【養老孟司×名越康文】大企業では〈能力がある人〉ほど早期退職しがち…日本には〈スーパースター〉をプロデュースできる人がいない「根本理由」【対談】

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近年、人件費の削減や組織の最適化のために、多くの企業で導入されている「早期退職制度」。しかし、日本では、早期退職を募集すると「能力のある人」から出て行ってしまう傾向がある、と名越康文氏は言います。養老氏と名越康文氏の共著『二ホンという病』(日刊現代)より、その根本的な要因について、詳しく見ていきましょう。

「内発的な考え方」をすることが大切

― 最近は、大企業で早期退職を募集すると、能力のある人から出て行ってしまう傾向がみられます。組織自体のあり方が時代に合わなくなってきているのでしょうか。

養老 そもそも、そんな大きな組織をつくるってこと自体に問題がある。図体が大きいと動きが大変ですからね。軍隊なんて典型ですよね。(敗戦で)大量の失業者を出しちゃっているわけですから。個人的にも外地引き揚げの人は全財産置いてきちゃいましたからね。ゼロから出直すことになったわけです。

その点、外国人が強いなと思うのは、マレーシアではお茶の農園は今でもイギリス人が経営していますよ。ケニアの農園もそう。イギリス人は植民地での経営が上手で、個人のレベルでのことはちゃんとしている。その人でないとできないようにちゃんとつくっているんですね。大きな農園が潰れたらみんなが損しますから追い出されない。ああいうところが日本人にはないね。みんな帰ってきちゃった。

名越 日本にはある程度の規模以上のスーパースターや組織をプロデュース、コーディネートできる人がいない。もっと多角的、価値のあるものつくろうよといっても、それはできない。本来その能力は十分潜在しているにもかかわらずバリバリ躊躇ないのは外国人なんですよ。

― 発想や才覚が違うということですか。

養老 やっぱり、根本は明治以来の無理じゃないですか。自分で何もかも考えて、これしかしょうがないとやってきたら強いんですけど、途中で横からいろんなものが入ってくる。漱石がしみじみ書いていますよ。内発的と外発的と。内発的にやって来ていればどうにも応用が利くし、発展もするんですけどもね。外発的だと、外から入ってきたものに惑わされるから、それを時々やっているんで、どうにもなんないですね。

― それをいまだに引きずっているわけなんですね。

養老 全然直ってない。

最初にルールを作った時に、これしかしょうがないだろうという形でやってきてないんですよね。何もかもこれでいくとなっていれば、そう簡単には変えられないはずです。変えようとしたら大変な議論が起こる。そこでみんなが問題の根本を見直す形になるんですけど、そこをずっとさぼってきたんですね。上手にうまいとこだけ取って。

今までは何とかごまかせてきましたけどね。

― それは組織内の人にとっても同じですよね。

養老 そう、同じことです。ご破算で願いますとなった時に、あなたどうしますかってことですよ。

「組織が変わらないからダメなんだ」と考えるのは不幸なこと

― この国のガラガラポンが起きた時、明治維新、敗戦に続く3回目のリスタートとなるということですね。

名越 内発的っていう感覚、僕もいちばん大事だと思います。ある中国武術の達人と本を出しまして、講座もしたのですが、あの方たちの動きも内発的なんですよね。自分の体がこう動くということ事態が自分の内発に沿って動く。5年後、10年後、自分はどう生きていくということもそんなに変わらないというか、日々、実感があるかどうか。

野口整体の創始者、野口晴哉は体が本来の内発性を発揮できていることを「充実」と呼んでいます。あくまでも僕個人の理解にすぎませんがこの「充実」という言葉は奥が深い。充実があるかっていうところを経験せずに動いている人は人生がすごくしんどくなる。うつ病みたいになる人もいるでしょうし、子どものころからそういうことを経験させるようにすることが必要です。子どもって親がどこから言葉を発しているかをよく見ています。内側からというか、いわゆる心身が一致して欲得のない言葉には、響きあうものがあります。

明治維新がこの国の上澄みの始まり、産声だったとしたら、今こそ個人個人の産声の感覚、つまり内的な欲求を聴くところに戻ることが大事で、そこから生じる充実を大事にしないといけないということでしょうね。それをすっ飛ばしてしまうと、人生はただのゲームになってしまう。

― 内発的な考え方が組織の中で封じ込められて組織順応してしまった。それが今の状況をもたらしているんですね。

名越 でも、僕は社会全体を変える必要はなく、自分が変わることが大事だと思いますね。

養老 社会はひとりでに変わりますよ。無理やり変えようとしてもだいたいうまくいかない。ガタが次々と出てきます。明治維新が典型でしょ。最初のガタが西南戦争です。

― 個人、個人が変わっていく。その結果、総体として動けば社会が変わるということですね。

養老 そうです。それしかない。何だか知らないけど、上から号令すりゃそれで動くというのではだめなんです。戦争中なんかひどかった。

― そういった歴史の証言を教育の現場などを通じて伝えていくことが重要ですね。

名越 そこが大変なんですよね。自分で目覚めて教科書以外のものを読み始めるしかないんじゃないですか。

― まさに内発的な動きが必要だということですね。

養老 組織に勤めているストレスみたいなものをね、自分のエネルギーに変えることができればいいんですよね。こんな不合理な、コンチクショウと思っているのを相手のせいにしないで、自分が頑張れるように変えていくことですね。そうすれば全然違った展開になるはずです。

名越 そのストレスのエネルギーって、今は計測できないのですが、実は途方もない甚大なものだと思うんです。だって毎日、瞬間瞬間に蓄積されているものでしょう。これが転換するとそれはすごい。

組織が変わらないから俺はダメなんだとか、不幸だと思わないことですね。そういうことを洗脳してくる人がいるんですよ。そこに同調しないことですね。

養老 孟司
医学者、解剖学者

名越 康文
精神科医

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