『9ボーダー』齋藤潤の“不器用さ”に熱いものが込み上げる 隠されてきたそれぞれの本音

いなくなった人が残すものは、私たちの心に深く刻まれる。それは、かけがえのない思い出であり、家に残された愛用の品々であり、そして受け継がれる苗字という形であったりする。金曜ドラマ『9ボーダー』(TBS系)第7話では、これまで隠されてきた登場人物たちのそれぞれの本音が描かれた。

誕生日会を終えて長野へ戻っていた九吾(齋藤潤)が、正式に大庭家に住むことになった。父・五郎(高橋克実)からの突然のその知らせに、七苗(川口春奈)、六月(木南晴夏)、八海(畑芽育)は驚きながらも受け入れ、九吾の引っ越し準備と母親の墓参りを兼ねて、大庭家一同で長野へ行くことになった。

九吾が暮らしていた品川家にたどり着いた一同は、荷物の片付けを進めていく。しかし、未だによそよそしい九吾に対し、八海は「関係地ゼロに戻ってるよね?」と呟き、距離を埋められないでいた。家の中に残る母親の面影を感じる物の数々に、3姉妹はそれぞれ想いを馳せる。母を看取った九吾の辛さは想像に難くないが、そもそも母親との思い出が子どもの頃から止まっている3姉妹にもまた違う辛さがあるのかもしれない。

五郎は九吾と3姉妹に対し、「親しき中にも礼儀あり。でももっと親しくなりたかったら、たまには本音でぶつかれ」と言葉をかける。五郎も五郎なりに、妻に対して少なからず罪悪感を感じてきたのだろう。家族それぞれが抱える想いと向き合いながら、彼は少しずつ、でも確実に、新しい家族の形を模索し始めている。すぐには打ち解けられなくても、母親の影がまだまだ色濃く残っていても。「大庭家はもう大丈夫だろう」と確信が持てた。

本音で向き合うことが必要だったのは、大庭家のメンバーだけではない。コウタロウ(松下洸平)と七苗も同じだった。穏やかな性格のコウタロウと物分かりの良い七苗の組み合わせは、いつも穏やかでありながら衝突がない分、本音がすれ違う瞬間もある。2人に今、本当に必要なのは、五郎が大切にしているような“心からの対話”だったのだ。

七苗は、家族との旅の最中に急遽、翌日に控えた仕事の都合で1人で東京へ戻ることに。東京に着いた頃には、雨風が強まり嵐が吹き荒れていた。がらんとしたおおば湯で、ひとり苦手な雷に怯える七苗のもとに、コウタロウがやってくる。

コウタロウは、家庭裁判所に書類を出すことを躊躇っていた。学生たちを見て自分に過去がないことを寂しそうにしていた様子からも、彼が抱く“楽しかった過去の時間”を思い出せないことへの葛藤が伺えた。コウタロウは戸籍を作りに行こうとしていたが、新しい名前と住所を持ってゼロから始めることに迷いを感じ、「今までどこかにいた本当の自分を無くしていいのか。後悔はないのか」と自問自答する。

一方、自分自身と向き合うことで、新たな一歩を踏み出そうとしているのは九吾も同じだ。

普通の学生としての幸せを経験したことがない九吾は、「なんでもないこと」をたくさんしたいと語る。九吾を演じる齋藤潤の演技は、これまでも繊細でやや何かを抱えた少年らしい影のある印象が視聴者の間でも話題になっていたが、今回は一方で不器用ながらも真摯に3姉妹に歩み寄る姿が印象的だった。すこし柔らかくなった声のトーンで「八姉、七姉、六姉……」と初めて彼女たちを呼ぶシーンは、思わず熱いものが込み上げてくる名シーンとなったのではないか。

本作は当初、3姉妹の幸せ探しを描く側面が大きかった。しかし今回色濃く描かれていたのは、登場人物たちがそれぞれ抱く、“過去”への葛藤だったのではないか。そんな中、コウタロウの欠けてしまった大切なものを取り戻すきっかけになりそうなのが、八海のSNSに「うちの兄に似ています。会いたいです」とDMを送ってきたメッセージの主だ。コウタロウの幸せ探しも、3姉妹同様にまだまだ難航しそうだ。
(文=すなくじら)

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