【解説】 ガザ停戦案、双方の指導者のサバイバルゲームに

ルーシー・ウィリアムソン、BBC中東特派員

パレスチナ自治区ガザ地区での戦争を終わらせることは、イスラム組織ハマスとイスラエルの双方の指導者にとって、命がけのサバイバルゲームとなっている。

最終的に戦争をどんな条件で終わらせるかは、両者の政治的将来と権力の掌握に大きな影響を及ぼしうる。ハマス指導者ヤヒヤ・シンワル氏にとっては、肉体的な生存もかかっている。

このことが、これまでの交渉が失敗に終わった理由の一部になっている。また、ジョー・バイデン米大統領が先月31日に示した新たな紛争終結案において、戦闘をどう永続的に終わらせるかの問題が、最終段階に先送りされた理由でもある。

人質と囚人の限定的交換についての話し合いから、恒久的な停戦に関する協議へ移行するのは「難しい」ことだと、バイデン氏は認めている。

だがそれは、今回の合意の成否を左右する要点でもある。

アメリカは、バイデン大統領が説明した停戦案を支持する決議案を、国連安全保障理事会に提出したとしている。3段階からなる停戦案は、紛争の終結、人質の解放、パレスチナ領土の再建が含まれている。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、内政上の大きな理由から、合意は段階的に進めたいと考えている。

バイデン氏が示した案の第一段階では、人質数十人を、生死を問わず解放するとしている。これは、人質全員を解放できていないことが、戦争を進める上で大きな道徳的汚点になっていると多くの人が考えているイスラエルで、広く歓迎されるだろう。

だが、ハマスが最も政治的影響をもつ人質たち(女性、けが人、高齢者)を解放することは、イスラエルがすぐに戦争を再開しないと何らかのかたちで保証しない限り、可能性が低いだろう。

イスラエルのメディアは3日朝、流出した情報をもとに、ネタニヤフ氏が議員らに対し、イスラエルは選択肢を保持したままでいられると伝えたと報じた。

その選択肢とは、ハマス「排除」のために戦闘を再開するというものだ。これは、ネタニヤフ連立政権の極右パートナーの最低限の要求だとの見方もある。

それらパートナーの協力がなければ、ネタニヤフ氏は早期の選挙と、汚職裁判の継続に直面することになる。

ネタニヤフ氏は、人質取引で極右勢力の支持を得るために、長期的な選択肢を残しておく必要がある。これに対しハマスの指導者らは、まず初めに恒久的な停戦の保証を求めるだろう。

これまでの取引は、この溝に落ち込んで破綻した。今回、この溝を埋められるかは、ハマス「排除」に代わる選択肢を探る駆け引きの余地が、ネタニヤフ氏と政権内強硬派との間にどれだけあるかにかかっている。そして、ハマス指導者らがその代替案をどこまで検討する用意があるかにかかっている。

ネタニヤフ氏は先週末、ハマスの「軍事・統治能力」を破壊し、今後イスラエルの脅威にならないようにすることについて語った。

ハマスが軍事インフラに大きな損失を被ったとの見方に異論を唱える人はほとんどいない。ガザでの住民らの支持や統治力も失ったと見る向きもある。

しかし、ハマスのガザでのトップのシンワル氏やモハメド・デイフ氏を、イスラエルが殺したり捕らえたりした形跡はない。彼らをガザで自由のままにし、イスラエル軍の撤退を祝うのを許すことは、苦境にあるネタニヤフ氏にとって政治的な災難となるだろう。

米国務省の報道官は3日、ハマスはここ数カ月で能力が「着実に低下」しているものの、相変わらず脅威であり、軍事力によって排除できるとはアメリカは考えていないと述べた。

一方、ホワイトハウスは、「ハマスに提示された条件でイスラエルが前進する用意があると(バイデン氏が)確認した」とし、停戦の障害は今やハマスだけだとした。

イスラエル軍のダニエル・ハガリ報道官は、イスラエル政府が停戦に合意した場合、軍はイスラエルの安全を確保できると述べている。

しかし、イスラエル軍のラジオ局GLZのヤニール・コジン外交担当記者は、戦争を「成功」だと主張できるようになるまでネタニヤフ氏は終わらせないだろうとし、次のように言う。

「ハマスを残存させる合意は大失敗だ」

「8カ月たって、戦争の目標を何一つ達成できていない状況で、彼は戦争を終わらせたくない。ハマスを壊滅することも、人質全員を連れ戻すことも、境界を守ることもできていない。ただ、2026年の次のイスラエル選挙まで、戦争をこのままにしておけないことも理解している」

「もし彼が『ヤヒヤ・シンワルとモハメド・デイフを追放した、もうガザには住んでいない』と言えれば、そしてもしガザと北部境界の近くで暮らす人々が元の場所に戻ることができれば、彼は政権を維持できるのではないか。『もし』がいっぱいだが」

ハマスがトップの追放や降伏に同意する可能性は極めて低い。しかし、ガザ内外のハマス指導者らの間には明らかな亀裂が生じている。

イスラエルの首相と国防相を務めたエフード・バラク氏は3日、同国のラジオ番組で、バイデン氏が新停戦案を公表したのは、「ネタニヤフが動くのはシンワルが拒否すると確信した時だけだとみてとったから」だったとの見解を示した。

「シンワルが合意しようとした時に、人質全員を返してもお前を殺さなければならないのだから急げ、と言われたら、彼はどう反応すると思うのか」

こうしたなか、昨年10月7日のハマスの攻撃の後、家を追われた何万人ものイスラエル国民が、ネタニヤフ氏の次の動きを見守っている。

ハマスの攻撃の翌朝、ガザとの境界にあるスデロットの自宅から逃げ出したヤリン・スルタンさん(31)もその一人だ。子ども3人の母である彼女は、シンワル氏とデイフ氏が自由の身でなくなるまで、自宅には戻らないと言う。

「この停戦は私たちを殺すことになる」と彼女はBBCに話した。「人質は解放されるだろうが、数年後にはあなたが次の人質に、次に殺される人に、レイプされる女性になる。そうしたことが繰り返される」。

(追加取材:ラシュディ・アブアルーフ)

(英語記事 Gaza ceasefire plan turns into deadly game of survival

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