【男はつらいよ全50作さんぽ特別編】あけみ、家出大騒動の結末~妄想小説「タコとあけみの葛飾物語」第3話 後編

昭和30年代半ばに東京は葛飾柴又に生まれ、奔放過ぎるほど奔放な幼少期を過ごしたタコ社長の長女・桂あけみ。

そして時代は昭和50年代初頭、あけみも今や高校2年生。ある時、帰宅が遅いことをタコ社長に咎められ、家を飛び出した。

パニックになった社長は朝日印刷の従業員を巻き込んで、葛飾区全域で捜索活動を展開する。

そして、当のあけみは……。

登場人物

桂あけみ……葛飾柴又にある朝日印刷の長女。素行や学業はちょっとアレだが明朗活発な高校2年生。兄は地方の大学に進学のため親元を離れ、弟・妹はともに小学生。

桂梅太郎(タコ社長)……あけみの父親で、誰が呼んだか通称・タコ社長。この頃、40代後半。家業の朝日印刷は不況の真っ只中。はたして復活の日は来るか?

車竜造(おいちゃん)……柴又帝釈天参道の団子屋「とらや」6代目店主で、さくらの叔父。この頃、50代か。少し冷めた視線で周囲を見守る姿がある意味シュール。

車つね(おばちゃん)……竜造の配偶者。子宝に恵まれなかったせいか、さくらやあけみを我が子同然にかわいがる。世話焼きの人情家ではあるが、悪気のない暴言が騒動のタネになることも……。

諏訪桜(さくら)……竜造、つねの姪。この頃、30代前半か。あけみからすると頼りになるお姉さん。地域社会にとってはかけがえのない良識の婦人。ストレスたまらないかな?

諏訪博……さくらの配偶者にして、朝日印刷の主任技師。柴又に住むようになって十数年経とうというのに、いまだに地域じゃ浮いているように感じるのは気のせい?

源吉(源公、源ちゃん)……題経寺(柴又帝釈天)の寺男。この頃、20代半ば? 帝釈天界わいの愛されキャラ、マスコット、愛玩動物……。まあ、そんなところ。

【本編】大騒動の果てにあけみは……?

17:45 伝令 満男

師走の長い1日が暮れようとしていた。家出したあけみの所在はいまだつかめない。業を煮やした梅太郎はこの期に及んで近所の同級生宅を訪ね回っている。「とらや」にはつかの間の静寂が訪れていた。

「まったく、どうしちゃったんだろうね、あけみちゃん」
「騒ぎ過ぎなんだよ社長は。寅なんか20年も家出してたんだぞ」
「あの男とは比べらんないよ」
竜造とつねが軽口を叩いていると、そこに野球帰りの満男が顔を出した。

さくらと博の一子・満男、この時、小学2年生。何かを含んだ面持ちで母のさくらのもとに歩み寄った。
「ねえ、母さん」
「何? 満男?」
「あのさ……」
「母さん後片付けで忙しいから、用事だったら早く言ってちょうだい」
「源ちゃんがさ、伝言だって」
「源ちゃんが? 私に?」
「うん」
「で、何て?」
「『あけみは預かった』」
「ええー?」
「それと『社長さんには内緒な』って言ってたよ」
(内緒? これって、もしかして誘拐……、ううん、違うわ)

さくらは周囲を見回すと、声を潜めて問いただした。

「満男っ、源ちゃんどこにいるの? 案内してっ」

18:00 あけみ帰還まで

ちょうど帝釈天の鐘が鳴った時分だった。さくらが満男とこっそり外出したのと入れ違いで梅太郎が戻り、またほどなくして博たちも捜索から帰ってきた。

「ああ、博さん、そっちはどうだった?」
「ダメですね。高校生が寄りそうな場所、片っぱしから当たってみたんですが……」

「あー、もうダメだあ。同級生のうちにもいないよぉ」
「博さん、オレ思うんだけどね、これ駆け落ちじゃないか?」
「まさかあ。冷静になってくださいよ社長。あけみちゃん、まだ高校生ですよ」
「いや、たぶらかされて駆け落ちした先で、本格的に悪い商売させられてんだ、きっと」

梅太郎の妄想は続く。
「駆け落ちじゃないとしたら、江戸川に飛び込んだってことはないかな?」
「だいじょうぶだよ。あの娘が自殺なんかする玉かい」
この竜造のひと言、梅太郎にはあまりにも不用意だった。
「な、なんだと! あけみはオレに似て人一倍繊細で傷つきやすいんだぞっ!」
「これはあんたが悪いよ。ここはウソでもうなずいてあげなきゃ」
「う、ウソでもってどういうことだ。ウソでもってっ」
つねの言葉が火に油を注ぎ、梅太郎がひと目もはばからず錯乱していた時だった。

「ただいま」
さくらがうっすら微笑をたたえて帰ってきた。

冬の日は落ち、鐘の鳴る時刻になって、事件はようやく動き出す。はたして無事解決に向かうか……。

18:15 あけみ謝罪と弁明

「さくら、お前、どこに行ってたんだ。こっちはたいへん……」
おいちゃんが言いかけると、
「……ただいま」
さくらの背後からバツが悪そうにあけみが顔を出した。

「ほら、あけみちゃん」
「と、父ちゃん、ただいま……」
「あ、あけみっ、い、いままでどこ行ってたんだ。こいつ」

「まあまあ社長、いいじゃないか。こうして帰ってきたんだから」
「どこ行ってたんだい? 心配したんだよ」
「お寺の物置に居たのよ」
つねの問いにさくらが代わって答えた。

「お、お寺ぁ? そんなぁ」
朝からの捜索で足が棒になっていた博、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。

「あけみちゃんもほら、ちゃんと謝りなさい」
「このたびはお騒がせしてすみませんでした」
「お、おまえなんか娘じゃないっ」
さくらに促されて、あけみは事の顛末を説明しようとするも、梅太郎は聞く耳を持とうとしない。仕方なく、さくらは助け舟を出した。

「社長さんだって悪いわよ。聞けば夜遅いのはアルバイトしてただけだって言うじゃない」
「アルバイトォ? 小遣いが欲しいなら、ひとこと言ってくれりゃあ、父ちゃんがいくらでもポーンと……」

梅太郎がそこまで言いかけた時、その場にいた全員の冷えきった視線が一斉に彼に注がれた。

「え? ど、どしたの? オレ、変なコト言ったかな?」

「父ちゃん、見栄を張るのもほどほどにしときなよ」
「社長にそれができたら、あけみちゃんも僕らも苦労しないんですけどね」
「俺ぁ、そんな無責任な話は、寅の大法螺で聞き飽きてんだよ」
「あけみちゃんのほうがよっぽど健気だよ」

オイルショックに端を発する構造不況の煽りを受け、日々厳しさを増す朝日印刷のふところ事情は、当然のように実の娘にも近所にも知れ渡っていた。その上での梅太郎の意固地な見栄……。面々は呆れ果てるしかなかった。

「い、いやね、それはオレがどれだけ娘のコトを思ってるっていう……」
形勢不利となった梅太郎はしどろもどろだ。

「社長さん、夜が遅いのは問題だけどアルバイト自体はいいでしょ? あけみちゃんも来年は3年生だし、いい社会勉強よ」
「さくらさんにそう言われちゃなあ」
梅太郎は髪がなくなって久しい頭をかいた。それが一件落着の合図だった。

「まあ、よかったよ。おなか空いたろ。いま何かおいしいもの作ってやるからね」
すっかりあけみを実の娘扱いしているつね。しばし「とらや」は優しい空気に包まれていった。

あけみの家出先となった帝釈天の物置小屋。朝日印刷から約100mほどしか離れておらず、「灯台もと暗し」とはまさにこのこと。

18:30 一件落着!のハズが……

しばらく今回の家出騒動を笑いに代え、和やかに過ごしていた面々。そんなとき、落ち着きを取り戻した梅太郎が話を蒸し返した。

「で、あけみ、そのアルバイトって何やってんだ?」
「飲食よ、飲食店」
「い、飲食っておまえ、男の客の隣に座ってお酌したりしてんのか?」
「普通の居酒屋だよっ。普通のっ」
「社長さん考え過ぎよ」
「いや、さくらさん、最近の飲食店はサービスが進んでるからね。胸元のぞきたくなるような服着てたり、太もも触らせたり、パンツはいてなかったり……」

あまりの内容にさくらは赤面して下を向くしかなかった。そのさくらの様子にあけみの義侠心は爆発した。

「このエロダコ! どうしてそんなコト知ってんだよ?」

「社長、不潔だよ」
「馬っ鹿だねえ」
つね、竜造も口々に軽蔑する。

「も、ものの例えだよ、たとえっ」
「もうガマンできない! 母ちゃんに言いつけてやる!」
あけみは足早に裏の印刷所に抜ける通用口へ立ち去った。

「ちょっ、ちょっと待て、あけみ! 父ちゃんが悪かったあ~」
あわててあけみを追いかける梅太郎。ここで戦場は「とらや」から朝日印刷に移った。

ほどなくして鳴り響く怒声。「とらや」の茶の間からでははっきりは聞こえないが、あけみの告発を聞いた夫人がヒステリーを起こしている様子は容易に把握できた。

「おい、声が収まったな」
「一件落着かねえ?」
「おまえ、ちょっと様子見てこいよ」

裏庭で様子をうかがっていたつねが戻ると、ひどく呆れた様子で竜造に言った。
「いやだよ、まったく」
「どうした?」
「今度は社長が家出しちゃったんだってさあ」

茶の間のテレビでは人気絶頂のピンクレディーが新曲『UFO』を歌い終わろうとしていた。

地球の
男に
飽きたところよ

呆れ果てる夫婦に、その末節の喘ぎが虚しく響く晩であった。

はぁーん

長い1日が終わり、普段どおりの晩が訪れたかにみえた帝釈天参道。しかし……。

取材・文=瀬戸信保
※この物語はフィクションです。映画『男はつらいよ』シリーズおよび同作の登場人物とは関係ありません。また実在の寺院とも関係ありませんが、その界わいを歩くと物語の臨場感が味わえるなんてことがあるかもしれません。

瀬戸信保
モノ書き
1968年東京生まれ。大衆文化、中国文化などをフィールドとする“よろずモノ書き”。中国茶のソムリエ、バイヤーとしても暗躍。著書に『真史鬼平外伝~本所の銕』『鬼平を歩く』(共に下町タイムス社)など。

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