「旅」を経て成熟夫婦へ

玉取崎展望台。微妙なアングルが母らしい(母撮影)## きっかけは父の定年退職

今春、父が約50年の会社員生活に幕をおろしました。私が物心ついた時から父はずっと「サラリーマン」でした。通関士の資格を取り、CDで英語の勉強をしながら海外に単身赴任もし、無事に勤め上げた父。実は立派だったのだなと同じ立場になってひしひしと感じるようになりました。

父の退職祝いに「私達の家族と一緒に旅行でも」と誘おうとした矢先。テレビ電話の画面越しに「石垣島に行ってくる」と嬉々として父がパンフレットを掲げた時、私は驚きを隠せませんでした。なぜなら、両親はお世辞にも仲が良いとは言えず、一触即発の夫婦だったからです。そんな2人が「2人で旅行をする」と決心したなんて。

思い起こせば両親は、もともとは旅行好きでした。私が幼い頃のアルバムをめくると、長期休みごとに温泉旅館に連れて行ってくれた時の写真があります。それが私という「かすがい」を失い、段々と旅に出る機会をなくしてしまったのだと思います。私と夫と子ども達と一緒に三世代旅行をすることで、なんとか旅行欲を満たしていたようでした。

一人っ子の私は結婚を機に家を出たのですが、険悪な2人を家に残すことが何よりも不安でした。極力2人きりになりたくなくて、以前から父の定年退職を案じていた母。それなのに石垣島旅行はまんざらでもなさそうな様子に私は心底驚きました。

定年退職を経て、晴れて自由の身となった父と、険悪ではありながらも父のために家事をこなさざるを得なかった母。そんな2人にとってこの石垣島旅行はいわばご褒美だったのでしょう。恐らく父の発案でしょうが母も断らなかったと思います。ようやくのご褒美を前にして、2人の険悪ムードもわずかにほころんでしまったようでした。

険悪だったはずの2人の旅ナカ~旅アト

4月下旬、旅行の日を迎えました。

母が旅行中にfacebookに投稿している写真は笑顔のものばかり。さらに驚いたことに、父とツーショット(しかも自撮りのものも)や、横並びで食事しているものもありました。どれもこれも、初めて見る構図ばかりです。

2人が旅行から帰宅して数日後に実家を訪れたのですが、そこでも驚きの連続。なんとツーショットがトイレや玄関、家中の至るところに飾られています。

「石垣島どうだった?」と聞くやいなや、「良かったのよ~! また行きたいわ」と母。父はおもむろに1枚の紙を渡してきました。それはエクセルシートで作成した旅程表のプリントでした。しかもこれ、帰宅後に作成したそうです。

出かけた後や、旅行後に余韻に浸ってこういうものを作成する気持ちはよくわかります。思い出のアウトプットを残すことで、記憶が薄れても呼び戻すことができます。私も中学生の頃、好きだった人との会話をメモ書きで残したことがあります(笑)。2人の写真を飾っているのも、旅程表をプリントアウトしておいてあるのも、父の「忘れたくない」気持ちの表れなのでしょう。

父お手製のスケジュール表。ホテルの担当者のお名前や朝食の内容まで書いてありました

その晩は、旅行中に出会った水牛「ルイくん」、宿泊したホテルの朝食が美味しかったこと、満潮で一度は断念したグラスボートに帰る日ギリギリで乗れたこと・・そんな楽しかった思い出話を肴に、夕食を楽しみました。

「3世代旅行でもと思ったんだけど」と私が言うと、父からきっぱり「われわれは自分達の好きなところに行きたいから」と断られてしまいました。仕事をリタイアし大人だけとなり、どこへでも行ける今、まだまだ行きたいところが尽きないようでした。

夫婦の旅 第3章

両親を見ていると、旅行観がライフスタイルによって大きく変わっているのを改めて感じます。

2人の新婚旅行は九州一周だったと聞きました。まずはお互いの価値観をすり合わせるためにも、いわゆる外さない、定番どころに行ったようです。この時期が夫婦の旅 第1章だとして、私が生まれて第2章の始まりです。第2章は四万温泉や那須温泉、向瀧温泉など、実家から車で比較的アクセスの良い温泉地によく行きました。子ども(私)を楽しませることを夫婦の共通ミッションとして、動物園や牧場、ショッピングスポットなどがある場所が多かった記憶があります。

そして今、少しの空白期間を経て2人の旅物語は第3章に突入。今度は少し時間をかけて、あえて少し遠くの、行ってみたかったところをゆったりとまわり始めたようです。様々なしがらみから解放され、じっくりと2人の時間を楽しむように。

父が母を誘い、計画を2人で(?)立て、旅行中にはツーショットを撮り、帰宅後には時に母の記憶を頼りにしながらスケジュール表を作り、写真を家中に飾っていた2人。私の心配をよそに、実はしっかりと夫婦だったようです。

ゆこゆこの会員様は約8割が50代以上の、いわゆるシニア世代です。そのうち過半数の方がご夫婦でご旅行をされています。よって弊社はシニアのご夫婦の方たちに向けた商品を多く生み出しています。 一般的に「シニア夫婦」というと、“高齢の夫婦”というイメージです。しかし両親というシニア夫婦を間近に見て、私は“成熟している夫婦”という意味合いの方が合っているような気がします。未熟だった2人が、時には衝突しながらも少しずつ少しずつ、夫婦としての絆を深めて成熟していく。

成熟のきっかけは夫婦それぞれだと思いますが、「旅行」が旅マエ~旅アトを通じて大きなきっかけになっているのは間違いなさそうです。

今年の父の誕生日には、旅行券をプレゼントしようと夫と決めました。

寄稿者 高野亜理沙(たかの・ありさ)ゆこゆこホールディングス㈱広報/温泉ソムリエ

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