なんと本物のパンがライトに!日常に焼きたての温かさを灯す「パンプシェード®」アーティストのパン愛とは?

皆さんは、パンのどんなところが好きですか?味、香り、食感、形、パン屋さんに踏み入れた瞬間の空気感や空間そのものが好き、という方もいると思います。食べることはもちろん、パンを眺めているだけでも幸せな気持ちになる…。今回は、そんなパンに魅了されたあるアーティストを紹介します。

本物のパンを加工して、日常に輝きを灯してくれる「パンプシェード」を作り出した、神戸在住の森田優希子さんのアトリエにお邪魔しました。

本物そっくりではなく、本物のパンを使ったインテリアライト

「パンプシェード」とは、本物のパンを使ってできたインテリアライトのこと。パンとランプシェードを組み合わせた造語です。特殊な加工を施すことにより長期保存が可能で、腐ったりカビたりすることはないとのこと。ブーランジュの手仕事で作られた一つひとつ異なるパンを、そのままインテリアとして飾っておくことができるのです。

画像提供:株式会社パンセム

製品化されるパンの種類は、フィリングが入っていないシンプルなパン。アトリエには食パンやバゲット、クロワッサン、ライ麦パン、プレッツェルなど様々なパンが保管されていて、ランプへと生まれ変わっていきます。

アトリエの様子

具体的な工程を説明すると、まず行われるのはパンの中身をくり抜く作業。

「パンはとても繊細です。食パンなどは中身がふんわりしていて、破れないように気をつけたりとか。クロワッサンはやっぱりパリッとした外側が少しの衝撃でパリパリと破れてしまいます。プレッツェルは硬いから繊細ではないけど、形状が特殊なので中身だけをくり抜くのは難しいです。パンごとに気をつけること、難しいポイントは色々ありますね」

それでも同じ種類、同じ店のパンで1個1個微妙に形が異なっていることが”愛おしい”のだとか。

「パンがなぜこんなにも好きなのかって、それぞれが生きているようで、生命力を感じるんです。その日の湿度とか気温とかによって膨らみ方や形が変わります。作り手さんの、ちょっとした癖や作り方の変化でも、パンの形状や雰囲気が大きく変わることがあります」

パンの皮だけを残し、中身をくり抜いた後は、徹底した湿度・温度管理のもとしっかりと乾燥させます。

パンの種類によって乾燥方法もそれぞれ。紙番重を使った方がいいものもあれば、底を網目にして風を通した方がいいものも。製造方法が確立されて10年ほど経った今でも同じ方法でカビが発生したり、痛んでしまうこともあるのだとか。

「この環境で、どんなパンがどんな条件ならカビが生えるのか…とか、夏休みの自由研究をずっとやっているような感覚です(笑)。本当にパンって終わりがなくて不思議。それが楽しくて、奥深いところでもあります」

乾燥を終えたパンは水分が完全に抜けている状態なので、縮んだり歪んでいることが多いそう。それを綺麗に整えるのが「成形」と呼ばれる作業です。

成形前後を比べると、こんなにも違いが。ここまでが形作りで、次に防腐剤をコーティング。塗っては乾かし、塗っては乾かし…と何重にも塗ることで半永久的に傷まないパンプシェードが出来上がるのだとか。

写真の左がコーティング後のパンで、右がさらに森田さんが編み出した独自の特殊加工を加えてより本物のパンの質感に近づけたもの。販売されているのは右側の特殊加工が施されたものです。見た目はかなり本物感!

そして、穴が空いた部分からライトを設置して完成です。パンの中を照らすので、光は淡いオレンジに。それもパンによって色合いが変わることがあるのだそう。

画像提供:株式会社パンセム

「クロワッサンはただでさえ見た目が可愛いですよね。お店によって形状が違うから、パン職人さんは『これうちのパンだよね』とすぐ分かるそうです。それぞれの職人さんが『良い』と思ってたどり着いた形状を、できる限りそのまま残しておきたいという想いで作っています。ベーカリーに対するリスペクトを、私なりに表現しているつもりです」

なぜパンがランプに?パンプシェードを考案したきっかけとは

「パンプシェード」は神戸の複数のベーカリーから買い取った「ロスパン(廃棄のパン)」をメインに制作されているそう。元々パン好きだった森田さんは、芸大生の時に「パンで作品を作りたい」と模索していたのだとか。

「ひたすらパンを片手に、色々なことをしました。例えばパンをできる限り薄くスライスして顕微鏡で模様を観察したり、カビが生えて腐食したあとはどんな風に自然にかえっていくのかを見たり…出口のない研究をしていましたね」

「脱線しかない実験を繰り返す中で、パンを中身だけをくり抜いて食べていた時期があって。その時にくり抜いたパンにたまたま西日が差し込む瞬間があって、パンが光ったように見えたんです。その時に『これだ』って直感的に思って、そこから約5年かけてある程度、販売して問題ない形に仕上げました」

とは言え、最初はブランド化を目指していなかったという森田さん。大学卒業後は会社員をしながら、自分の中にあるクリエイティブを表現する個人活動としてパンプシェード作りに取り組んでいたそうです。

「本物のパンを使っているので、どうしてもカビが生えたり、ライトを入れると焼けてしまったりして、失敗の連続でした。でも理想の姿があったからひたすら作り続けて。そうしている間に『こういうイベントで販売してみない?』と声をかけてもらう機会が少しずつ増えてきました。共感してくれる仲間が増えて、今アトリエにはスタッフが10名もいます。想像してなかった未来です」

2021年に法人化。株式会社パンセムを設立
神戸に構えるアトリエ。ショールームにしようと改装中とのこと

他にもこんな作品が!パンの魅力を伝えるクリエイティブを追求したい

現在は海外でも販売され、オンラインショップも順調。パンの街・神戸のイベントや海外イベントからも依頼が来るほど波に乗った「パンプシェード」。

「もう自分一人じゃないから、経営者として利益を残せるようにしないといけないんですけどね」

と経営者として悩みを抱えながらも、次の展望は「自分自身もハッとするようなクリエイティブ」と答えてくれました。森田さんはパンプシェードだけでなく、パンの魅力を別の形で表現できないか、常に考えているのだとか。

こちらはパンを薄くスライスしてアクリル樹脂に固めたオブジェ「SLICED(スライスド)」。バゲット、カンパーニュ、食パンなどが商品化されていて、切り取る位置によって模様が異なります。

「気泡が大小あって、発酵の過程が見えますよね。有機的で面白いし、太陽の光が差し込んで、その影がレース模様みたいで綺麗だな…と思いついたものです。ほら」

と、目を輝かせて魅力を語る森田さん。森田さんと話す機会がなければ、森田さんが「SLICED(スライスド)」を開発していなければ、パンの断面の影を見て綺麗だと思うことは決してなかっただろうと思います。一瞬の美しさを切り取とうとする感性は、やはりアーティストです。

画像提供:株式会社パンセム

他にも本物の「ナン」を時計にした「今、ナン時」という商品。これも一つひとつ手作りで、焼き目が良い味を出しています。

パッケージ箱には商品名の焼印も!アトリエで一つひとつ焼印を入れています

「ヨーロッパ圏のパンはもちろんですが、インドで生まれたナンも商品にしてみたくて。パンって世界にあって、それぞれの文化のもと形が異なっていますよね。そんな面白さも感じてほしいです」

ちなみに「パンプシェード」の製造過程でくり抜かれたクラムを使ったラスクも販売されています。こぼれ落ちたパンくずも修復に使用されるなど、できる限り無駄に捨てることがないように、と意識されているそうです。

「フードロスを解決する手段として作品作りをしている訳ではないのですが…。ただ尊敬するパン職人の皆さんが作ったものを、最後の最後まで大切にしたいだけです。私が作品を通して伝えたいことはたった一つで、『パンをもっと好きになってほしい』ということ。気に入ったパンを生活の中に取り入れて、灯りを眺めて、パンが食べたいな、と思ってくれたらいいな。そんな想いで、これからも作品作りに取り組みたいです」

パンプシェードはサイズによりますが、7,000円〜16,000円ほど。また特別オーダーで自分で焼いたパンをパンプシェードにするサービスもあるのだとか。よく見ると一つひとつ形や焼き色が違うので、自分だけのお気に入りを見つけてみてはいかがでしょうか?

About Shop
株式会社PANTHEM(パンセム)
兵庫県神戸市兵庫区西多聞通1-3-6
※アトリエにつき商品販売はなし。取り扱い店舗については公式HPをご確認ください。

あかざしょうこ

ウフ。編集スタッフ

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関西方面のスイーツ担当。1984年生まれ、大阪育ちのコピーライター。二児の母。焼き菓子全般が好き。特に粉糖を使ったお菓子が好きです。

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