伊藤銀次「LOVE PARADE」佐野元春にプロデュースとアレンジを頼むのはどうだろう?  佐野元春にプロデュースとアレンジを依頼した伊藤銀次のアルバム「LOVE PARADE」

連載【90年代の伊藤銀次】vol.4

ナイアガラの伝統の流れに立ち戻った「LOVE PARADE」

1993年の僕のアルバム『LOVE PARADE』は、初めて他のアーティストに全面的にアレンジをまかせた唯一のアルバム。しかもSMAPなどを手がけていた 当時の新気鋭アレンジャーのCHOKKAKUや、UKポップシーンの最前線で活躍していたイギリス人プロデューサーのダニー・ショガーにまかせたことは、これまでの僕には想像もつかなかった出来事だった。

東芝EMI時代のちょっとネオサイケ的な傾向から一転して、ナイアガラの伝統の流れに立ち戻りつつ、現代的でアダルトなポップサウンドを作ることに大きな効果があった。これもひとえにこのアルバムのディレクターだったキューンの楚良(そら)隆司君の適切なアドバイスとガイダンスのおかげだったが、彼とのこの思い切ったアレンジャーの人選の最中に、それに刺激されたのか、僕の頭の中にあっと驚くアイデアがビビビと閃いた。

佐野元春にプロデュースとアレンジを依頼

“佐野元春にプロデュースとアレンジを頼むというのはどうだろう?“ 自分でもこのアイデアが浮かんだときは “ええっ? ちょっと奇抜かな?” って気がしたが、じっくり考えてみるとこれはかなり面白いのではという気持ちにだんだんなってきた。

初期の佐野元春ファンの人ならよくご存知のように、僕は、彼の3枚目のアルバム『SOMEDAY』までのアルバムプロデュースを手伝ってきた。ファーストアルバムの頃はまだまだ参加ミュージシャンたちにうまく自分のイメージや方向性を説明できなかった彼が、ライブ、ツアーと1年ごとのアルバム制作の中で、確実にサウンド作りの部分でもアーティストとしても急激に成長していく姿を僕はまじかに見てきた。

その後、僕がハートランドを去った後も立て続けにクリエイティブなアルバムを発表し、成長した彼が今の僕をどんなふうに見ていて、どんなふうに僕をさばいていくのだろうか? ぐぐっと興味が湧いてきて、依頼してみたらなんと即OKの返事がもらえた。

銀次の声でできるロックがあると思うんだ

あらためて振り返ってみると、僕のハートランド所属時代に、彼が僕をプロデュースしてくれたのではと思える機会があった。それは日比谷野音でライブをやるとなったとき、彼がなんと『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』に収録されている僕の「幸せにさよなら」にアダルトで洗練されたアレンジメントを施してくれ、ぜひ野音で歌ってほしいと提案してくれたことだった。

そしてさらにその後、僕が1982年にアルバム『BABY BLUE』を制作することになったときも自分のことのように喜んでくれて、1曲「そして誰のせいでもない」を書き下ろしてくれた。1977年のアルバム『DEADLY DRIVE』の不振からシンガーとして自信をなくしていた僕に “銀次の声でできるロックがあると思うんだ” という彼の言葉は僕のアーティストとしての再起の背中をしっかりと押してくれた忘れられない一言だったね。

これまでの銀次サウンドにはない「Hello Again」

1990年に『山羊座の魂』というアルバムを出して以来、所属事務所の消滅などで3年ほどリリースしてなかった僕にまず彼が提示してくれたのは、ジョン・セバスチャンの「ウェルカム・バック」のような曲を作ってはどうだろうというアイデアだった。 

きっと心配していた銀次のファンはその曲で銀次の再起を喜んでくれるという彼の思いからのナイスな提案だった。そこで閃いたのが「Hello Again」という曲。メロディができるとすぐに佐野君に渡し、彼のアレンジメント、そして演奏は当時のハートランドでレコーディング。これもまた、これまでの銀次サウンドにはない、おしゃれだけれど力強いロックサウンドに仕上がった。曲のオープニングに出てくる “Welcome Back !!” というラジオボイスは佐野元春自身。

そしてもう1曲。以前からよく、佐野君と僕はエルヴィス・コステロとニック・ロウに似てるねと言われることがあった。そこでこれは僕のアイデアだけど、僕が1985年には発表した「フラワーズ・イン・ザ・レイン」を、彼らがデュエットで発表していた「Baby It's You」みたいなアンプラグドでやるっていうのはどうだろうと提案したら、即 “いいね” とOKしてくれた。

演奏はもちろんハートランド。原曲とはうって変わったフォーキーなヴァージョンだったが、なんと発表してみるとオリジナルよりもこちらのほうが評判がよかった。曲調はちがえども、かって1985年に、彼にコーラスで参加してもらった「夜を駆けぬけて」のときのような、佐野君と僕との世界が再びよみがえったようにみんなには思えたからかもしれない。

カタリベ: 伊藤銀次

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