トランプ氏有罪評決、大統領選への影響は?

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#23

2024年6月3-9日

【まとめ】

・トランプ氏、「愛人口止め料」関連疑惑で刑事訴追された事件でNY州裁判所の陪審員が有罪評決。

・関心はバイデン大統領の息子ハンター・バイデンの銃不法所持裁判の行方に。

・トランプの有罪評決の大統領選への影響はわからない。問題は7激戦州。

今週は米国内政の話から始めよう。先月末、興味深い事象が二つ連続して起きた。まずは、トランプ氏がいわゆる「愛人口止め料」関連疑惑で刑事訴追された事件。この裁判では5月30日にNY州裁判所の陪審員がトランプ氏は有罪と評決した。前大統領で有力大統領選候補の有罪評決という、前代未聞の出来事だ。

早速トランプ氏は「バイデンが仕掛けた魔女狩り不当裁判」だなどと大いに吠えたが、その表情は硬く険しかった。翌31日、今度はバイデン大統領が記者会見を行い、ガザ戦争を終わらせるための3段階からなるイスラエル提案の概要を発表。「今は決定的瞬間だ」などと述べ、ハマースが同提案を受け入れるよう強く求めた。

負け犬の如きトランプが裁判批判を行った翌日、今度は大統領然としたバイデンが重要外交政策を語る、というベタな演出はあまりに政治的で不快感を抱いたほど。まあ、それはさて置き、米国では今や関心はバイデン大統領の息子ハンター・バイデンの銃不法所持裁判の行方に移りつつある。それにしても面白い国だなぁ。

トランプの有罪評決で11月の大統領選にどの程度影響が出るのか、筆者は「わからない」、これが正直なコメントだ。一部全国世論調査ではバイデンが僅かながら逆転したとも報じられたが、問題は7激戦州、具体的には、時計回りでウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニア、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダの各州だ。

各州での世論調査は有罪宣告後まだ行われていないのではないか。また、仮に結果が出たとしても、投票日の5カ月以上も前の世論調査など、人気投票以上でも以下でもない。だから、「これで一喜一憂」しても仕方がないのだが、米国には4年に一度「これで食っている」人々もいる。これも米国内政の一断面なのだ。

今週はシンガポールでシャングリラ対話があった。アジア安保会議などと訳されているが、決して公式の国際会合ではない。英国シンクタンクIISSのやり手興行師が毎年主催し、便利が良いので皆が集まるようになったイベントだ。欧州ではミュンヘンで似たような会議が毎年開かれている。概要は報じられているので省かせて頂く。

筆者が気になったのは、今回会合のサイドラインで、日米韓3カ国の防衛大臣が会談し、3カ国の共同訓練の拡充で一致したことだ。北朝鮮だけでなく、中国も念頭に置いた地域の軍事的脅威を抑止する方策を整える、とも報じられた。尹政権の下で韓国も少しずつ変わりつつあるのだなぁ。それにしても、隔世の感がある。

続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。

6月4日火曜日 インド総選挙結果発表

スロベニア、パレスチナ国家承認決議を検討

米国防長官、カンボジア訪問

パキスタン首相、訪中(5日間)

(ちなみに、この日は天安門事件が起きた日、欧米人には関係ないのかねぇ)

6月4日 水曜日 NATO事務総長、フィンランド訪問

6月6日 木曜日 Dデー80周年記念式典に米仏大統領ら各国首脳が参列

国連総会、新議長を選出

6月7日 金曜日 アイルランド、 地方選挙

6月9日 日曜日 ブルガリア、ベルギーでそれぞれ議会選挙

6月10日 月曜日 BRICS外相会合(ロシア)

最後は定番のガザ・中東情勢を書いておく。先週は「ガザをめぐり人質解放と停戦に向けた交渉は長期化するだろう」と書いたが、先週末に米大統領が絶妙のタイミングで新たな停戦案を公表したことで、再び交渉進展の可能性が僅かだが出てきたようだ。でも未だ予断は許されない。こう考える背景とその問題点を纏めてみよう。

●バイデンは今回の案を「イスラエルの案」と述べたが、イスラエルが作ったなら、なぜネタニヤフが発表しないのか?それはネタニヤフが発表したくないからだ。

●ネタニヤフは現在微妙なバランスで維持されている連立政権を壊したくない。ネタニヤフが賛成すると言った途端、超強硬保守派閣僚数名が連立を離脱するからだ。

●この案は米イスラエルだけでなく、恐らくはサウジ、エジプト、カタルなど、イランの台頭を快く思わないアラブ諸国も加わって、入念に作り上げられたものに違いない。だが、ネタニヤフは「オウンゴールになる」ので自分では決めたくない。逆に、これを決めないと、今度は(ガンツの如き)連立内穏健派閣僚が離脱しかねないのも事実だ。

●合意案は内容的に3つのフェーズからなるというが、報じられたものが全てではないはず。全てを出したら、恐らく纏まらないだろうからだ。悪魔は詳細に宿るものだ。

●第一段階の肝は「戦闘の一時停止」「イスラエル軍の人口密集地からの撤退」「人質の一部とパレスチナ囚人との交換」だが、どれもキワモノである。

●「戦闘一時停止」は「全面的かつ完全」というが、実は「戦闘はいつでも再開可能」「残りの人質はまだ帰らない」ということ。ハマースもイスラエルも満足できない。

●第二段階では漸く「敵対行為の恒久的停止」となるが、ハマースは良くても、イスラエル軍は一体どうするのか、更に、第三段階でガザは誰が統治するのか???

●停戦の有無は今後一週間の動き、特にネタニヤフの決断力(または非決断力、というか、優柔不断)に掛かっている。期待すると裏切られるのが中東だから、期待しないで待っていよう。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する

トップ写真:トランプタワーに到着するトランプ元大統領(2024年5月30日)出典:Photo by James Devaney/GC Images

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