医師「心配いりませんよ」患者「でもテレビで、これは病気だって…」メディアの情報を信じてしまう人々の実態【現役医師が解説】

長寿化が進み高齢者が増えたこともあり、健康・医療ネタはテレビや雑誌、ネットなどで頻繁に取り上げられています。しかし、それを鵜呑みにして医師が「大丈夫ですよ」と言っても疑ってしまう…そんなこともめずらしくなくなっているようです。本記事では、『健康の分かれ道 死ねない時代に老いる』(KADOKAWA)の著書で医師の久坂部羊氏が、メディアで語られる健康情報について解説します。

医師の言葉よりメディアを信じる人々

現代の健康を考えるとき、まず思いつくのがメディアの力です。健康診断の診察でもそれを如実に感じることがあります。

まずはテレビ。たとえば、ある50代の神経質そうな男性は、健康上、気になることを聞くと、「ソファでうたた寝をしてしまうのが心配です」と答えました。理由を聞くと、「NHKの『ガッテン!』で、疲れてうたた寝をするのは、脳の血管に問題があるからと言ってたので気になって」と言います。

「そういう場合もないことはないですが、たいていはちがいます。年齢的な変化もあるでしょう」と言うと「50歳を超えたらソファでうたた寝するようになるんですか」と聞いてきました。「そうともかぎりませんが……」と答えましたが、うたた寝と脳血管障害の関係が気になって仕方ないようでした。

別の50代の男性は、「最近疲れやすいので、糖尿病が心配です」と言うので、前回の検査結果を見ると、血糖値は高くありません。

「この値なら糖尿病ではありませんよ。疲れやすくなったのは年のせいでしょう」と言うと、「でも、急に目が見えなくなることがあるのでしょう。テレビで言ってました」と不安そうな表情を浮かべます。「よほど悪化するまで放置した場合はそうなることもありますが、急にはなりません」と説明すると、なんとか安心したようすでした。

糖尿病に関しては、60代のある男性は、診察室に入ってきたときから不機嫌そうで、問診をすると、「糖尿病が気になるんです」と言うので、前回の結果を見ると、基準値以下でした。

「これなら心配ないですよ」となだめると、ムッとしたようにこう言いました。「糖尿病は食後の血糖値のスパイクを見なければいけないのに、空腹時の血糖など計っても意味はないでしょう」男性はテレビで仕入れた知識を盾に、健康診断を頭から否定しているようでした。

たしかに食後に血糖値が急激に上昇することをスパイクといい、糖尿病の前兆である場合があります。その場合は空腹時の検査だけでは見すごされることがあります。それを補うための検査がヘモグロビンA1cと呼ばれる検査で、これは直近の一カ月ほどの血糖値の平均と相関するものです。

そう説明して、「スパイクがあっても、ヘモグロビンA1cが基準値以下ですから、糖尿病の心配はないと思いますよ」と言っても、仏頂面でうなずきもしません。医者である私の説明よりテレビのほうを信用しているようで、ちょっと空しかったです。

テレビは視聴率を稼ぐという宿命があるため、ことさら驚くような内容や、意外な情報を前面に押し出します。噓ではないけれど、極端でめったに起こらない事例を、こんなこともあると突きつけ、視聴者をビビらせます。素朴な視聴者は、驚き、恐れ、大変なことを知ってしまったかのように浮き足立つのです。

ネットの医療情報は玉石混淆

一般の患者さんには、週刊誌の影響も無視できません。困るのが一時期、頻繁に誌面を賑わせた「のんではいけないクスリ」や、「医者はぜったい受けない手術」「この検査が危ない」などの特集です。

大きな病院などでは、患者さんも医者に遠慮するのか露骨に言いませんが、開業医相手だと、「先生。この薬はのみ続けても大丈夫ですか」とか、「この前出してくれた薬、週刊誌にのむなと書いてありました」などと言うそうです。

医者が大丈夫でない薬を出すはずはないと思いますが、どんな薬にも副作用があるので、場合によっては中止したほうがいいものもあるでしょう。

逆に、「医者が勧める長生きの秘訣」とか「医者がやっている健康法」「医者が教える寿命を30年延ばす方法」などの特集も罪深いものがあります。

見出しに惹ひかれて中身を見ると、「食事はよく嚙かんで食べる」「十分な睡眠を」「運動の習慣をつける」など、子どもでもわかるようなものから、「毎朝、一本バナナを食べる」「酒のつまみはキャベツに」「足踏み運動」「血管しごき」「腰もみ入浴」等、ほんとに効果があるの? と疑いたくなるもの、さらには「一日に5回、カカオ70パーセントのチョコレートを食べる」などという、かえって身体に悪いのではと思うようなものまであります。

いずれにせよ、買った人はバカを見るようなものですが、高々500円前後で実際的な秘訣を得ようとするほうが厚かましいのかもしれません。少し信頼度の高い雑誌では、「健康診断のウラ側」というような暴露的、いや、隠れた側面をフィーチャーするものもあります。

こちらは専門家が健康診断の負の側面や、世間の健康常識のりを明確に指摘していて、納得させられる部分もありますが、あまり信用しすぎて、健康診断を全否定するような極端に走ると困る面もあります。

新聞ももちろん噓は書きませんが、困った情報が多く見られます。新聞はニュースヴァリューを大事にしますから、新しい検査法や治療法などがよく紹介されます。

可能性があるというだけで、実用化にはほど遠いものでも、大々的に紹介されたりしますから、がんや認知症や難病で苦しんでいる患者さんは、すわ、特効薬ができるのかと期待したりしますが、たいていは患者さんの手に届くことはありません。

ネットの医療情報は玉石ですが、有用なものも少なくありません。しかし、「玉」と「石」を見分けるには、ある程度の医学知識が必要ですから、一般の人には利害併存というところでしょう。

特に自分の病気について調べると、冷静な判断ができないので危険です。好ましい情報には飛びつき、心配なことが書いてあると恐れ、に無駄な期待と不安を膨らませてしまいかねません。

久坂部 羊
小説家・医師

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