米国を弱体化させるイスラエル甘やかし|上野景文(文明論考家) これまでイスラエルをかばい続けてきたアメリカだが、ここで方向転換した。これ以上、事態の沈静化を遅らせれば、どんどんアメリカと日本の国益が損なわれる!

ようやく現実を直視

4月9日、バイデン大統領はインタビュー会見で、「イスラエルのネタニヤフ首相は(ガザ紛争につき)過ちを犯している。彼のやり方には賛同しない」と断言するとともに、6~8週間の停戦を要求し、注目を集めた。
実は、バイデン大統領は少し前、ガザへの無差別の空爆は限度を超えていると明言していたことから、今回の発言は予想できたのかもしれないが、これまでイスラエルをかばい続け、煮え切らない発言(※注1)に終始、「シオニスト」を自認する大統領が、紛争発生から6カ月を経たこの時点で、やっと事態の深刻性に覚醒し、現実を直視するようになったということのようだ。
そもそも6カ月前、紛争が勃発した時点でのバイデン氏の発言は、今回の発言とは対照的に、イスラエルサイドに「のめり込みすぎ」との危惧を感じさせるものであった。
ハマスの蛮行直後のことゆえ、致し方なかったとは思う。しかし、2009年、2014年など過去の類似事例を踏まえれば、1~2カ月以内にイスラエル軍が「百倍返し」の猛反撃に出て、人道・人権問題を惹起することは十二分に想定された。それゆえ、私は当初から、米国の「のめり込み」に危うさを感じ、『Hanada』2月号ではその旨を触れた。

はたせるかな、その後の展開を見ると口幅ったい言いようになるが、事態はほぼ私の見立てどおりに(否、私の想定をはるかに超える形で)推移してきている。

すでに映像を通じ明らかになっているところであるが、イスラエルは、
・一般市民3万3千人を、過剰な武力行使を通じ、殺戮
・一般市民に対する兵糧攻め
・一般市民に対する事実上の虐待(特に医療面、衛生面)
・インフラを含めた都市の破壊
……を中心に、国際人道法などに対する明々白々な違反、非人道的振る舞いを繰り返してきている。

*注1 大統領は累次にわたり、イスラエルに人道上の配慮を求めるとしつつ、自衛の権
利を支持するという点にも必ず言及していた。つまり大統領の発言は、(イスラエルに批判的な)国際社会とイスラエルの双方に「いい顔」をしようとの魂胆がありありと窺えるものであり、おおよそイスラエルがプレッシャーを感じ、武闘を抑制する気になるようなパンチ力のあるものではなかった。

長年の甘やかしのツケ

それだけにとどまらない。イスラエルは190万人に及ぶ市民を、居住地域から強制排除(displacement)した。国際メディアの多くは、なぜかこの点に触れないが、明確な国際人道法違反であり、「自衛権の枠」を遥かに逸脱している。

イスラエルの蛮行に対し、国際社会が国連を筆頭にあまりにも無力であることに、悲憤慷慨している人は少なくないであろう。この事態を解決する実力のある国は、結局のところ、米国をおいてない。

その際、カギとなる点は、米国がイスラエルの自衛権容認を強調すればするほど、イスラエルは武闘への「お墨付き」を付与されたものと解し、「自由に」行動するという構図がある点だ。まずは、米国に姿勢を転換してもらうほかない。

繰り返しになるが、長きにわたり米国がイスラエルを甘やかしてきたツケが、今日の惨状の一大要因と見る。

しかも今回については、イスラエルはなにか見通しなり目算をもって行動しているようには見受けられない。巷間言われているところであるが、(政権維持のために)「戦争を続ける」ことが自己目的化しているのではないか。政治家のエゴで犠牲者がさらに増えることは、言語道断だ。

冒頭の「ネタニヤフ首相は過ちを犯した」とのバイデン氏の発言は、イスラエルにかかわる上述のさまざまな問題点や現状の深刻性を、同氏がやっと認識し始めた証左と解したい。

米国に覚醒を求める

過去75年にわたるイスラエル建国の歴史を振り返ると、就中、同国の最近の行状を見ていると、その国柄には道徳性・倫理性が微塵も感じられない。平たく言えば「徳」、モラリズムを欠いている。それゆえに、私は心配でしょうがない。

「徳」を著しく欠くイスラエルを過剰にかばうような現状が続くと、米国(の評判)に疵が付くのではないか、と。より具体的に言うなら、イスラエルへののめり込みが続くと、米国の外交上、安全保障面の「資源」が損なわれることにならないか――そうでなくても、米国の影響力の低下が取り沙汰される昨今――という心配だ。

米国が「普通の国」であれば、そのような心配は不要だ。が、米国がわが国にとり「唯一の同盟国」であることに照らせば、米国には強いままでいてもらう必要があるし、国際社会での評判・信用が劣化したり、発言力が低下してもらっては困るのだ。米国の評判が下がること、影響力が下がること、すなわち米国の「外交的資源」が減じることは、日本の国益にも反する。

バイデン氏には、イスラエルのペースで物事が進むことは、国際公共財とも言える米国の「外交的資源」を損なうという「負の側面」があること、つまり、国際的なインプリケーションがあることを理解してもらう必要がある。ことは中東の問題と言うにとどまらない。バイデン氏には、イスラエルに対し、さらに厳しく当たってもらう必要がある。

では、イスラエルの傍若無人ぶり、頑迷ぶりが続くことは、米国の「外交的資源」をどう損なうのか。5つの筋書き(相互に重複する面はあるが)が想定される。

①(イスラルの頑迷ぶりは)ロシアを利する
最も明快なケースはロシアだ。昨秋ガザで紛争が起こった時、一番得をするのはロシア(プーチン氏)だと、多くの識者が指摘した。まず、米国のエネルギーの何割かが中東に釘付けになること。加えて、それまでロシアに厳しい視線を向けていた国際社会も、その注意の半分をガザにシフトすること。

それらの結果、ロシアに対する「風圧」は減じたものと目される。そのためか、昨秋ごろからプーチン氏は元気(エネルギー)を取り戻し始めたように見受けられ、それに呼応するかのように、ロシアのウクライナに対する反撃が始まった。

「外交的資源」の減衰

逆に、割を食ったのがウクライナだ。特に、米国のアテンションの何割かが中東に移ったことは、ウクライナには大打撃と言えよう。米国の予算分配面で、イスラエル向けとウクライナ向けがトレードオフの関係になったことも、ウクライナにとり痛手だ。かくして、同国を巡る環境は、昨秋来、悪化している。

ロシアが元気を取り戻したことやウクライナが元気を失ったことは、いずれも米国の「外交的資源」の減衰を意味する。イスラエルの頑迷ぶりが、巡り巡って米国の足を引っ張っているという構図があるわけだ。ウクライナ向け支援を立て直す意味からも、ガザ紛争は一刻も早く着地点を見つけなくてはならない(*注2)。米国がイスラエルを抑え込む必要がある局面は、早晩、到来するであろう(*注3)。

*注2 バイデン氏はウクライナへの武器供与は小出しである一方で、イスラエルへの武器
供与は過剰という二重の判断ミスをおかした。いまからでも遅くない、イスラエルへの支援を思い切って削減する一方で、ウクライナへの支援を強めてもらいたい。

*注3 米国は戦争犯罪を犯している国への軍事支援を禁じているところ、今後イスラエルに不利な事実関係が新たに明らかになると、軍事支援削減・停止といった事態もあり得る。

②(イスラエルの頑迷さは)中国を利する
ロシアだけではない。つとに指摘されていることだが、中国も米国が中東に忙殺されること、すなわち、東アジアに充てるエネルギーが減ることを、内心ほくそ笑んで見ているはずだ。米国が中東とウクライナで消耗を続けることほど、中国にとって都合のいいことはない。それは、日本から見ても台湾から見ても、由々しきことなのだが。

そして、イスラエルがガザでの事態の鎮静化を遅らせれば遅らせるほど、米国外交のマヌーバビリティー(機動性)は狭められ、中国(やロシア)を利するという構図があるわけだ。イスラエルがそれを意図してやっているとは言わないが、米国の外交的資源が枯渇することが憂慮される。

これ以上モラルを涸らすな

③(イスラエルの無法ぶりは)国際社会の無法性を高める
今日、国際社会で最も目障りで不都合な事案と言えるロシアのウクライナ侵攻と、南シナ海における中国の傍若無人な振る舞いの本質は、両国とも国連憲章、あるいは国際法を無視している点にある。

米国には彼らの違法性・無法ぶり――フィリピン近海での身勝手な振る舞いをはじめとする南シナ海における中国の無法性を含め――を強く論難してもらいたいが、米国が国際法無視を続けるイスラエルを庇い続ける限り、ロシア、中国にとり、米国からの批判は痛くも痒くもないだろう。

グローバルサウスの国々も、イスラエルに肩入れする米国の主張に真剣に耳を傾けることはあるまい。かかる意味で、イスラエルは米国外交の「切れ味」を鈍らせているのだ。

ちなみに、国際法への順法精神を欠くという点で、ロシア、中国、イスラエルの三国は、「不法三兄弟」とでも言うか、突出した「問題児」だ。

④(イスラエルの頑迷さは)米国外交のモラリズムを涸らす
半世紀余前、大学で国際政治学を勉強した際、米国外交にはある種モラリズムが内包されている点が特徴的であると教えられた。近年、自国ファーストの姿勢が目に付くが、現在でもモラルは完全には失せていないようだ。

が、モラリズムを欠く国を庇い続けることは、繰り返しになるが、米国外交のモラル性を涸らすことになりかねない。米国には、ウイグルとかロヒンギャの問題などについてもっと鋭く語ってもらいたいところであるが、その米国のモラル・パワーは、今回の事態を通じ、低下しつつある。となると、同国の神通力・発言力が低減すること(=外交力の劣化)、必至であろう。

⑤(イスラエルの頑迷さは)グローバルサウスの対米反発を深める
この数年、国連において、ロシア、中国に対する非難決議が票決に付されるに際し、グローバルサウス諸国の多くが西側に同調せず、反対か棄権に回っていることは、中露両国を安堵させているようだ。グローバルサウスの多くが中国やロシアを諫める側に回るようなことがあれば、両国は相当のプレッシャーを感じることになると目される。

が、そうはならないであろう。彼ら(グローバルサウス)の多くは、西側から距離を置いているからだ。その背景としては、民主主義や人権面で口うるさい西側を鬱陶しく感じていること、あるいは旧宗主国へのわだかまりがあることが指摘されているが、パレスチナ問題でイスラエルに過剰に肩入れする米国への反発があることも、指摘しておきたい。

そもそも、グローバルサウスの多くは、パレスチナ問題を西洋コロニアリズム(植民地主義)、アパルトヘイトとのアナロジーで捉えている(近時、米国の民主党左派も、そうした見方に傾斜)ことから、かねてよりパレスチナには同情的、イスラエルと(背後に控える)米国には批判的だ。

毎日のようにガザでの破壊映像が報道される今日、グローバルサウスの米国観はさらに悪化しており、米国の外交的資源の疲弊化は進むものと見る。

なお、昨年12月に南アフリカが国際司法裁判所(ICJ)に、ジェノサイドの咎でイスラエルを訴えた。法理論的にはジェノサイドと断じることは厳しいようであるが、それよりも私は、その共同提訴国にマレーシア、インドネシア、トルコといったグローバルサウスのなかで比較的穏健な有力国が含まれていたことに注目している。

米国には少なくとも、穏健派の心情に理解を示すことで、かれらとの心理的距離を縮める努力を強めてもらいたい。長い目で見ると、米国の外交的資源を豊かにするはずだ。

日本だから見えること

本稿では、イスラエルが見通しがないままに、あるいは超自己中心的に頑迷な姿勢をとり続けていることが、巡り巡って(近年弱体化が看取される)米国外交の足をさらに引っ張り、日本にも不利益をもたらしかねない点につき、私の見立てを示した。中東和平問題は日本の国益が絡む身近な問題なのだ。

米国の外交的資源は、対中国、ロシアという文脈で活用してもらいたいのだが、現状ではイスラエルが食い潰しているわけだ。事態改善のためには、米国がイスラエルの特別扱いを見直すことが急務だ。かかる見地から、日本が同盟国として米国にアドバイスすることは有益だ――米国には見えないが、日本には見えることが少なからずあるのだから。
(4月12日記;初出 月刊『Hanada』2024年6月号)

(追記)ICC、イスラエルとハマス首脳への逮捕状請求

その後(4-5月)の事態の推移に簡単に触れておく。先に触れたように、バイデン氏は、4月上旬に至り「覚醒」し、イスラエルに厳しく接するようになった。

特に、米国はラファへの大攻勢を控えるようイスラエルに圧力をかけ続けて来た。その結果、これまでのところ、イスラエルは大攻勢を思いとどまっている。

とは言うものの、人質解放、停戦などを巡るイスラエルとハマス間の交渉は進展を見ておらず、特に、ガザにおける非人道的状況は一向に改善を見せていない。今後を占う上で、明るい材料は乏しい。

と言う状況下、5月20日にICC(国際刑事裁判所)は、国際人道法等違反の疑いで、イスラエルとハマスの首脳計5名への逮捕状を請求する旨発表して、国際社会の注目を集めた。担当のカーン主任検察官は、「彼らが刑事責任を負うべきと信じるに足る合理的証拠がある」としており、今後、ICCの予審裁判部が逮捕状の発行をするかを判断することになる。

私は、本誌2月号でガザ紛争につき論じた際、3つの展望のひとつとして、ICCがイスラエル、ハマス双方の首脳を裁くことが望まれる旨述べた。僅か4か月後にそのような方向が打ち出されるとまで見通していた訳ではないが、その際触れた点を此処に繰り返しておきたい。

「『野蛮』としか言いようのない暴力の連鎖を続けている両サイドの責任者を司法で『裁く』ことは、野蛮な戦争を続けるより、はるかにましだ。」

なお、今回ICCがイスラエルにつき問題視しているのは、民間人への食料、水、エネルギー、医療などの供与を不当かつ意図的に断つことで、飢餓など著しく非人道的状況を招いたことに絞られている。

が、100万人前後の民間人を、戦争遂行目的から、ガザの中で、北から南へ、次いで、南から北へと、2度にわたり、過酷かつ強制的に移動せしめたこと(displacement)も、明確な国際人道法違反であり、これを裁く(つまり、罪状に加える)べきだ。

このようなICCの動きに対し、イスラエル、ハマスの双方が反発したことは言うまでもない。双方が激しく反発していると言うことは、ICCの仕事はそこそこリーゾナブルであることを物語るものであろう。

加えて、イスラエルのバックに控える米国もこれを強く批判したが、今回の逮捕状請求事由は、既に米国政府が調査したものと同旨と言われており、米国のICCへの批判は政治的ポスチャーの性格が強いように感じられる。

因みに、ICCは、昨年には国際人道法違反の疑いでロシアのプーチン大統領他への逮捕状を発出したが、その際は、バイデン政権はこれを歓迎していたのであるが・・・。そのロシアはICC加盟国でないこともあり、ロシアが同氏をICCに引き渡すことはあり得ない。同様に、イスラエルもICC加盟国ではないので、ネタ二エフ氏ほかをICCに引き渡すことはあり得ない。つまり、ICCの仕事には制約が多い。

という次第はあるものの、かれらがICC加盟国(124カ国、EU諸国、日本など)を訪問すれば、加盟国はこれを拘束し、引き渡す義務がある。このため、かれらの行動は狭められることになる。なお、今回の逮捕状請求に関しては、カーン氏が準備のため現地で事情聴取を行っていたこともあり、関係者の間ではつとに予想されていた。

特に、ネタ二エフ氏は、早い時期から心配を深めた趣であり、それまでの強硬策を一部修正するところまで追い込まれたようだ(5月4日、The Economist誌)。その意味からは、ICCの仕事には一定の意義があるとも言える。

それに、米国がICCの権威を損なうような行動に走ることで、一番喜ぶのは、ICCから逮捕状を突き付けられたプーチン氏であろう。更に、ICCの予審部は逮捕状発出につき審議することになるが、米国がイスラエル擁護の立場からこれを何らかの形で妨害する可能性なしとしない。そのようなことがあると、米国の外交資産・資源は更に枯渇する恐れがある。

それに、ICCは、たとえば、ウイグルにおける反人道的行為の容疑で中国の責任者を訴追すると言ったこともなし得る国際機関であり、米国はむしろ国際公共財としてのICCの正統性、有益性を強化する方向で行動するべきだ。まかり間違っても、その逆の方向で動くことは慎んで貰わねばならない。
(5月21日記)

上野景文(うえの・かげふみ)

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