<北朝鮮内部>金正恩氏主導の「地方発展20×10政策」 工場建設への動員準備完了 食糧の手当て巡り早くも動揺と不満

鴨緑江の堤防工事に動員された住民。平安北道を2021年7月中旬に中国側から撮影アジアプレス

「地方発展20×10政策」。北朝鮮の金正恩総書記が1月15日の演説で強調した首都と地方、都市と農村の格差解消をうたう国家プロジェクトだ。毎年20の郡に近代的な工場を建設する事業を向こう10年続けることを命じた。北部の咸鏡北道(ハムギョンプクド)では投入される人員の選定が2月末に終了、3月初めから現地で工事が始まる予定だという。だが、住民たちの間では、早くも食糧供給に対する不安が拡散している。(カン・ジウォン/石丸次郎

◆作業服やシャベル、つるはしは動員者が個人負担

アジアプレスでは、2月末に咸鏡北道の茂山(ムサン)郡の動員の進行状況を調査した。茂山郡には北朝鮮最大の鉄鉱山がある。工場建設地に選定された鏡城(キョンソン)郡と漁郎(オラン)郡に、茂山鉱山から動員される300人以上の選抜が終わったとして、同地に住む取材協力者が2月26日に、現地の様子を次のように伝えてきた。

「茂山鉱山だけで300人以上が選抜された。『党員突撃隊』と『鉱山突撃隊』に、自発的に(動員を)嘆願した者を合わせた数だ。2月末までに各自が準備を終え、3月初めに団体列車で建設現場に向かうことになった。

労働者が準備しなくてはならないのは、毛布、作業服、作業靴、シャベル、つるはし、てこ、ロープなど工事作業に必要な道具で、個人負担だという。さらに『食糧停止』の書類も発給された」

※「突撃隊」とは、国家的な建設プロジェクトに動員される建設土木専門の労働部隊のことをいう。主に青年組織から選抜され服務期間が3年程度の常設「突撃隊」と、職場や党員などからプロジェクトごとに選抜される臨時の「突撃隊」がある。

動員された青年組織の「突撃隊」の若者。建設の素人がかき集められ突貫工事に投入される。ほぼただ働きだ。2011年9月に撮影ク・グァンホ(アジアプレス)## ◆動員者と残された家族の食糧はどうするつもりなのか?

「食糧停止」とは何か?

北朝鮮では、1カ所の職場から食糧配給を受ける原則があり、動員などで勤め先から他地域に出る場合は、従前の職場の配給が停止になったという証明書を移動先に提出すると配給が再開されるという決まりがある。

今回工場建設に動員される労働者たちは、茂山鉱山が一括して発行した「食糧停止」の書類を携行すれば、動員先で食事が提供される。しかし、その食糧をどう手当てするのかを巡って早くも不平不満の声がたくさん出ているという。

「茂山鉱山で労働者に配給されている食糧は本人分のみで、せいぜい1カ月に5日分から多くて7日分だ。家族分はない。工場建設に動員されると、現地で1日3食を食べることができる。それに充てる食糧は、茂山鉱山が15日分を負担し、残りを国が負担することに決まった」

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それを知った労働者の間で動揺が起こっているという。工場建設に動員されず鉱山に残った人々の配給が、動員に行った人々に出す毎日食事の分だけ減らされるのではないかというのだ。

「今、市場ではまったく稼げないので、住民の多くは職場の配給と糧穀販売所で売る食糧を当てにして暮らしている。誰もが職場から出る配給の量にとても敏感なのだ」

取材協力者はこのように言う。

2020年にバンデミックが始まって以降、金正恩政権は個人の経済活動を厳しく制限。市場ではコメやトウモロコシの販売を禁じ、一般消費物資の売買も強く制限されている。他方で、わずかな量だが企業での食糧配給を復活させ、「糧穀販売所」と呼ばれる国営の専売店で食糧を不定期に売るようになった。

現金収入が激減した都市住民は、否応なく配給や「糧穀販売所」に主食の入手を依存せざるを得なくなったのだ。

「(国は)まともに配給も出さないくせに、工場建設ばかりに集中しようとしていると、批判や不満を言う人が多い。動員で出て行くことになった茂山鉱山の労働者たちも、配給されたわずかな食糧でも、子供や家族とお粥でも食べていたのに、動員に行った後の家族はどうなるのかと、心配している人が大勢いる」(前出・取材協力者)

動員された労働者は3カ月ごとに交代させる計画だという。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

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