【ジャズ:ヴァイナル新譜】ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜:ザ・コンプリート・マスターズ』

【DIGGIN’ THE NEW VINYLS #6】『A Night at the Village Vanguard:The Complete Masters』

日本でも需要がますます高まっているヴァイナル市場。毎月注目のジャズのヴァイナル新譜をご紹介していきます。

ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜:ザ・コンプリート・マスターズ』

極め付きの名盤からレア・アイテムまで、さまざまな時代に残されたさまざまな作品を名匠ケヴィン・グレイのマスタリングでお届けするアナログ企画“ブルーノート・トーン・ポエト・シリーズ”の勢いはとどまるところを知らない。なかでもテナー・サックス奏者ソニー・ロリンズの3枚組LP『A Night at the Village Vanguard:The Complete Masters』がふりまく音の鮮度、充実きわまるライナーノーツ、入念な装丁には、つい喜びの声をあげてしまった。聴く、読む、持つ、そのすべてにおいて満足できる“新譜”に出会えた幸せをかみしめている。

<YouTube:Sonny Rollins "A Night at the Village Vanguard: The Complete Masters" Tone Poet Vinyl Edition

ロリンズが1957年11月3日にニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジにあるクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」で行なったライヴは、まず1958年に1枚もののLP『A Night at the Village Vanguard』として発売され(オリジナル品番:1581)、75年に未発表テイクが2枚組LP『More from the Vanguard』(オリジナル品番:BN-LA475-H2)として登場した。どういうわけかこの2作品、音質がまるで異なっていた。1581からは客席のざわざわした様子や、おそらくは食器が触れ合っている音などもガンガン聞こえ、いかにも超満員の場内で白熱のプレイが繰り広げられている感じ。だが475は観客の“ワキ”が収められていないに等しく、楽器の音に深いエコーがかかっている。あまりにも感触が違いすぎるのだ。

<YouTube:Softly As In A Morning Sunrise (Afternoon Take / Live At The Village Vanguard/1957)

なぜこんなに異なるのか。そのヒントが、当3枚組LPのライナーノーツにあった。録音技師のルディ・ヴァン・ゲルダーは当時、ニュージャージー州にある自らのスタジオではアンペックス社製の15ips(1秒間に15インチ)のテープレコーダーを使用していた。しかしこれは非常に大型で重かったので、かわりに7.5ips(1秒間に7.5インチ)のデッキを「ヴァンガード」に運びこんだ。

後日、彼は、その素材を15ipsのテープにダビングし、そこから(おそらくブルーノート・レコーズ創業者のアルフレッド・ライオンが)6曲を選んで1581が生まれた。観客のざわざわした気配は、おそらくレコード化のときに別のアイテム(いわゆるサウンド・エフェクト的な音源)から加えられたものではなかろうか-------というのが私の推測だ。475のマスタリング・エンジニアが誰なのかは不明だが、ここに覆いかぶさっているエコーもまた、後日付け加えられたものであることは明らかといっていい。

とにかく、7.5ipsの素材からダイレクトに“史上初LP化”したという『A Night at the Village Vanguard:The Complete Masters』には大きめのざわざわもエコーも含まれていない。各楽器の音は非常に生々しく、ボリュームをあげると、(客席前方ではなく)バンドスタンドのど真ん中に位置して音楽家たちの輪に入り込んでいるような錯覚に陥るほど。さらに、これまで発表されてきたLPでは聴くことができなかったMCも、この3枚組ではいくつか聴くことができる。ロリンズがこんなに観客に話しかけるひとだったとは! 7.5ipsテープが失われずに良かった、と心から思う。

<YouTube:A Conversation with Don Was and Sonny Rollins

内容については「即興に人生をかけた男たちの、おそるべきイマジネーションの奔流」というしかないものだ。以降、当3枚組LPのライナーノーツに記されていることも混ぜながら、このヴァンガード・ライヴが収録された背景に迫ってみたい。

 

  • ヴィレッジ・ヴァンガード(1935年開店)における、初の公式ライヴ・レコーディング。
  • ロリンズにとって、初の公式ライヴ盤。
  • ロリンズの出演は57年10月15日から開始。歌手アニタ・オデイのグループとの“対バン”であった。ロリンズ側はドナルド・バード(トランペット)、ギル・コギンス(ピアノ)、ジョージ・ジョイナー(ベース)、ロイ・ヘインズ、ラリー・リッチー、フランク・ギャント(ドラムス)などと出演を続けたが、やがて全員を解雇。11月2日の公演にベース奏者のウィルバー・ウェアが訪ねてきたときには、ロリンズみずから「3日のレコーディングを手伝ってくれないか」と打診している。
  • ベースに旧知のドナルド・ベイリー、ドラムにピート・ラロカ(マックス・ローチの推薦)を迎えて11月3日の昼公演を開催。この「ドナルド・ベイリー」に関する紹介も、新規ライナーノーツの大きな読み物となっている。

<YouTube:Get Happy (Live At The Village Vanguard/1957)

  • 昼公演終了後、ロリンズはベースにウィルバー・ウェア、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズを迎えて演奏したいと考える。エルヴィンは11月2日ごろJ.J.ジョンソン・クインテットを解雇され、3日、憂さ晴らしに飲もうとヴァンガードの近くをウロウロしていたところをウェアに発見され、まさに突然ライヴに呼び込まれた。ウェアはベイリー、エルヴィンはラロカの楽器を使用した。ウェアの写真の後ろに写っているもう1台のベースは、アニタ・オデイのバンドの奏者の持ち物だろうか?
  • ロリンズ、ウェア、エルヴィンの3人が一緒に演奏した機会は、この11月3日の夜の部(計2セット)が最初で最後。リハーサルの時間もないに等しかったようだ。いくら猛烈なプロフェッショナリズムを持つ面々とはいっても、「知っている」もしくは「うろ覚えの」コード進行や曲構成を頼りに、しかもロリンズ以外は他人の楽器を手にした状態で、これほど、熱狂的なまでに乗りまくることができたとは奇跡に近いのではないか。ジャズメンの“出たとこ勝負力”に、改めてひれ伏したくなる3枚組LPである。

Written By 原田 和典

【リリース情報】

Sonny Rollins / 『A Night at the Village Vanguard:The Complete Masters』
【直輸入盤】【限定盤】【180重量盤3LP】

https://store.universal-music.co.jp/product/45864592/

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