芥川賞作家・金原ひとみ、母になった今だから語る“妊活時の強烈な切迫感”

金原ひとみ 撮影/冨田望

20歳のとき『蛇にピアス』(集英社)で第130回芥川賞を受賞して以来、コンスタントに小説を発表、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など、きらめくような受賞歴をもつ金原ひとみさん(40歳)。作家であり2女の母であり、小説の中で「本音」を“ぶちまける”作家として女性を中心に熱い支持を得ている。【第5回/全5回】

自分自身の価値観を壊され、再構築し、また壊されて……そうやって人生は続いていくのかもしれない。

「私、第一子を産んだあとに流産したことがあるんです」

ワンオペ育児だったのに、どうして第二子を産もうと決めたんですかと問うと、金原さんはそう答えた。

「妊娠が分かったとき、まだ第一子が小さかったし、育てられないかもしれないと悩んだんです。どうしてあれほど悩んだのかも、今になるとよくわからないんですけど。それで、やっぱり産みますって病院に報告しに行ったら、そのときの検診で少し小さいと言われて。結局育たなかったんです」

ただ、その後の変化は自分でもわけのわからないような強烈なものだった。絶対に子どもを産まなければいけないという思いに支配されていったのだ。

「次の子を産むまでは、私は何も手にしていないのと同じだと思い込んだ。完全にホルモンに支配されたように、強烈な切迫感に追いつめられていくようでした。珍しく能動的というか、自分自身に追いつめられていったというか、とにかく妊娠しなければ、と。それ以外のことは考えられなくなっていきました」

焦燥感や切迫感がこれでもかというほど、新作『ナチュラルボーンチキン』に詰まっている

その時期の苦しみは、いまでも金原さんの中で生々しく残っている。それが今回のオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』で、主人公・浜野文乃が不妊治療にのめりこんでいく心理として生かされている。

「次の子をもつために障害になるものはすべて殺す、という勢いで子どもに気持ちが向かってしまう心理状態が、私にも多少分かるんです。どんどん自分も周囲も追いつめていっていることにも気づけない。振り返って初めて分かる。あの切迫感を、いつか書きたいと思っていたんですが、なかなか生かせる設定がなかった。今回、浜野さんのキャラクターを考えているときに、彼女にならあのときの思いを託せるんじゃないかと思いつきました」

恐ろしいほどひとつの価値観に縛られて、身動きがとれなくなり、それを少しでも阻止するものは回避し、攻撃して自分を守る。作品の中の浜野の気持ちは、読んでいて心が痛む。そうしなければ彼女は自分を守れなかったのだが、その固執した価値観がすべてを破壊することもあると作品は教えてくれる。

「リアルにあのときの感情が、私自身もよみがえってきました。私自身はそこまで深刻な状況にはならなかったのですが、自分が求めているものが意思や努力によって実らないという体験が、いかに精神を破壊するかを身をもって体験したことは、今回の小説に生きたと思います」

人生、自分の思い通りにならないことがあったとき、どう対応していくかが重要なのかもしれない。

恋愛関係や、人間同士の関係性における分裂や乖離(かいり)を描いてきた金原さんだが、今回の『ナチュラルボーンチキン』には今までとは違う、痛みを超えた温かな関係性の構築が感じられた。

金原さんは、常に新しいテーマにチャレンジしていっている。昨年は『腹をすかせた勇者ども』(河出書房新社)という中学生をヒロインにした小説を書いた。独特のヒリヒリ感がありつつも、最後には明るい展開が待っている。

「自分とは違う明るさを書いてみて、少しすっきりした感じはありますね。現代の若者の明るさを書き切ったので、今度はダークな側面も書いていきたいと思っています」

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。

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