『燕は戻ってこない』が描く“持つ者と持たざる者との断絶” 内田有紀の“静かな狂気”は絶品

子供を望んでも、必ず授かるとは限らない。一方で、望んでもいないのに、子供を授かることもある。子供を授かるか否かは、もはや神の領域だ。

その領域を侵し、代理出産の“プロジェクト”を進める基(稲垣吾郎)・悠子(内田有紀)夫妻とリキ(石橋静河)。『燕は戻ってこない』(NHK総合)第6話では、リキが3回目の人工授精でついに妊娠する。

だが、誰の子を身ごもったのかが分からない。基の子か、直前に関係を持った日高(戸次重幸)、あるいはダイキ(森崎ウィン)の子か。リキは中絶も考えるが、相談を受けた悠子が必死で止める。

自分はおろか、基とさえ血の繋がっていない子であったとしても責任を持って育てるという悠子。リキと共に基を欺こうとする彼女を見ていたら、『ナオミとカナコ』(フジテレビ系)で内田有紀が演じた加奈子を思い出した。

同作は、親友同士の2人がDV夫を殺害し、完全犯罪を計画するという異色のサスペンス。加奈子も悠子と同様、最初は流される形で一線を越えるが、途中で覚醒する。覚悟を決めた女の静かな狂気を表現させたら、内田の右に出る者はいない。

けれど、何が悠子をそこまでさせるのだろうか。彼女は自分の子供が欲しかったわけじゃない。その肉体美に惚れ込んだ基の遺伝子を継ぐ子供が欲しかったのだ。それなのに、父親が基ではない可能性もあるリキの子供を育てようとするのはなぜか。一度は自分で決めて、このプロジェクトに加担した責任感からか。あるいは、子供がいなければ、基を失ってしまうかもしれないからなのか。おそらく、それだけではないだろう。

悠子は基を愛する一方で、決して子供を諦めようとしなかった彼をどこかで恨んでいるのではないだろうか。血統を重視し、自らを相応しくないとジャッジする千味子(黒木瞳)のことも。長年、溜め込んでいた鬱憤が、リキが妊娠したことで弾けた。

リキに対しては申し訳なさも感謝の気持ちも持っていて、だからこそ寄り添ってはいるが、「子供を堕ろす」という言葉を安易に使う彼女に悠子はきっと嫌悪感も抱いている。悠子は自分の意思とは関係なく、お腹の中にいる子供が流れた過去があるから。だが、リキは自分の意思で子供を流そうとしている。有り体に言えば、それは子供を産める人間の特権だ。産める人、産めない人の差をまざまざと見せつけられたところに、「産めなかったからって劣るわけじゃない」という基の無神経な言葉が追い討ちをかける。

そうして無意識のうちに人を見下す基や千味子が、もし自分たちの遺伝子を継がない赤の他人の子供を何も知らずに育てていたとしたら……。悠子の中である種の復讐心が芽生えつつあるのではないだろうか。

一方で、リキもまた追い詰められている。違約金が発生するのが怖くて、中絶したのちに再び人工授精を受けようとする彼女はあまりに命を軽々しく考えすぎだが、それくらい経済的に切羽詰まった状況なのだ。リキと対面したりりこ(中村優子)は中絶に賛成する。「女も自分に忠実に生きるべきだ」と熱弁を振るう彼女は何にも縛られていない。誰よりも自由。けれど、りりこがそういうふうに生きられるのはお金も才能もあるからだ。お金も才能も持ち合わせていないリキに自由はない。だから、卵子と子宮を売るという選択を選ばざるを得なかった。ここにも持つ者と持たざる者との断絶がある。つくづく人間は生まれ育った環境で考えや行動が左右される生き物だ。

しかし、破天荒とも言えるリキの生き方を気に入ったりりこは彼女をアシスタントとして雇い、基から違約金を請求された場合は自分が払うとまで言う。お金がないから、才能がないから。ある種の言い訳を全て塞がれた時、リキはどういう選択を下すのか。

りりこからの願ってもみない申し出にリキの表情に笑顔が戻る中、千味子が不穏な動きを見せている。リキは双子を妊娠した。そのことを「コスパがいい」と評し、せめてどちらかがバレエの才能を引き継いでいることを願う千味子。安心のためにリキを自分の目の届くところに置こうとする彼女の暴走が始まりそうだ。
(文=苫とり子)

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