ペンと紙とインク(6月1日)

 激しい戦いの場面を修羅場と呼ぶ。これを「シュラバ」と記すと、締め切り間際の漫画制作現場を指すようになる。1970年代の少女漫画にしばしば題材として取り上げられ、大島弓子さんら人気作家の作品にも描かれた▼漫画家とアシスタントが原稿と「取っ組み合う」。完全徹夜は当たり前。原稿を抱えた編集者が去った後には、力尽きた数人が横たわる。白河市の中山義秀記念文学館で開催中の「昭和のお宝」を集めた企画展。展示された漫画雑誌を間近に見て、インクと紙とペンの時代に共通した匂いが、そんな思いを呼び起こした▼1950年代の少年誌も並ぶ。この作家たちもまた、締め切り間際の厳しい現場をかいくぐったのだろう。お世辞にも上質とは言えない紙と、にじんだ印刷。戦後成長期の入り口にあって、ペンを手に絵と物語を刻む作業は、読者である子どもたちに、生きる喜びを届ける営みに近かった▼先日、往時の少年少女が出品者を囲む関連行事が催され、漫画やお宝の思い出を披露しあった。昭和を振り返るまなざしと声は、どこまでも優しかった。「シュラバ」の漫画家が作品に込めた祈りは、どうやら読み手の心に確かに届いていたらしい。〈2024.6・1〉

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