テイラースウィフト、来日公演と報道の仕方、そしてそばにいてくれる音楽

ラジオDJ、ライナー執筆など幅広く活躍されている今泉圭姫子さんの連載「今泉圭姫子のThrow Back to the Future」の第84回。

今回は、4月19日に新作アルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』が発売されたテイラースウィフトについて。

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ツアー報道への疑問

テイラー・スウィフト「The Eras Tour」の日本公演から3ヶ月が経ちました。彼女は、ツアー中の4月、11枚目にあたるスタジオ・アルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』をリリースし、溢れ出るクリエイティヴな世界観を世の中に送り届けました。

また、リリース2時間後には、『THE TORTURED POETS DEPARTMENT: THE ANTHOLOGY』と題された15曲が追加されたものも公開され、合計31曲の2枚組ともいうべき作品となったのです。 2022年の『Midnights』発売後から、すぐにソングライティングを始め、次々と紡がれる彼女の詩は、時間をかけることなく、作品として生まれ変わっていきました。

今やエンターテイメントの世界だけでなく、世界的トップスターとして、政治、とりわけアメリカの次期大統領選、そして訪れる国での経済効果にまで、テイラーの影響力は及んでいます。来日前後、何度か日本の情報番組でも取り上げられた内容は、テイラーの一挙手一投足が政治・経済に及ぼす大きさでした。しかし、番組での紹介を見るたびに、「いや、そこじゃないでしょ、多くの人たちの心を動かしているのはテイラーの音楽でしょ」と首を傾げていました。

何度かインタビューさせていただいたテイラーは、とても賢く状況を判断でき、そして一つ一つの質問にも丁寧に、真摯に向き合ってくれるアーティストという印象です。音楽で自分の思いを伝えたい、という本来の姿勢は、デビュー時からまったく変わっていません。だからこそ、政治経済に利用されている現状は、テイラーが求めているわけではないと思う反面、多くの人たちの先頭に立って動き出すことが、若者たちの将来につながることを、彼女自身はわかっているのだと思います。つまり、彼女の本質は変わっていなくても、彼女を取り巻く環境は確実に変わっているのです。

「The Eras Tour」は、現在もヨーロッパで進行中、年内まで続きます。素晴らしいエンターテインメントの世界が凝縮されたコンサートは、実際体験した人はもちろん、映像などで観た人たちでも、コンサートの醍醐味を味わうことができます。じわりじわりとくるコンサートの余韻に浸れるのも、3時間に及ぶショーを緻密に作り上げているから。100%完璧に構成された舞台は、視覚的にもサプライズがたくさんあるショーになっています。連日続けられているパフォーマンスに体を酷使しながらも、ファンサービスを忘れず、テイラー自身が楽しんでいる様子も伝わってきました。

改めてテイラーの魅力とは

そんな大舞台に立つ彼女の姿を楽しみながらも、テイラー・スウィフトというシンガーソングライターの魅力は、会場の大きさではなく、そこが小さな会場でも、素晴らしいパフォーマンスを提供してくれるアーティストではないか、ということ。大好きな人の側にいたい、地球の裏側にいても会いに行く、そんな彼女のシンプルな恋に対する思いや、時には憤りを覚える経験は、ファンにとって、共感という言葉で心に残ります。どんなに彼女を取り巻くビジネスが巨大化されても、彼女は共感を歌に残してくれるアーティストです。それが彼女の魅力です。

ある日カフェに入ると、お店に流れていたテイラーの歌声に耳を奪われました。さりげない場所で聴こえてくるテイラーの歌。「あ〜いいな、これってテイラーだよね」と自問自答。彼女の歌だからこそ、その場でずっと聴いていたくなる空間を演出してくれます。改めて彼女の歌は、聴く人の生活に寄り添った、いつでもそばにいてくれる存在なのだと感じました。そもそも音楽はそういうものなのかもしれません。

彼女の存在が多方面で影響力を持つのは事実ですが、彼女の音楽は、生活に根づいた魅力があり、多くの人が共感を覚えるのです。ネガティヴな気持ちも音に託してポジティヴに変えていく、誰もが勇気を持つことができる、そしてその思いをライヴ会場で一緒に歌うことで消化していく、これこそがテイラー・スウィフトを楽しむ魅力なのです。

余談ですが、「Who’s Afraid of Little Old Me?」を聴くと、ケイト・ブッシュを彷彿とさせます。はっとするような歌声が懐かしく響き、テイラーはどんな時にケイト・ブッシュに出会ったのだろう、と想像したりします。新作は、聴くたびに新しい発見に出会えます。 31曲の持つ魅力を楽しむには、まだまだ時間を費やしそうです。

Written By 今泉圭姫子

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