前代未聞の大抜擢も打ち切り危機…松平健の転機『暴れん坊将軍』への思い「とにかく頑張るしかなかった」

松平健  撮影/有坂政晴

1975年に俳優デビューして以来、『暴れん坊将軍』の徳川吉宗役で時代劇俳優としての地位を揺るぎないものにした松平健さん。さらに、歌手としても2004年にリリースした『マツケンサンバII』が大ヒットし、令和の今でも世代を超えて愛される一曲となっている。そんな松平さんの「THE CHANGE」とは?【第2回/全4回】

「転機となった作品を挙げるなら、それはやはり『暴れん坊将軍』ですよね」

松平健さんを時代劇スターの座に押し上げた『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)。1978年1月に放送が始まった時代劇ドラマで、清潔な美貌でかっこよく悪を斬る“上様”に誰もが熱狂した。若手俳優とこの作品との出会いとはどんなものだったのだろうか。

「1976年に『人間の條件』(フジテレビ系)というテレビドラマで主役をやらせていただいたんですけど、そのあとしばらく仕事がなかったんですね。そんなとき、新しく始まる時代劇ドラマのオーディションを受けて、役をいただきました。当時、時代劇は大スターが主役を張るのが当たり前という時代で、若い俳優が時代劇で主演することはあまりなかった。だから23歳で吉宗役を務めさせていただいたことはありがたかったですね」

『暴れん坊将軍』は八代将軍の吉宗が城を抜け出し、“新さん”こと旗本の三男坊・徳田新之助と身分を偽って江戸市中にはびこる悪を斬るという、勧善懲悪の時代劇だ。

「ほとんど新人みたいなものでしたから、まわりの素晴らしい先輩方に助けていただきました。初代の爺は有島一郎さんで、火消しの辰五郎は北島三郎さん。悪役の方もベテランばかりで、嬉しいやら気をつかうやら……。カメラが回っているときは『貴様!』なんて言ってても、カットがかかったら『どうぞ、お座りください』と椅子をすすめたりしてね(笑)」

しかし、ブラウン管の中で松平さんが演じる“吉宗”は、将軍としての威厳に満ちていた。

「自分自身の中では、将軍・吉宗と新之助は二役ぐらいの意識で演じ分けていました。役柄が“吉宗”のときは、『将軍は一番偉い立場なんだ』と思って、特に立ち振る舞い、所作をきちんとすることは心がけていましたね。逆に“新之助”になったら現代劇に近い、親しみやすさを出そうとしていました」

心に深く刺さった「勝新太郎の言葉」

若手を抜擢したためか、放送開始当初はワンクール、つまり3か月で終わるだろうと言われていた『暴れん坊将軍』だったが、回を重ねるごとに視聴率はどんどん上がっていった。

「とにかく成功させなきゃいけない。最初はいろいろと批判もありましたが、それは気にせず、とにかく頑張るしかないと取り組みましたね」

松平健  撮影/有坂政晴

結果的に、『暴れん坊将軍』は24年にわたり、ドラマシリーズ12作に加え、スペシャル版も制作されるほどの大人気シリーズに。令和の今もなお再放送され、明治座で行われる『芸能生活50周年記念公演』では、舞台で生の『暴れん坊将軍』が披露される。

「最初のころはやっぱり、おじいちゃんおばあちゃんが観てくれていた。そして、その横で観ていた孫が成長して大人になって、改めて再放送を観てくれているようですね。子どものころに『暴れん坊将軍』を観たのをきっかけに歴史に興味を持って、そこから成績が良くなったとか、学校のテストで『徳川の八代将軍は?』という問いの答えに『松平健』と書いてしまったとか(笑)、嬉しいエピソードもたくさんあります」

松平さんは『暴れん坊将軍』以外にも、『草燃える』『利家とまつ』といったNHK大河ドラマをはじめとする時代劇に多数出演。さらには『走れ!熱血刑事』(テレビ朝日系)、『新・美味しんぼ』(フジテレビ系)、『下剋上球児』(TBS系)などの現代劇にも出演している。

「『暴れん坊将軍』をやっている間は、できるだけ“上様”のイメージを壊さない仕事を選んでやっていました。ですから、最終回を迎えた後は、それまでやらなかったような役柄も、積極的にお受けするようになりましたね」

さまざまな役にチャレンジしたい――。昨年公開された映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』では、奇抜なキャラクター・ウンパルンパの日本語吹き替えを担当し、歌い踊りながらのアフレコも披露した。

「歌もあって大変だったけど、演じていて面白かったですね。お客様が楽しんでくださるのが、なによりも嬉しいんです。たとえ過去にやったことがないジャンルでも、『面白そうだな』と感じる仕事は、これからもどんどんやっていきたいですね」

現在70歳の松平さん。年齢を重ねるごとに仕事の幅は無限大に広がっている。

「以前と変わらず、好奇心があるし、新しいことをやってみたい。それは、若い頃に勝新太郎先生から言われた『さまざまなことに興味を持ちなさい。興味を持たなくなったら目が死んでしまうぞ』という言葉が、心の深いところに刺さっているからだと思いますね」

松平健(まつだいら・けん)
1953年11月28日生まれ。1975年にテレビドラマ『座頭市物語』(フジテレビ系)でデビュー。1978年から『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)で、徳川吉宗役を演じ、時代劇俳優としての地位を確立。以降、多数の映画やドラマで活躍し、代表作にNHK大河ドラマ『草燃える』『義経』『鎌倉殿の13人』、『リーガルハイ』(フジテレビ系)、『PTAグランパ』(NHK BSプレミアム)、『下剋上球児』(TBS系)などがある。歌手としても2004年『マツケンサンバII』が大ヒット。現在も老若男女に愛される楽曲となっている。

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