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「遺族の尊厳を侵害し、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱した」
SNSの投稿で殺人事件の遺族を傷つけたなどとして訴追され、職務停止中だった仙台高裁の岡口基一判事(58)が4月3日、国会の裁判官弾劾裁判所(裁判長・船田元衆院議員)から「罷免」の判決を言い渡された。
弾劾裁判は1947年の制度創設来10回行われ、罷免とされたのは岡口氏で8人目だが、過去に罷免と判断された裁判官は、児童買春などで刑事処罰を受けたり、担当案件の関係者から金品を授受したりするなど悪質性が際立つケースばかりだ。
岡口氏のSNS投稿について、判決は「執拗かつ反復して犯罪被害者の遺族の心情を傷つけたことは否定できない」「遺族に精神的苦痛を与え続けてきたことを考えると、国民の信託に背反する程度に達している」などとしたが、裁判官とはいえ、SNS投稿という「私的な表現行為」について、判決が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と踏み込んだことを巡っては、今もなお法曹界などから異論の声が上がる。
権力による安易な「クビ切り」は、憲法で身分の「独立」が保障された裁判官の言動を委縮させる懸念のほか、国会議員で構成する裁判官訴追委員会の恣意的な運用にもつながりかねない危険性も含んでいる。判決は即日確定し、岡口氏は裁判官としての地位を喪失。判決により退職金は支払われず、弁護士や検察官になる法曹資格も失った上、判決に対して不服申し立ても出来ない。極めて重い処分だ。あらためて岡口氏は今、「罷免」という重い判決をどう受け止めているのか。
◇ ◇ ◇
──裁判官「罷免」という極めて重い処分が下りました。まずは率直な感想を聞かせてください。
近代国家における裁判とは、その結論である判決自体で、その正当性や国民の信頼を獲得するものでなければなりません。具体的に言えば、第一に「判決に、その判断に至った理由が明確かつ論理的に記載されていること」、第二に「その理由の検証が可能であること」です。その観点で見れば今回の判決は「理由」が全くダメ。まずはそこが問題だと思います。
──どの部分が「全くダメ」なのでしょうか。
「理由」のうち、前半の事実認定部分は、事実を認定するだけで、何か論理が必要なものではないため、問題が生じていないのですが、後半のあてはめ部分、つまり、罷免のための要件である「著しい非行」に当たるか否かという判断部分が、まともな論理になっておらず、なぜこの結論になるのかが全く明確でなく、合理的な判断がされたか否かという検証もできないものになっています。
──判決では、訴追委員会が主張した「フォロワーの性的好奇心に訴えかけ、興味本位で判決を読ませようとする意図があった」との指摘を認めず、悪意性を否定しています。さらに遺族が「洗脳」されているとつづったSNS投稿についても、精神医学者の証言を採用し、「洗脳」という言葉をそれほどネガティブな意味で使っていたわけではない、と認定しています。にもかかわらず、結論は最も重い「罷免」というのは不可解です。
前半部分の事実認定については、約2年8か月もの間丁寧な審理がされた結果、多くのことが明らかになりました。私の表現行為について、故意に誰かを傷つけたり、不快な思いをさせたりしようとしたものであるとする訴追委員会側の主張はことごとく排斥されました。
ところが、後半部分になると、それでも結果として傷ついた人がいるのだから、私の表現行為が「非行」に当たると判断しており、とにかく誰かが傷ついたからという理由が繰り返されるだけです。さらに、その「非行」が単なる「非行」ではなく、「著しい非行」に当たるという判断においても、同様に、誰かが傷ついたからということ以上のことは何も述べていません。事実認定は納得できますが、最後の要件への当てはめが全くダメ。
ここまで判決の論理の明確性がない裁判は、先ほども言ったとおり、その正当性がありません。今回の判決の後半部分を理解、支持する研究者、法律家はいまだに一人も現れていません。
──そもそも、今回の罷免に至る発端となったSNS投稿は、2015年に東京都内で女子高生が殺害されたことを伝える東京高裁判決のリンクを張り、《首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男》《そんな男に、無残にも殺されてしまった17歳の女性》と書き込んだことでした。ただ、その後、東京高裁はウェブ掲載に関する「選別基準」という内規に反して、この事件の一部判決内容を掲載していたことが法曹界で指摘されています。岡口さんが「傷つけた」とされる記述も、東京高裁がネットに公開した判決文(後に削除、事件被害者などは匿名)から引用し、「残忍な」という形容詞を加えただけでした。
繰り返しますが、私は誰かを意図的に侮辱したり、名誉を棄損したりするつもりは毛頭ありませんでした。私は当時、裁判所の民事部にいたので知らなかったのですが、裁判所の刑事部には内規があり、最高裁のウェブサイトに掲載する判決基準では、凄惨な事件や性犯罪は載せないとされていたのです。私は最高裁がウェブサイトに載せているのですから当然に公開が許可された判決だと思い、そのリンクを貼って、判決を紹介したのですが、これが問題視されたわけです。
■裁判所当局からマスコミに対してネガティブな情報がどんどんリークされていった
──つまり、もともとは東京高裁が内規に反して公表したというミスから始まったわけですが、今に至るまで何らかの説明はありましたか。
私に対してですか?当局から?いや、全くありません。ただその後、私はこれが内規に照らすと公開してはならない判決であったことを、自分で調べて知りました。裁判所当局は、自分たちがミスをしたにもかかわらず、世間の批判を私に向けようとしたのだと思います。そして、その当局の作戦は完全に成功し、今に至っても今回の件での裁判所のミスは全く批判されないままです。
──とはいえ、結果的に遺族の感情を激しく傷つけたのは事実です。なぜ、早々に遺族に謝罪するなど対応の場を作らなかったのですか。
私はそう思っていましたが、裁判所当局が「岡口さんは対応しなくていい、自分たちが対応するので任せてほしい」「遺族や代理人と接触しないでください」と言っていたので、対応を任せていました。そうしたら、私が何もできないことをいいことに、裁判所当局からマスコミに対して(自分の)ネガティブな情報がどんどんリークされていったのが実態です。
──岡口さんは昨年7月に3度目の任官申請を行わないと最高裁に通知しています。2024年2月の民事裁判では遺族に謝罪し、遺族側に44万円の支払い命令が確定するなど社会的な制裁も受けています。弾劾裁判所が罷免判決を出さなくても、今年4月12日に裁判官を退官する予定だったのに、なぜ罷免となったのでしょうか。
退官予定だとか、そういうことは、罷免事由である「著しい非行」に当たるか否かの判断に直接関係することではありませんから、それが考慮されなかったとしても、そのことになにか問題があるわけではありません。問題は、それ以前のことで、そもそも、どうして罷免になるのかという理由が「誰かが結果的に傷ついたから」の一本やりで、専門家が誰一人賛同もできないようなお粗末なものであったことです。
──そもそも岡口さんのSNS投稿という「私的な表現行為」がなぜ今回、注目されて問題視されたのだと思いますか。
最高裁は一時期、ほんの少しの期間だったと思いますが、裁判所職員がSNSをやることを歓迎していた時期がありました。しかし、しばらくすると排除、規制に動いた。SNS投稿をしている職員らを1人ずつ調査官室などに呼び出し、止めるよう呼びかけたのです。
私は目立っていたというのか、X(旧ツイッターの)フォロワー数が増えすぎたのかもしれません。最高裁も「放置しておくと組織として示しがつかない」と考えたのでしょう。しかし、裁判官にも市民的自由や表現の自由がありますから、(SNS投稿を)「止めなさい」とは言わない。最初に所長室に呼ばれたのは水戸地裁だったのですが、自分がツイートした内容が全部、プリントアウトされていました。
A4版の紙で相当な分量だったと思います。マーキングして付箋が張られた部分を見せながら「これはどういう意味ですか」と聞いてくる。決して「止めろ」と言わず、「君の投稿については、こちらとしても、さらに時間をかけて検討していきたい」とか言うわけです。そうやって、プレッシャーをかけて止めるよう仕向けるのですが、私は投稿を止めませんでした。
──それで問題児扱いされてしまった。
私に限らず、ネットでの情報発信をしている裁判所職員は、当局に呼ばれてネチネチやられていました。そのことは(三重県・津地裁の)竹内浩史裁判官が書かれた「裁判官の良心とは何か」(LABO)にも出てきます。
■SNS投稿という「私的な表現行為」に対する社会のコンセンサス、ルールがない
──裁判所当局のプレッシャーなどがあったにもかかわらず、なぜ、SNS投稿を続けたのでしょうか。上半身裸の写真も話題となりましたが。
そもそも私は裁判官と名乗らずに「一般人」「私人」としてSNS投稿をしていました。そうしなければ「24時間裁判官」になってしまう。総理大臣が靖国神社に真榊などを奉納する際、「私人として」というのと同じでしょうか。裁判官であっても、他の方と同じようにSNSが利用できて当然です。そのため「一般人」としての立場で、自分なりのルールを作って投稿していたわけです。
──その正体が明るみになり、クローズアップされて変な方向に動いていった。
私から見るとそうです。裁判官と名乗って匿名でSNSをされている方がいまでも複数いますが、私はその真逆で、裁判官とは名乗らずに実名でSNSをしていたのです。しかし、マスコミは裁判官がこんな投稿をしていると大騒ぎを始めたのです。
──SNS投稿という「私的な表現行為」の扱いについては一人の法律専門家として、どんな見解を持っていますか。
世の中全体で言うと、コンセンスが出来ていないのだと思います。SNS投稿に対して、社会として、どこまでを良しとして、どこまでダメにするかというルールが確立されていない。ある意味、過渡期なのでしょう。裁判所の判決も、SNSによる名誉棄損や侮辱という判断が裁判官によって本当にバラバラで、裁判官次第みたいな状況になっています。なので、SNSを利用している人たちは、社会のルールがないから、みんな自分なりのルールを作って投稿している。(問題視されて裁判になった場合は)自分に有利な判断を下す裁判官だったらラッキーというような状況だと思います。
──SNS投稿に対するルールがなく、コンセンサスもないため、裁判で重要な「理由」も「検証」も出来ないような判決が出る恐れがある。
ルールがないので、裁判官としても「私は問題だと思います」「私は問題ないと思います」といった程度の「理由」しか書けず、それが正しいかの「検証」もできません。
──刑事判決に関する投稿についてのルールがないことについてはどう思いますか。
刑事事件の判決がされた場合、それについてSNSでどの程度の議論は許されるのか。どんなに真面目な議論、投稿であっても、遺族感情を傷つけることはあるわけです。議論をするという社会的な利益と遺族感情とのバランスをどう考え、どちらを優先して考慮するべきなのか。私の事件は、そういう議論を始める契機にもなり得たのですが、この国では、諸外国と違って、そういう議論を前に進めようとする動きがなかなか出てこないのは残念です。
■誰かが「傷ついた」と言い出せば、それを理由に懲戒解雇になりかねない
──このままルール作りが進まないとどんな社会になると考えますか。
SNSの投稿に対し、誰かが「傷ついた」と言い出せば、それを理由に懲戒解雇になりかねない。私はまさにそうなったのです。SNS投稿の何が良くて、何が悪いのかというルールがないと、安心して表現活動もできなくなる。とりわけ、犯罪被害者についての言論が避けられがちになりかねません。これが表現の自由の萎縮効果といわれるものです。
──罷免判決を下した裁判官弾劾裁判所で裁判長を務めた船田元衆院議員(70)は共同通信のインタビューに対し、検察官役の裁判官訴追委員会と弾劾裁判所がともに国会議員で構成されているため、「両者の距離が近く、信頼性や公平性に矛盾を抱えている」と指摘していました。振り返ると、この問題で岡口さんは最高裁と東京高裁から戒告、厳重注意処分を受けていますが、最高裁は訴追請求を見送っていた。つまり、岡口さんのSNS投稿は当初、「罷免」には至らないという判断でした。
当時の裁判官訴追委員会(田村憲久委員長=自民)も訴追を先送り(訴追猶予)し、新型コロナ禍もあって3年の公訴時効を迎えた。にもかかわらず、2020年11月に訴追委員長が交代(新藤義孝氏=自民)して以降、事態が急展開します。どう思いましたか。
私から言えば、本来は訴追猶予もおかしいし、(不起訴に当たる)不訴追が妥当と考えていました。いずれにしても何があったのかは分かりません。ただ、船田氏の発言を読むと、「自分と同じ政党の国会議員が、罷免相当と考えて訴追したものを、弾劾裁判官が不罷免とすることは難しい」と受け取れなくもない。そうなると、最初から結論ありきの判決ではなかったのかと考えたくもなります。
──国会議員が裁判官の「生殺与奪」を握るという仕組みについて思うことはありますか。
国会議員は皆、選挙で選ばれた民主的基盤があることを、権力行使を正当化する根拠にしているわけですが、その人たちが暴走した時にどうするのかという仕組みが重要です。その仕組みがない状況下で批判勢力が弱体化すると、彼らは正当性を主張して暴走し始める。選挙で落選させればいいというが、実質的にそれを難しくする構図も作っていきます。
例えば今のロシアがそうです。ロシアも日本と同じ民主主義国家ですが、プーチン大統領を厳しく批判したナワリヌイ氏は投獄され、獄中死しました。民主主義だというだけではダメなのです。権力に対抗する立場にある司法の弱体化は、あってはならないことです。
(取材・文=遠山嘉之/日刊ゲンダイ)
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【岡口判事弾劾裁判】 判決によると、岡口氏は現職の判事だった2017年、東京・江戸川区の女子高校生殺人事件に関し、ツイッター(現X)に「首を絞められ苦しむ姿に性的興奮を覚える男」「無残にも殺されてしまった女性」などと投稿。19年には「遺族は東京高裁に洗脳されている」とも書き込んだ。遺族側が同年2月に訴追請求し、衆参の国会議員14人で構成する裁判官訴追委員会が21年6月に訴追。22年3月から16回に及ぶ公判が開かれた。
裁判官は、権力側からの不当な圧力、介入によって公平な裁判が阻害されることのないよう憲法などで身分が保障されている(職権行使の独立など)。弾劾裁判で罷免される場合でも、「裁判官が職務上の義務に著しく違反している場合」「職務を甚だしく怠っている場合」「裁判官としての威信を著しく失うべき非行を行った場合」に限られている(裁判官弾劾法2条2項)。
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▽岡口 基一(おかぐち きいち) 1966年生まれ。大分県出身。東大法学部卒。浦和、水戸、福岡などの各地裁を経て、大阪・東京高裁判事、仙台高裁判事。現在は司法試験指導塾「伊藤塾」で講師を務める。