『ドライブアウェイ・ドールズ』 イーサン・コーエン監督&トリシア・クック 型破りな夫婦関係ですべてを一緒に決断 【Director’s Interview Vol.408】

ファーゴ』(96)や『 ノーカントリー』(08)などで長年“コーエン兄弟”として親しまれてきたジョエルとイーサンだが、2018年の『バスターのバラード』を送り出した後は、兄のジョエルが単独で監督・脚本を手がけた『マクベス』(21)を完成。弟のイーサンも、劇映画として初の単独監督となる『ドライブアウェイ・ドールズ』(24)を作り上げた。注目すべきは、共同で脚本と製作を務めたのが、イーサンの妻であるトリシア・クックという点。監督にクレジットされているのはイーサンだけとはいえ、この作品は2人の共同作業で仕上がったと言っていい。

日常に行き詰まりを感じた2人の女性がアメリカ縦断のドライブに出るも、思わぬトラブルに巻き込まれる。スリリングでありながら、痛快さ、とぼけた味わいもあるこのロードムービーは、これまでのコーエン兄弟作品のエッセンスを踏襲しつつ、独自のアプローチも感じさせる。2人は新たな製作のパートナーとなるのか。イーサン・コーエンとトリシア・クックとのインタビューは、2人の親密さが伝わってくるリラックスしたムードで進んだ。

『ドライブアウェイ・ドールズ』のあらすじ

日々の生活に行き詰まりを感じるジェイミーとマリアンは、車の配送【=ドライブアウェイ】をしながらドライブ旅行に出かけるが、謎のスーツケースを巡ってギャングに追われる羽目に…。

監督のクレジットにはこだわらない


Q:本作の前には、イーサンの単独監督のドキュメンタリー『ジェリー・リー・ルイス:トラブル・イン・マインド』(22/日本未公開)もあり、トリシアも製作に関わっています。兄のジョエルとの共同作業を止めて、今後はトリシアと2人で映画を作る方向性なのでしょうか。

イーサン:ジョエルとは、いくつかの映画を別々に作ってみようと話しました。本作と次の作品はトリシアと一緒に脚本を書いたので、自然の流れでこうなったのです。

トリシア:イーサンとは20年前にも一緒に脚本を書いた作品があり、友人のアリソン・アンダースが監督を務めることも決まっていたのですが、残念ながら実現しませんでした。一緒にドキュメンタリーを作り、コロナ禍で時間もたっぷりあったので、本格的に一本作ろうと、脚本やストーリーボードも共同で進めたのが本作です。

『ドライブアウェイ・ドールズ』©2023 Focus Features. LLC.

Q:ジョエルのようにトリシアも監督としてクレジットされるべきだったのでは?

トリシア:そこにはこだわりませんでした。過去の作品でもイーサンが監督の仕事もこなしながら、監督名がジョエルで、イーサンは製作と脚本にクレジットされていたりしたので。

イーサン:クレジットに自分の名前をいっぱい入れすぎるのも、見苦しいのでね(笑)。

Q:つまり実質的には共同監督なのですね。

トリシア:そうです。キャスティングから編集まで、私たちはすべてを一緒に決断しながら進めました。私は撮影現場にも立ち会い、俳優を演出しましたし、衣装や美術のスタッフともやりとりし、完全な共同作業でしたね。

イーサン:製作のプロセスは、ジョエルと同じパターンです。ただ相手が変わった、ということだけ。トリシアとの仕事で「ここがジョエルと違う」と言葉で説明するのは難しいです。

Q:一緒に脚本を書くということは、執筆用のコンピュータがあるのですか?

トリシア:私たちは1台のコンピュータを共有しています。一緒に仕事部屋に座り、「ここから物語を始め、こういう方向に行くのはどう?」とか、「こんなキャラクターを出したら面白いのでは?」なんて口頭でアイデアを出しながら、基本的にイーサンが文字入力し、その後に私が編集したりします。まとめ役が私だと言っていいでしょう。

目指したのは明るいクィアムービー


Q:この作品にはクィアの要素が濃厚です。クィアをテーマにした作品はシリアスな展開や社会性が強いもの、悲劇に偏る傾向もあるなか、本作は徹底して明るいところが印象的です。

トリシア:そこは脚本を書く段階から意図していました。明るくポジティブなレズビアンの映画が少ないと実感していたからです。でもここ2、3年で、コメディや、メッセージ性の不要な作品も増えてきているように感じます。LGBTQのメディアと話し、肩の力を抜いたレズビアン映画の本作を気に入ってくれたことがわかりましたし、特定の性的アイデンティティを扱った作品が、より広範囲の観客に受け入れられてきたのは時代の流れでしょう。

イーサン:ジョエルと僕の過去の作品にしても、ユダヤ人を主人公にすることが多かったりして、その意味では人種的な偏りを察知され、誰かを憤慨させるリスクはありました。ユダヤ人であることが言及され、そのイメージを壊すような映画で、本心から激怒されるケースは少なかったと思うけど、君たちのコミュニティではどうなの?

トリシア:うーん、私たちのコミュニティにも怒りで立ち上がる人もいるかもしれないけど……。

イーサン:基本的には礼儀正しい?

トリシア:そう願ってる(笑)。

『ドライブアウェイ・ドールズ』©2023 Focus Features. LLC.

Q:いずれにしても、『ドライブアウェイ・ドールズ』がB級映画のテイストも含んだ、まさに肩の力が抜けた作品なのは意識的なのですね。

イーサン:今になって、自分でいることのプレッシャーから解き放たれた気分です。近々、僕も何かをカミングアウトするかもしれない(笑)。それはともかく、ジョエルと僕のこれまでの作品も、B級のノリでトラッシュな要素を備えたつもりが、まわりから高尚だと過大評価されてきた部分があるんじゃないでしょうか。だから本質的には今回も変わってないんですよ。

Q:基本的に自分たちの映画に対し、高尚さや社会への影響はあまり考えていないのでしょうか。映画を撮る意味をどう考えていますか?

イーサン:まず言えるのは、1本の映画をだいたい1年かけて作ると、お腹いっぱいの気分で、その作品を忘れたくなる、ということ(笑)。僕は自分のために映画を撮っているわけではなく、特定の人々に向けて作っているつもりもありません。だから作品への反応に関してはあまり気にならないですね。一方で、映画全般が観る人にどんな影響を与えるのかは考えます。君も同じ意見?

トリシア:あなたのように、私は一人のアーティストとして見做されていないので何とも言えないのですが、キャリアのほとんどが映画の仕事なので、多くの才能と一緒になってストーリーを見つけ、完成させるプロセスに喜びを感じています。イーサンと一緒に映画を作ることで、優秀なスタッフと刺激的な時間を過ごせることは、私の人生に大きな意味があるのです。

イーサン:アーティストなら誰でも創作過程に喜びを感じるはずだけど、たしかに映画の場合、共同作業がエキサイティングですね。

親密なシーンでは演出で対立も?


Q:いま話を聞いていても2人の仲の良さが伝わってきますが、人としてどこに惹かれているのでしょう。

トリシア:私たちの30年以上の関係は、人から見たら型破りかもしれません。でもこの関係性を心から楽しんでいます。イーサンはいつも私を笑わせてくれるし、ちょっとバカなところが大好き(笑)。まったく年を取らないのは、ちょっと不思議です。

イーサン:僕は自分が好きなことについて語るのは得意ではありません。ひとつ言えるのは、ジョエルとの仕事が、すばらしい人生の“前触れ”だったことでしょうか。

Q:ではアーティストとして、お互いをどう感じていますか?

イーサン:アーティストという言葉は、ちょっと僕らに似合わない気がするけど……。

トリシア:映画製作者としておたがいを尊重していると思います。私はイーサンの仕事を長い間、見守ってきた経験から、彼のアイデアや意見が賢明であると信じています。私たちの意見がぶつかるのも稀なことで、毎日コラボレーションを楽しんでいる感じですね。

イーサン:今回の『ドライブアウェイ・ドールズ』でトリシアを信頼したのは、クィアのキャラクター、クィアにまつわる事象への知識です。僕が知らないことに、彼女は詳しい。そうやって補い合っているんです。

『ドライブアウェイ・ドールズ』©2023 Focus Features. LLC.

Q:『ドライブアウェイ・ドールズ』の製作過程で、おたがいの存在に感謝したことについて、もう少し詳しく聞かせてください。

イーサン:現場では毎日、彼女に感謝していました。撮影監督や俳優など携わるすべての人々に対し、トリシアはうまく関係性を築き、コミュニケーションをとっていましたから。

トリシア:(主人公の2人である)ジェイミーとマリアンの親密なシーンで、「もっと派手に濃厚に」という私の意見に対し、イーサンは「いや、控えめな方がいい」と主張しました。まわりの反応を聞くと、イーサン側に賛成する人が多く、結果的に彼の演出に従ったところ、映画の中でうまく機能したと思っています。私が頭で思い描いたイメージとは違っていても、彼の方が正しかったのです。

イーサン:彼女がそれを話すのは、ちょうど僕らが次の映画を撮ったばかりで、そこにははるかに濃厚なシーンがあるからさ(笑)。

トリシア:新作は私の流儀でやらせてもらったから(笑)。

イーサン:『ドライブアウェイ・ドールズ』と次回作のテイストは、そんな風に違うんですよ。

Q:あなたたちには『ドライブアウェイ・ドールズ』から3部作の構想もあり、次の作品は主演俳優も同じで、やはりレズビアンがメインキャラクターなんですよね。

トリシア:私たちの次回作は、レズビアンの私立探偵が主人公のジャンル映画です。『ドライブアウェイ・ドールズ』とのつながりはなく、テーマ的にちょっと共通点を感じられるくらいです。

イーサン:主演が今回と同じマーガレット・クアリーですが、まったく違う映画になりますよ。

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監督/脚本/製作:イーサン・コーエン

1957年9月21日生まれ、アメリカ・ミネソタ州出身。兄のジョエルと共に長年映画製作に携わる。1991年、脚本を担当した『バートン・フィンク』が第44回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したのを皮切りに、『ファーゴ』(96)で第69回アカデミー賞脚本を受賞。そして“コーエン兄弟”としての監督作『ノーカントリー』(07)では、第80回アカデミー賞作品賞・監督賞・助演男優賞(ハビエル・バルデム)・脚色賞を受賞。さらに2013年には『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』で第66回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞するなど、数々の受賞歴を持つ。その他代表作として、『ビッグ・リボウスキ』(98)、『オー!ブラザー』(00)、『バーン・アフター・リーディング』(08)、『シリアスマン』(09)、『トゥルー・グリッド』(10)など。映画の他にも、戯曲、ラジオドラマ、小説、詩を執筆。妻のトリシア・クックと共にドキュメンタリー『JERRY LEE LEWIS: TROUBLE IN MIND(原題)』(22)を製作した。

脚本/製作:トリシア・クック

ジョエル・コーエン、イーサン・コーエンの作品を始め、多くの監督の作品の編集に携わる。パーム・スプリングスで開催されたレズビアンの祭典ダイナ・ショアのゴルフ・トーナメントを題材にした短編ドキュメンタリー「WHERE THE GIRLS ARE(原題)」(23)を製作したほか、夫のイーサン・コーエンとドキュメンタリー『JERRY LEE LEWIS: TROUBLE IN MIND(原題)』(22)を製作した。

取材・文: 斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。

『ドライブアウェイ・ドールズ』

6月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開

配給:パルコ ユニバーサル映画

©2023 Focus Features. LLC.

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