子どもの学力を決めるのは「親の努力とお友達」!? 首都圏の親が「私立中学受験」に躍起になるワケ【専門家が解説】

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子どもの将来的な幸せを担保する要素のひとつに「学力」が挙げられると、麗澤大学工学部で教授を務める宗健氏はいいます。では子どもの学力はどのようにして高めることができるのでしょうか。宗氏の著書『持ち家が正解!』(日経BP)より、学力を高める際に重要となる「環境要因」について見ていきましょう。

親は、子どもに幸せになってほしい

リクルート進学総研の「第10回 高校生と保護者の進路に関する意識調査2021」によると、保護者の66%が大学・短大・専門学校などへ子どもが進学することを希望している。

子どもの将来について気がかりなこととしては、「就きたい職業に就くことができるだろうか」が78%(複数回答、以下同)と最も高く、「就きたい職業が思いつくだろうか」が48%、「職場の人間関係がうまくいくだろうか」が45%、「十分な収入が得られるかどうか」が33%などとなっている。

また、子どもに就いてほしい職業の調査が話題になることもあるが、このリクルート進学総研の調査によると、将来子どもに就いてほしい職業があると回答した保護者は14%にすぎない。そして77%は「子どもが希望する職業なら何でも良い」と回答している。

子育ての目標を簡単には定義できないだろうが、子どもにどうなってほしいかという親の願いは、「大学を出て、やりたい仕事に就き、周りとうまくやりながら経済的にも安定した生活を送ってほしい」というところだろう。

最近は人工知能(AI)の台頭などもあり、「大学へ行く意味はない」「暗記は不要」「学力と社会的成功は一致しない」という言説が語られることが増えたが、そういった考え方が一般化しているとは言えない。そうした言説は、根拠なく個人的な経験を安易に一般化したECF(Extreme Case Formulation極端な事例による構成)であることがほとんどだろう。

子どもの学力を上げることが幸せにつながる

学術的な幸福度研究の歴史は比較的浅いが、学力と幸福度は関連性があるようだ。

例えば2010年に大阪大学社会経済研究所の大竹文雄教授(出版当時)らが出版した『日本の幸福度』では、所得と資産が高いほど(ただしそれ以上幸福度が上がらない上限がある)、学歴が高いほど、結婚しているほうが、安定した仕事に就いているほうが(失業していないほうが)、幸福度が高いという分析結果が示されている。

筆者が分析した「いい部屋ネット 街の住みここちランキング2021」でも大卒の学歴が世帯年収を高め、世帯年収の高さが婚姻率と子どもがいる率を高め、そうしたことが幸福度を押し上げるといった、同じような分析結果が出ている。

そして、令和3年(2021年)賃金構造基本統計調査の結果では、大卒以上のほうが所得が高いこと、大企業勤務のほうが所得が高いこと、大企業のほうが勤続年数が長く雇用が安定していることが示されている。また、日本経済新聞の2022年6月8日付けの記事では、非正規雇用の場合の未婚率が高いと報じられている。

子どもの将来の幸せを担保する重要な要素の一つが子どもの学力を高めることなのは否定できない。では、子どもの学力はどうすれば高めることができるのだろうか。

子どもの学力は遺伝と親の努力とお友達が決める

子どもの学力を親の社会経済的背景(SES:家庭の所得、親の学歴)から分析したお茶の水女子大学の「平成29年度(2017年度)全国学力・学習状況調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」では、

  • 「おおむね世帯収入が高いほど子どもの学力が高い傾向が見られる」
  • 「保護者の最終学歴については、学歴が高いほど子どもの学力が高い傾向が見られる」
  • 「大都市では SESの高い学校には、高い学校外教育費を支出している保護者が多く」

といった記述がある。

これは、親の学歴が高いほど所得が高く、所得の高さは学習塾など子どもへの教育投資の多さにつながって学力差を生み出している、という一般的な理解に沿ったものだろう。

一方で、近年は行動遺伝学という学問領域での研究成果が蓄積されてきている。例えば、慶應義塾大学の安藤寿康教授が2011年に出版した『遺伝マインド』では、タークハイマーが提唱した行動遺伝学の3原則、①遺伝の影響はあらゆる側面に見られる ②共有環境の影響は全くないか、あっても相対的に小さい場合が多い ③非共有環境の影響が大きい、ことが紹介されている。

共有環境とは簡単に言えば、子どもたちが共有している家庭環境のことであり、非共有環境とは、兄弟姉妹であっても異なる環境、すなわち友達関係のことを指している。

そして安藤氏は、小さい頃に養子に出されたといった理由で全く違う環境で育ったが、全く同じ遺伝子を持つ一卵性双生児を研究することで、様々な倫理的・行動的形質の遺伝・共有環境・非共有環境の影響を分析している。

研究では、音楽は遺伝が92%、非共有環境が8%、共有環境がゼロ、スポーツは同様に遺伝85%、非共有環境15%、共有環境ゼロ、美術は遺伝56%、非共有環境44%、共有環境ゼロ、という結果が示されている。スポーツ選手の子どもはスポーツが得意だということは、多くの人が納得できるだろう。

一方、幼少時に親から学ぶ言語性知能に関しては、遺伝の影響は14%、非共有環境の影響も28%と低く、最も影響が大きいのは親の子育てである共有環境で58%を占める。そして学業成績は、遺伝が55%、非共有環境が29%、共有環境が17 %となっている。

言語能力については、国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子教授が著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で、日本語がきちんと分かるという言語能力が学力の基盤である、と指摘しており、読み聞かせや親の会話での語彙や表現の多様さが子どもの言語能力を発達させ、それが学業成績を向上させるという側面があると分析している。

学業成績の過半は遺伝の影響によるとはいえ、親も含めて勉強や読書が日常生活の一部になっているような子育てが学力を押し上げる、ということなのだ。

そうした意味では、2021年にテレビドラマにもなった漫画『二月の勝者』で、中学受験について「君たちが合格できたのは、父親の経済力、そして母親の狂気」というせりふに根拠がないとは言い切れない。

首都圏の親が子どもに「私立中学」への進学を望むワケ

話を安藤氏の行動遺伝学に戻すと、分析結果で注目すべきなのは、子どもの学業成績に非共有環境の影響が29%を占めている、ということだろう。これは例えて言うなら、「盗んだバイクで走り出す」ような友達が周りにいるよりも、「成績が良いほうが格好良い」と思うような友達が周りにいたほうが、学力が上がるということだ。

では、どんな地域にどんな子どもたちが多いのか。少し調べれば、自治体ごとに大学進学率や中学受験率に大きな地域差があることが分かる。つまり、住む場所が学力に影響を及ぼすのだ。

文部科学省の令和3年度(2021年度)学校基本調査の結果によれば、学校所在地を基準とした中学生の私立中学校在籍率(居住地別ではないことに注意)は、全国では7.5%だが、東京都は25.2%と突出して高い。地方の県立高校を出た筆者には、私立中学に対する実感値はないが、私立中学を選択するということは、非共有環境である子どもの友達関係をできるだけリスクのないものにしたい、という親の意識が働いているのだろう。

もちろん、「自然環境が豊かな場所でゆったりと子育てしたい」「多様な家庭環境の子どもと一緒に育つことが、社会でもまれたときの力になる」といった考え方もある。ただし、それが子どもの将来にプラスになるかどうか、明確な根拠があるわけではない。

また政府や自治体の子育て支援策の充実度と、どんな子どもたちが周囲にいるかの相関関係も明らかではない。

ここまでのデータや先行研究の結果を見ると、子どもの将来の幸せを担保する重要な要素の一つが学力を高めることであり、学力を高めるためには周囲に学力志向の高い子どもたちが多いという環境要因が大切だということになる。そのためには、東京都のような大都市部の私立中高一貫校が多い地域に住むのが良さそうだ。

ただし、それが社会的な合意が得られた結果とは限らず、我々が目指してきた社会、目指すべき社会の姿として適切なものかどうかも分からない。ただ一つ言えるのは、親は誰しも子どもが幸せになることを願っているということだろう。

宗 健

麗澤大学工学部教授/AI・ビジネス研究センター長

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