欧州CL制覇レアル。決勝前から始まっていたビニシウスの心理戦【2023/24】

ビニシウス・ジュニオール 写真:Getty Images

UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝が6月1日ウェンブリー・スタジアム(ロンドン)で開催され、レアル・マドリード(ラ・リーガ)がボルシア・ドルトムント(ブンデスリーガ)を2-0で下し、15度目の欧州王者に輝いた。マドリード率いるカルロ・アンチェロッティ監督が、監督としてチームを欧州CL優勝に導いたのは5度目となる。

ここではCL決勝戦の流れを振り返りつつ、試合前から始まっていた心理戦にも注目してみよう。


カリム・アデイェミ(左)ダニエル・カルバハル(右)写真:Getty Images

CL決勝戦の流れ

試合は、73分にマドリードFWビニシウス・ジュニオールが、目を疑うほどの技術で相手DFの股抜きをしてCK(コーナーキック)を獲得し高笑い。このようなプレーを見せられては、敵も味方も一瞬うっとりとしたに違いない。直後のCKで相手DFを突き放してニアサイドに走り寄ったDFダニエル・カルバハルが頭で合わせてマドリードが先制。プレーの流れはもちろんのこと、心理的にもビニシウスがお膳立てした。

その後、勢いづくマドリードがスタジアムの雰囲気をのみこんでいくのに対して、ドルトムントは集中力を欠く場面が目立ち始める。そして83分にドルトムントがディフェンスラインで痛恨のパスミス。マドリードは、そのボールを奪うと左サイドのビニシウスに繋いで追加点。

87分には、ドルトムントが左クロスからヘディングでゴールネットを揺らすもオフサイドの判定。万事休すで1997年以来、2度目の欧州制覇はお預けとなった。


ビニシウス・ジュニオール 写真:Getty Images

試合前から始まっていたビニシウスの心理戦

ビニシウスの股抜きはマドリードの先制点のきっかけとなったが、実はそれよりずっと前に伏線があった。

両チームが陣取って試合が始まろうかという刹那、キックオフするはずのドルトムントの選手たちが、マドリード陣内の深くまで走り込んでいって、その向こうのドルトムントのサポーター席の大声援に手を叩いて応えた。ドルトムントのサポーターは熱狂的なことで知られるが、ロンドンは中立地である。自分のチームへの声援を煽り強調することで、マドリードにプレッシャーを与える効果があった。仮に意図していなくても相手の集中をかき乱すには十分で、ファンに挨拶をする選手を審判が制止することも難しい。

対するマドリードは試合序盤でスペースも時間的余裕もない状況で、ビニシウスが強引なまでのドリブル突破で複数のドルトムント選手を突破し、最終的にはボールはラインを割ったが、両手を突き上げて雄叫びを上げて、その向こうに陣取るマドリードサポーターを大いに煽った。

このように両軍が、どうにかしてスタジアムの空気を味方につけようと画策した痕跡が見受けられる。

レアル・マドリード サポーター 写真:Getty Images

では、なぜ会場の空気が大事なのか。それは、日本の伝統芸能にも確認することができる。落語では、登場するとまずは、まくらで小ばなしをして聴衆の心をつかむ。「つかみ」がうまくいけば、本題にうまく客を引き込むことができるのである。

サッカーの試合でも同じなのだが、リーグ戦ではホーム&アウェーでホームチームのサポーターが圧倒的に多くなる傾向があるため、ホームチームに有利な雰囲気になる。逆に拮抗すると危険なので、割合をホームファンに傾斜するようにしている場合もある。

しかし、欧州CL決勝は事前に開催地が決められており、スペインとドイツのクラブにとってロンドンは中立地。決勝戦というプレッシャーのかかる試合では、とりわけ心理戦は重要になる。

つまり、ビニシウスは中立地で開催される決勝で場の雰囲気や観衆を味方につけて、心理的に優位に立てるようにエンターテイナーを演じたのである。技術と演技で圧倒して、数字に出ないところでも大きく貢献していた。ブラジルからやってきたまだ23歳の若い役者が、心理戦でマドリードをリードしているのだから見上げたものである。

ニクラス・フュルクルク 写真:Getty Images

ドルトムントの前半は、完全にゲームプラン通り

マドリードの前半は、ボールポゼッションで上回るも、ボールを支配しているというよりボールを持たされている状況だった。ビニシウスの個人技に頼っての突破は際立ったが、その次がなくチームとして決定的なチャンスはなかなか作り出せなかった。それだけならまだしも、ディフェンスラインの統制ミスが度々見られ、相手に裏を取られる場面が頻発。ドルトムントに有効な攻撃を許した。

一方、ドルトムントは堅固な守備を敷きながらも、深い位置からのカウンター攻撃だけではなく高い位置でボールを奪い有効なショートカウンターを食らわせてマドリードを度々慌てさせた。

そんな時、脳裏には1997年に欧州CL初優勝を果たしたドルトムントが浮かんできた。質実剛健でいて華麗なマティアス・ザマー監督率いる当時のチームと、たった今優勢に試合を進めている黄色いユニフォームが重なって見えたのである。「これはひょっとしたら……」そう思わせるほど、ドルトムントの前半は見事だったのだ。

ドルトムントがドイツで絶大な人気を誇るビッグクラブであることは間違いないが、欧州CLの経験値ではマドリードと大きな差がある。ボールポゼッションを得意とするスペインのチームを相手にする時点でドルトムントが描いたゲームプラン通りの前半だったに違いない。

ドルトムントは14分と21分にオフサイドをかい潜って大きなチャンスを作ると、23分にはFWニクラス・フュルクルクが左足を伸ばしてシュートもゴールポストに嫌われた。悔やまれるのは、ドルトムントのリズムだった前半に先制点を奪うことが出来なかったことだ。何点も取れるチャンスがあった。もしリードできていれば、異なるシナリオもあり得ただろう。


カルロ・アンチェロッティ 写真:Getty Images

後半に立て直した流石のマドリード、刺し違える覚悟のドルトムント

欧州CLで百戦錬磨のマドリードがこのような不覚を取る展開を誰が予想しただろうか。ハーフタイムでマドリードに変化が必要なのは明らかだった。

そして後半立ち上がりから、マドリードは目を覚ましたかのように効果的な攻撃を組み立て始める。うまく立て直したマドリードとアンチェロッティ監督は流石だ。

爆発的な攻撃力を持つマドリードが本領を発揮し始めたが、ドルトムントは守りを固めることはなかった。リードしていれば守る選択肢もあっただろうが、得点を奪って勝利する道を選んだ。

シュート数は両チームとも13本で同数だった。しかし、攻めあったらマドリードに分がある。結果的には0-2で敗れたが、刺し違える覚悟で果敢に攻めたドルトムントは称賛に値する。

後ろに引いて守って0-0で試合終盤まで耐えてから1点を奪って勝利という筋書き。あるいは延長戦やPK戦に持ち込む戦い方も出来ただろうが、90分できっちり白黒つけようと勇気を持って戦い、結果としてエキサイティングな決勝戦になった。惜しくも敗れたが、賛辞を送りたい。


トニ・クロース 写真:Getty Images

トニ・クロースは有終の美

今夏の現役引退を宣言して試合に臨んだマドリードのMFトニ・クロース(34歳)は母国ドイツのチームを相手に勝利しクラブサッカーで有終の美を飾った。85分に両拳を天に突き上げファンにの歓声に応え、MFルカ・モドリッチと抱擁して交代したシーンを忘れることはないだろう。

現役としてまだまだプレーできるが、余力を残して惜しまれながらスパイクを脱ぐ。

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