今の日本はなぜ円高になりにくいのか…経済アナリスト森永康平氏に聞いた(児玉一希)

トランプ前大統領再選となったら…(C)ロイター=共同

円安はいつまで続くのか。トランプ再選で円高へ転換する?

秋の米大統領選挙に向けて「もしトラ」(もしもトランプ前大統領が再当選したら)から、「ほぼトラ」(ほぼトランプ前大統領が再当選しそう)が予想される現在。選挙後に見える日本経済の行方と世界への影響、日米関係からさらに個別の投資まで気になることがたくさんあります。登録者数21万人超の投資YouTubeチャンネル「Trade Labo」にて主宰の児玉一希氏が、経済アナリストの森永康平氏に聞きました。今回は動画からピックアップしてお届けします。

――大統領選挙の年は米国株が好調だと言われますが、率直にどんなことが起きそうで、どんな影響があると思われますか?

森永さん(以下、同) 大統領選の年と前年は、現職の大統領が再選のために景気対策を断行するケースが多いので、結果として株価も上がる傾向にあるんですよね。よほどのことが無い限りは、上下はしながらも、基本的にアメリカ株は堅調になると私は思っています。

――「ほぼトラ」なんて言われていますが、日本の投資家が気にしているのは、やっぱりトランプ氏になるのかどうかでしょう。

日本の場合は「もしトラ」じゃなくて「ほぼトラ」な感じですが、1カ月前に在米の選挙に詳しい教授と話をしたところ、アメリカではバイデン氏とトランプ氏の勝利予想は半々ぐらいの雰囲気だと言っていました。

過去のデータを分析すると、大統領選挙後は年末に向けてアメリカの株式市場は堅調に推移する傾向があります。投資家にとっては、トランプ氏かバイデン氏か、どっちつかずの状態が一番動きにくい。選挙結果によって不透明感が解消されることで投資家がポジションを取りやすくなるので、年末まで株価は上がるのだろうと思います。

為替の観点からは、トランプ氏になると円高につながる可能性がありますよね。これはトランプ氏がなんといってもアメリカファーストを掲げて自国の経済発展に焦点をあてているためです。もし円安が進んでいって1ドル=160円や200円ということになった場合、日本の輸出業界にはとても有利。そうなるとトランプ氏は「そんな円安は許さない」となりふり構わず円安を阻止するでしょうね。

――それは中期的にみても円高を想定するということですか。

まず中長期的に考えた場合、今の日本は円高になりにくい傾向があります。その理由の一つが「デジタル赤字」という言葉で説明されるものです。これは日本の資金が、特にデジタルな部分で海外に流出しているということなんです。

たとえば、1日の生活を振り返ってみてください。朝起きてスマホをチェックすると思いますが、日本では多くの人がiPhoneを使っている。音楽や動画を楽しむときは、例えばYouTubeやNetflixを利用する。買い物はAmazonを利用する人が多いですよね。多くの日本人がアメリカの企業の製品やサービスを使っていることがわかります。

企業も個人と同様。会社が支給するパソコンはMicrosoftを使っているし、OSの使用料もしかり。さらに企業が構築しているシステムは、多くの場合がGoogle、Amazon、Microsoftのクラウドサービスが利用されていて、これらは世界シェアの大部分を占めている。個人だけでなく企業もアメリカ企業のサブスクを大量に利用しているといえるのです。

しかも一度アメリカ企業のサービスを使い始めると、解約が難しくなる。クラウドサービスを拡大するほど、従量課金だから利用料金も増えるため、資本がどんどんアメリカに流出してしまう。これは中長期的な視点で見ると、円安ドル高の要因になりますよね。

最近ではさらにその要因が強化されています。それは何かというと新NISAのスタートです。個人投資家は主にS&P500やオールカントリーの株式に投資していますし、積立投資でいえば特にこの2本の投資信託が人気ですよね。これは毎月何千億という外貨を買う円売り要因なんですよ。さらに新NISAの性格上、これらの投資信託はずっと保有されるため、円に戻されることなく外貨で放置されることになります。

つまりデジタル赤字と個人投資の資本の流出という面から、中長期では円安になりやすい傾向になると考えられます。

――そう考えると、もしトランプ氏が再選されて、円高方向に持っていくのならば、今の状況から結構な荒業ですよね。

そうですね。アメリカが直接的な円安対策を断行することも考えられるし、政治的な圧力をかけてパワープレイを仕掛けててくることもあり得ます。極端な例ですが、新NISAのルールを変えることで、投資先を日本株や日本株にだけ投資をする投資信託に限定するようなことも考えられます。国内投資が増えるのだから日本経済にはプラスになるでしょうという理由です。

1ドル=120~130円なら製造業は持ちこたえる

――日本は特に製造業が多いですから、かなり業績にも影響がありますよね。

最近の決算を見ると、ほとんどの企業が為替の想定を130円台後半から145円程度に設定しています。トランプ氏が再選されて仮に円高方向に動いても130円程度なら業績に大きな影響はないでしょう。ついこの間までの120~130円程度の為替水準はむしろ円安と見なされていましたから、製造業も問題なくやっていけると思います。十数年前にあったような80円を下回るような極端な円高はさすがに考えにくいです。

――日本の企業は常に為替リスクを織り込んでいますよね。さらに現在の国際経済において、中国との関係も非常に重要です。大統領選挙の結果にもよると思いますけど、アメリカは今後どういうスタンスを取っていきそうでしょう?

そうですね。米中関係では、今後も強硬な関税合戦になると思います。最近バイデン氏が関税引き上げを発言したのもトランプ氏の影響が大きいです。トランプ氏は中国の安い製品、特に電気自動車のせいでアメリカの企業、例えばテスラに悪影響を与えているとし、中国に関税をかけるべきだと主張しています。

トランプ氏が対中強硬派であるため、バイデン氏も発言としては強硬な姿勢を示さなければ、ペンシルバニアなど労働者が多い激戦州の票を取れなくなってしまう。となると一度強硬な発言をした以上、実行しないという選択肢はない。結局どちらが勝ってもアメリカとしては、中国に対して強硬な策を取ることになるでしょうね。

ただ、これはアメリカにとってもろ刃の剣です。中国に対して強硬に出過ぎると、中国は「もういいです」とアメリカ以外の市場を開拓しようとするかもしれません。

例えば、ウクライナ戦争がありましたが、ロシアと中国は別にズブズブな関係にあったわけではありません。しかし中国に対する太陽光パネルやシリコン、半導体などへの規制が厳しくなったため、中国は支援が必要なロシアとくっつきました。

これまでアメリカは世界の警察として位置づけられ、特に日本のような国では、アメリカナンバーワンのイメージが根強いです。しかし新興国が力をつけてきて、なぜアメリカの指示に従わなければならないのかと疑問を持つ国々が増えてきた。いわゆるグローバルサウスです。

彼らは中国のやり方を好ましいとは思わず、中国に特別な敬意を持っているわけではありません。しかしアメリカが中国はじめグローバルサウス対して圧力をかけると、彼らはアメリカとの関係よりも中国との関係を重要視するようになる。その結果アメリカが単独で行動しにくくなり、ヨーロッパや日本などに対して「仲間だろう」と声をかけるわけです。

このような動きが起きると歴史的には逆行するように思います。過去30年間で進んできたグローバル化やボーダレス社会の流れから『ブロック経済』のようになる可能性が出てくる。冷戦のような状況とまではいかないと思いますが、それに近づきつつあると言えます。

トランプ氏の再選で気になるアメリカの外交

そう考えるとアメリカの立場は非常に難しいものと言えます。強引に行動すれば、自らの立場を損ねることになりますが、何もしなければ国内での支持率が低下する可能性も。ここで重要なのはバランスを保ちながら行動すること。難しいですよね。

トランプ氏は、乱暴者とか”変わったおっさん”として報じられることがありますが、実は彼はビジネスマンなんです。交渉術や取引能力が高いですし、案外パワーの均衡を保ちながらディールをうまく成立させる能力を持っていると思いますよ。

実際、トランプ氏は発言が過激で戦争を始めそうなイメージですが、トランプ政権下では、たとえば北朝鮮との対話や中東での和平交渉など、軍事的な紛争には積極的に関与しませんでしたよね。そうなると彼が再び大統領になった場合、イメージとは違って、変わった形での世界的なパワーの均衡が生まれるかもしれません。

――ここからは個別の投資の話になりますが、今後の見通しとして、どんなセクター、業種に注目していけばいいと思いますか。

チャットGPTの新しいモデルがリリースされた直後、英会話関連企業の株価が大幅に下落しました。リアルタイムで異なる言語での会話が可能になり、英会話教室が必要なくなるという懸念が広がったためです。昨今のAI技術の急速な進化に「AIに投資しなきゃ!」と焦り気味な部分があるかもしれません。

そこで思い出してほしいのは『ゴールドラッシュ』の話です。アメリカでゴールドラッシュが起きたとき、鉱山の前でスコップやツルハシを売っていた会社が大きな利益を上げたという逸話です。実際に金を掘り当てて成功した人もいましたが、多くの人は怪我をしたり最悪の場合は命を落とすこともありました。つまりゴールドラッシュの教訓は、実は金鉱を掘りに行った人たちよりも、その周りでツルハシを売っていた人たちがリスクなく儲けていたということなんです。

「AIが来るぞ」と言ってAI企業に投資しようとしている人たちにこの教訓を思い出してほしいのです。多くのAI企業は今後IPOをするでしょうし、既存の企業もAI企業に転身するケースが増えてくると思います。しかしその全てがうまくいくかどうかは分かりません。

AI企業が100社あったとして、その中でどの会社が覇権を握るのかを見極めるのは非常に難しい。しかしこの「ツルハシ理論」を当てはめて、AI自体がうまくいくかどうかに関係なく、AI開発に必要になるものを提供する企業に着目してみると興味深いです。

具体的には、半導体、電力供給、データセンターの空調システム、半導体製造に必要な純水、そして工場で使うクリーンルームやエアシャワーなどです。これらの需要は、AIが成功するかどうかに関係なく、AIへの関心が高まるほど必要になっていきます。

そうすると「半導体が熱いのか?」となります。半導体と一言で言っても、深く勉強する価値があると私は思います。半導体関連の銘柄がよく特集されますが、半導体業界は非常に多くのフェーズに分かれているんです。

どのフェーズで日本企業のシェアが高いとか、このフェーズはアメリカやヨーロッパの企業が牛耳っているとかフェーズごとにシェアが異なるんです。実は半導体について経済産業省が非常にわかりやすい資料を公開していますので、半導体企業の決算をチェックするだけでなくぜひ活用してほしいと思います。

例えば、半導体のある製造過程においては特定の企業が市場の50%ものシェアを持っている、といった情報が見つかることがあります。そんなふうに資料を参照しながら、AI周辺産業で着実に儲けることができる企業を探してみると面白いかもしれませんよ。

そういう視点で投資を考えることは重要です。AIを使うことばかりに焦点を当てがちですが、実際にはAIの成功に直接関わらなくても確実に需要があるものがあります。このような視点を持つことで、投資の勝率を上げることができるかもしれません。

(聞き手=児玉一希/投資家)

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