千人が投票に行くのをやめれば、それが決定的な差になり得る。

共和党をトランプ前大統領から引き離そうとしている団体「進歩のための共和党の女性たち」の共同設立者アリエル・ヒル=デイヴィス氏は、「候補者としての彼(前大統領)に影響とダメージを与えると思う」と話す。

同氏によると、若い有権者や、大卒で郊外で暮らす人々は、前大統領の振る舞いや政治手法を懸念しているという。

「そういう有権者たちは、ドナルド・トランプが率いる共和党とまた一緒にやっていくのを本当にためらっている」、「今回の有罪評決は、そうした懸念をさらに強めることになる」と、ヒル=デイヴィス氏は言う。

一方で、前大統領への忠誠心を示すために裁判を傍聴してきた共和党の有力者らの多くは、すぐに前大統領への支持を表明した。

連邦議会下院のマイク・ジョンソン議長は、アメリカの歴史において恥ずべき日だとし、「純粋に政治的な動きで、法的なものではない」と述べた。

驚異的な打たれ強さ

専門家や前大統領に敵対する人たちはこの8年間、前大統領の政治的破滅は間近だと予測し続けてきたが、それは間違いだった。2016年大統領選では、女性の体をまさぐることについての会話の録音が表面化するなど、ふつうの政治家なら立ち直れないようなスキャンダルにまみれていたが、結局は当選した。

在任中には2度、弾劾に直面。任期の終わりには連邦議会議事堂が前大統領を支持する暴徒らに襲撃される事件が起きたが、共和党の大多数はこの間、一貫して前大統領を支持し続けた。

そして、数々の出来事にもかかわらず、前大統領は政治的復活に向けて活動を進め、11月のホワイトハウス復帰をうかがえるところまで来ている。

「今となっては自明だが、トランプ支持の持続力は本当に驚異的だ。米史上の過去のほかの候補なら、必ずおしまいになっていたほどのスキャンダルが相次いでいるのに」と、前出のエンゲル氏は言う。

ただ、今回の歴史的な有罪評決は、これまでとは一線を画すものになるかもしれない。とりわけ、前大統領の控訴が失敗し、刑務所に入る見込みとなった場合には。

あるいは、今度こそもう駄目だという壊滅的な事態かと思いきや、実は前大統領の権力掌握の道に点在するささやかな障害物のひとつでしかなかったと、後から振り返ることになるのかもしれない。

米アメリカン大学のアラン・リヒトマン教授は、1984年以降のすべての大統領選の勝者を予想して当てた政治モデルを構築した。しかし、トランプ前大統領の有罪評決は、そのモデルを狂わせ、歴史の流れを変えるような、「地殻変動を起こす前例のない」要素になる可能性があると同教授は認める。

「歴史の教科書には、本当に異常な、前例のない出来事として記録されるだろう。だが、かなりの部分は今後の展開次第のはずだ」

前大統領に対する有罪評決の重要性を最終的に判断するのは、11月の有権者だ。前大統領が負ければ、有罪評決は敗因の一つとみなされるだろう。

もし勝てば、前大統領の波乱万丈だが影響力のきわめて大きい政治キャリアにおいて、今回の評決は脚注で済まされる程度のもので終わる可能性もある。

「誰もが知っているように、歴史は勝者によって書かれる」。エンゲル氏はそう言う。

(英語記事 What Trump's conviction means for the election

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