「光る君へ」第二十一回「旅立ち」歴史的随筆「枕草子」誕生を際立たせた藤原伊周の悲劇【大河ドラマコラム】

NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。5月26日に放送された第二十一回「旅立ち」では、歴史的名随筆「枕草子」誕生にまつわるエピソードが描かれた。すべてを失って悲しみに沈む中宮・定子(高畑充希)を慰めるため、「枕草子」を書き始めたききょう/清少納言(ファーストサマーウイカ)と、それを読む定子の姿を交互に映し、「春はあけぼの…」と読み上げる高畑の声を重ねた映像は、格調高い美しさ。「旅立ち」というサブタイトルの通り、人の動きの多いこの回の中でひときわ強い印象を残し、視聴者からも大好評だった。

ところで、この場面が強い印象を残したのは、そこに至る過程で描かれた藤原伊周(三浦翔平)の悲劇があったからだと言えるのではないだろうか。

花山院(本郷奏多)に矢を射かけた“長徳の変”の始末を巡り、大宰府への異動を命じられた伊周。だが、それを拒み続け、妹・定子の館に隠れたかと思えば、捜索に来た藤原実資(秋山竜次)の前に僧侶の格好で現れ、「出家したから、大宰府には行けぬ」と言い放つ。しかし、実資から「被り物をとられよ」と、頭巾を無理やりはぎとられると、剃髪(ていはつ)していないことが明らかに。「これから剃髪する」となおも言い逃れしようとする伊周に、定子が「見苦しゅうございますよ、兄上」と突き放す一言。それでも「いやだ、いやだ!」と駄々っ子のように抵抗する姿は、かつて権勢を誇った人物とは思えないほど、みじめなものだった。

だが同時に、この場面では伊周の人間味も伝わり、ある意味、心を動かされた。権力の頂点に立った祖父・兼家(段田安則)、父・道隆(井浦新)の後継者として期待されながらも、苦労知らずのお坊ちゃん育ちゆえのひ弱さが仇となり、あっという間に転落。駄々っ子のような最後の姿には、なんとか家を守らねば、という焦りや必死さが滲み出ていた。そんな伊周を見事に演じ切った三浦翔平の熱演も素晴らしかった。

(C)NHK

兄のそんな哀れな姿を目にした定子も出家後、館に火を放ち、自ら命を絶とうとする。この哀しくも激しいドラマがあればこそ、静かに美しく描かれた「枕草子」誕生のエピソードが、あれほど引き立ったのではないだろうか。

そして、その「枕草子」誕生が、ききょう/清少納言から「中宮様をお元気にするには、どうしたら?」と相談を持ち掛けられたまひろ(吉高由里子)の発案というのも、主人公を際立たせる見事なアイデアだが、ここにもうひとつ、巧みな仕掛けがあったように思う。

そのカギとなるのが、「ききょうさま、以前、中宮様から高価な紙を賜ったとお話ししてくださったでしょ」というまひろのせりふだ。これがきっかけとなり、まひろが「その紙に、中宮様のために、何かお書きになってみたらよいのでは」とききょうに勧めたことが、「枕草子」の誕生につながっている。

この回では「枕草子」誕生後、まひろが越前守に就任した父・為時(岸谷五朗)と共に任地・越前に向かうエピソードも描かれている。越前と言えば、高級和紙の「越前和紙」が有名だ。つまり、「紙」を巡るまひろとききょうの会話は、「枕草子」誕生と同時に、この回から幕を開けた「越前編」への橋渡しの役割も担っていたと解釈出来る。ききょうが「まひろさま、言葉遊びがお上手なのね」と語っていたが、この点でも見事な言葉遊びだったわけだ。

こうして始まった「越前編」では新たな人物も登場し、今までとは一味違った物語が楽しめそうだ。都を離れ、越前を訪れたまひろが、どんな経験を重ねていくのか。期待して見守っていきたい。

(井上健一)

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