「完成」の美しさと「未完成」の過程、どちらに心を動かされる? 『学マス』に自分の価値観をひっくり返された話

リアルサウンドテック編集部による連載「エンタメとテクノロジーの隙間から」。ガジェットやテクノロジー、ゲームにYouTubeやTikTokまで、ありとあらゆる「エンタメ×テクノロジー」に囲まれて過ごす編集部のスタッフが、リレー形式で毎週その身に起こったことや最近見て・試してよかったモノ・コトについて気軽に記していく。

第29回は「先行抽選」と名のつくイベントに結構な数申し込んでいるものの、ここ1年ほど当選したことがない中村がお届けします。

音楽メディアの編集からテックメディアの編集にシフトして数年、日本のアイドル文化から少し離れていることもあってか、アーティストのパフォーマンスを見る際の基準は“未完成なものが育っていく過程を楽しむ”ものよりも“完成したものの美しさ・すごさに驚く”ことのほうが多くなっていました。

完成度の高いダンス、圧倒的なボーカル、スキルフルな演奏。これに勝るものはない。そう思っていた自分の価値観が最近、バコーンとひっくり返されました。しかも実在するアーティストではないものに。

それが今回紹介する『学園アイドルマスター』(以下、学マス)です。

「アイマス」シリーズについては、付かず離れずくらいの距離感でこれまで楽しんできたのですが、IPを丸ごと愛するというよりも、音楽とそこに関わるクリエイターを中心に追いかけていたところがあります。実際に今回の『学マス』も、全体曲の原口沙輔×宮川弾にはじまり、渡辺翔・Giga・長谷川白紙・Moe Shop・HoneyWorks・ナユタン星人・兼松 衆・美波など、楽曲提供をしているクリエイターたちの豪華さに引き込まれ、まずは楽曲を聴くところからスタート。

「有村麻央の『Fluorite』(やぎぬまかな作詞&Moe Shop作編曲)はキックの鳴りとベースの滲みの良さで白飯3杯いけるなー」とか「篠澤広の『光景』(長谷川白紙作詞・作編曲)はおよそアイドルソングと言えない構成がすごすぎる、いますぐプロジェクトファイルが見たくてたまらん」などと呟いていたのですが、ふと「各シングルのジャケットデザイン、良すぎん……?」と思い、調べていくとアプリのUIやTOPの立ち絵など、あまりにもこれまでの『アイマス』からかけ離れていることに驚き、即インストール&起動。プレイすればするほど、いわゆる「音ゲー」的な要素の強かった最近の『アイマス』との違い、グラフィックや演出の洗練に、いい意味で「ケレン味のなさ」を感じます。

「レッスンではカードを選択してポイントを稼ぎ、育成をしていく」というシステムも、最初はどのカードを選んでいいかわからず、黄色く光ってアシストしてくれるのを待っていましたが、やればやるほど「配られてきたカードを選ぶのではなく、配られるカードを選んだり絞り込んだりする」という「デッキ構築」的な奥深さにハマっていきました。

楽曲を聴いた時にいいなと思っていたのは有村麻央と篠澤 広の2人ですが、リセマラを完了させて手元に残ったSSRのアイドルは葛城リーリヤ、姫崎莉波の2人。そして「SSRで選べるアイドル」は、主人公的立ち位置の花海咲季をチョイスし、追加で引いた10連で篠澤 広をお迎えしました。それぞれのシナリオをまずは1周してみて思ったことがあります。

「あれ、あんまり歌が上手くない……?」

それもそのはず。実はこの『学マス』、プレイヤーである「プロデューサー」が育成したアイドルのステータスや最終試験の結果に応じて、最終的に行うライブのパフォーマンスが変化するのです。それなりのステータスのアイドルなら学校の中庭の小さいステージでそれなりのパフォーマンスに、ある程度の結果なら屋上のステージでいい感じのパフォーマンスに、といった具合で。しかも先述したデッキゲーの要素に加え、何度もクリアすることでプロデューサーのレベルが上がったりサポートが豪華になったりと、よりハイスコアを出せるローグライク的な面白さもあるので、どんどん高得点を取って最終試験を1位で通過してやろう、というモチベーションが生まれていきました。

また、周回を続けていくとアイドルからの親愛度も上がり、次々に違うストーリーも見れるようになっていきます。シナリオとキャラクター設定を『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』などを手掛けてきた伏見つかささんがを担当していることあってか、過去の「アイマス」シリーズよりも“砕けている”印象を受けました。

これまでの「アイマス」シリーズにも個性の強いキャラクターは数多く存在した(というか全員個性の塊)のですが、今回は「THE・アイドル」というキャラクターが少なく、全員が“どこか変”で、それぞれに足りないものがあることが明確に書き分けられているのです。プレイヤーはプロデューサーとして彼女たちを“育成する”というスタンスではありますが、筆者はプレイするなかで「足りないところと、それを補い余りある素晴らしい個性に気づいてもらう」ゲームなのではないかと感じました。

妹の佑芽が持つポテンシャルを感じる一方、神童と呼ばれた自身が早熟で“成長しない”ことにコンプレックスを感じているが、“負けず嫌い”の才能に恵まれている花海咲季、歌やダンスの経験はなく自己肯定感も低いが、“努力”の才能に恵まれている葛城リーリヤ、勉学の天才が故にあえて“できないこと”へ身を投じることで不自由になろうとするが、“逆境を楽しむ”才能で徐々にアイドルとして開花していく篠澤 広、年上に見られるがあまり“王道アイドル”へのコンプレックスを抱いていたが、“お姉さん”の才能(?)に恵まれている姫崎莉波。

シナリオの進行を通して、彼女たちはコンプレックスとの上手な付き合い方を見つけ、長所に気付き、それを押し出すことで人間として、アイドルとして成長していきます。

その成長をもっともわかりやすく表現しているのが、彼女たちに提供された楽曲です。最初は「このキャラはこういうイメージだからこういう曲を当てたのか~」くらいに感じていましたが、シナリオを進めていくと、彼女たちのコンプレックスの先にある「“こうなりたい”自分」が描かれた曲なのだと気づかされ、楽曲の持つ意味が言葉ではなく心で理解できました。葛城リーリヤのTRUE ENDの「白線」を見てしまった先週以降は、ストリーミングサービスでこの曲の2番以降が流れると心がギュッとなってしまいます。リアルライブで見たら絶対泣くやつ。

未完成のアイドル・人間の成長に心を揺さぶられたことは久しくなかったのですが、『学マス』で担当するアイドルがごとく“自分が過去に持っていたけど無くしてしまっていた一面”に改めて気付かされた、そんな初夏の頃でした。

(文=中村拓海)

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