何度も試食した「ひどい麺」。ミツカン「ZENB」開発トップが「薄皮まで丸ごと」にかけた執念

豆や野菜の皮や芯などをまるごと使った「ZENB(ゼンブ)」は、大手食品メーカーのミツカングループが立ち上げた食品ブランド。2020年に発売した「ゼンブヌードル」は累計販売数が1600万食を突破しました。困難を極めた開発の原動力となったのは、220年前の創業時から受け継いできた「新しい食文化をつくる」という挑戦心でした。

ZENBの主力商品「ゼンブヌードル」Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「ゼンブヌードル」の原料は、黄えんどう豆100%。グルテンフリーでいつもの麺より糖質30%オフ、薄皮まで丸ごと粉砕して使っているため食物繊維も豊富です。約7分でゆで上がり、電子レンジ調理も可能。ゆでると豆の香りがしますがクセやベタつきはなく、パスタやラーメン、焼きそばなどに幅広く使えるのが特徴です。

2020年9月に発売し、累計販売数は1600万食を突破しました。2023年11月には豆粉パン「ゼンブブレッド」を発売。いずれもオンライン販売で、価格は一般的なパスタやパンよりやや高めです。

ZENBの研究開発を統括するのは、ミツカンで長く技術開発を担当してきた、Mizkan Holdings執行役員 新規事業開発R&Dグループリーダーの榎本直樹さん。ゼンブヌードルは素材の検討に1年、開発に2年かかったうえ、発売後も安定供給ができるようになるまで試行錯誤を繰り返してきました。

「『豆でできた麺やパンも、まずまずおいしいんだね』で終わらせるわけにはいかないんです。ZENBを新たな主食にし、新しい食文化をつくるのが我々の目標です」

豆でできた麺が、米や小麦と並ぶ主食となりうるのかーー。開発にかける思いを榎本さんに聞きました。

Akiko Kobayashi / OTEMOTO

お寿司の成長を支えた

ZENBは2019年、ミツカングループのD2Cブランドとしてスタートしました。商品開発のきっかけは、どこから話せばいいんでしょう......数年前ともいえますし、200年以上前ともいえます。

数年前のある日、僕は自宅で何気なくテレビを見ていたんです。確か未開の地を冒険するドキュメンタリー番組でした。ふと、出演者の一人がとうもろこしの芯をボリボリと音を立てて食べるシーンが目に飛び込んできました。「そんなものが食べられるの?」と衝撃を受けました。

さっそく翌日、会社に行ってとうもろこしの芯を食べてみたんですが、固くてイガイガして、とてもじゃないけど食べられたものじゃなかった。ただ、調べるうちに、とうもろこしの芯は甘くて旨味があり、だしを取ることもできると知りました。「もしかしたら、何気なく捨ててきた食材でもおいしく食べられるものがあるかもしれない」と血が騒いだのを覚えています。

ミツカングループの創業は、220年前の文化元(1804)年です。尾州知多郡半田村(現在の愛知県半田市)の酒造家だった初代中野又左衛門が、酒造りで出る酒粕に着目して「粕酢」をつくり始めたのが、酢づくりの始まりでした。創業者はその頃すでに、捨てられる運命にあるものの中においしさを見出していたんです。

当時、江戸では「半熟れずし(早ずし)」といって、酢を加えて発酵を早めた押し寿司が流行する兆しがありました。それまで主流だった「熟れずし」は塩漬けにした魚と米を乳酸発酵させるため製造に時間がかかっていたのですが、又左衛門が粕酢を大量生産して江戸に売り込んだことで、お寿司という食文化の成長を支えたという歴史があります。

ミツカン創業のルーツである「酒粕」画像提供:2024 株式会社ZENB JAPAN

こうした創業者のフロンティア精神は私たち社員の中にも脈々とDNAのように受け継がれており、いつも何をやるにしても常に意識してきました。

ミツカンは2018年の中期経営計画で、「『人と社会と地球の健康』『おいしさと健康の一致』に貢献していく」という「未来ビジョン宣言」を策定しました。僕は新規事業開発のR&Dチームリーダーとしして何か新しいことをしたいと考えていました。

求められているのは、おいしくて、健康に良く、環境負荷が少ない食品です。素材が本来持っている力を技術によって引き出すことができれば、この3つの要素を兼ね備えた新しい提案ができるのではないか。これまで捨てていたとうもろこしの芯を食べるという発想が、会社の歴史やビジョンと結びついたのです。

榎本直樹(えのもと・なおき) / ㈱Mizkan Holdings 新規事業開発R&Dチームリーダー、㈱ZENB JAPAN専務取締役。1965年愛知県生まれ。名古屋大学農学部食品工業化学科卒。1989年入社。中埜中央研究所で9年間、事業の多角化に向けた研究活動に携わる。1998年から様々な開発プロジェクトに従事した後、原料探索や商品開発チームのマネージャーを歴任し、主力の納豆カテゴリにおけるタレ容器「パキッ! とたれ」の導入や人気商品「金のつぶ たれたっぷり! たまご醤油たれ」の開発を主導。2014年よりMD本部開発技術部長。2017年より㈱Mizkan Holdings 新規事業開発R&DチームリーダーとしてZENBブランドの技術開発を統括。2021年より㈱ZENB JAPAN専務取締役。画像提供:株式会社ZENB JAPAN

棚卸しで見つけた突破口

技術の探索は、成功することは稀で、ほとんどが失敗の連続です。失敗して一度やめてしまったことでも、「おいしい、健康に良い、環境負荷が少ない」という3つの視点で見つめ直すと突破口があるかもしれない。そんな仮説のもと、まずは技術の棚卸しをしました。

その中で目にとまったのが、素材を可能な限り微細化することにより素材のおいしさを引き出す技術でした。

試しにさまざまな野菜を微細化処理すると、経験したことのない食感や味になり、素材の色もきれいに出ました。にんじんなんて、今まで食べたことがないくらい甘かったんですよ。

この技術を応用すれば、固くて捨てていたような部分もまるごと食べられ、食物繊維や栄養を余すことなく摂取できる。新しいおいしさを引き出せるはずだと確信していたところに、プロジェクトリーダーから「野菜で麺をつくれないか」というオーダーがあり、直感的に「できます!」と返事をしました。「これは新しい食文化をつくる挑戦になる」とワクワクしました。

まるごと野菜とオリーブオイルだけのペースト。野菜を微細化しているのでなめらかで濃厚な口当たり画像提供:株式会社ZENB JAPAN

試食した「ひどい麺」

しかし、ここからが大変でした。

まず、丸ごとの野菜を調達するのにかなり苦労しました。捨てている部分も含んだ原料が見つからない。世界中を飛び回って協力してくれる会社を探しました。

それに加えて、野菜で麺をつくることのハードルの高さがありました。

通常の麺は、小麦粉に含まれるたんぱく質のグルテンがつなぎの役割をしているのですが、野菜はほとんどが水分と食物繊維とミネラルですから、弾力性をもつ成分がありません。

粉砕した野菜で麺をつくっても、それはもうひどい麺の連続で......。プロジェクトリーダーにも何度もひどい麺を試食してもらうはめになり、軽々しく「できます!」なんて言わなければよかったと後悔しました。

ただ幸いにも、ミツカンは鍋つゆのトップメーカーとして春雨を製造していたことがあり、麺づくりの知見はあったんです。

春雨の原料は緑豆で、デンプンの力を利用して麺をつくっています。野菜は難しくても、デンプンを含んだ豆であれば麺をつくれるんじゃないかと、原料の選択肢を豆に広げていきました。豆といっても大豆のように油分が多い豆ではなく、雑豆(パルス)と呼ばれるデンプンを含んだ豆です。いろいろな雑豆を次々と試しました。

豆の麺づくりは、世界中で誰も成功していませんでした。グルテンフリーが流行っているアメリカには豆の麺があるにはありましたが、力ずくでギュッと押し固めて麺の形にしているだけなので、正直なところ、ゴムを噛んでいるようで1本も食べ切れませんでした。

食感も味も満足できる麺は豆でも難しいのか、と途方に暮れていた2018年頃だったでしょうか。部下から「黄えんどう豆だけでつくったら、こんな麺ができました」と報告があったんです。食べてみると、これまでのひどい麺とはまったく違っていた。鳥肌が立ちました。

これならいける!と、黄えんどう豆を原料とした開発に舵を切っていくことになりました。

黄えんどう豆画像提供:株式会社ZENB JAPAN

薄皮さえ外せたら

ところが、そこからも一筋縄ではいきませんでした。

商品化するにあたっては生産体制を整える必要があり、原料を安定的に確保できること、新たな設備を導入すること、コストを抑えることなど、さまざまな課題があります。

一番つらかったのは、黄えんどう豆の薄皮まですべて使うという点です。薄皮さえ外せば、加工のハードルはグンと下がりますし、香りや舌触りもよくなります。「薄皮がなくてもまるごとと言っていいんじゃないか......」。皮を外すほうに何度も心が動きました。

そんなとき、酒粕から粕酢を生み出して新たな食文化をつくった創業者のことが頭をよぎりました。やはり皮入りで実現したいという気持ちが、あきらめる誘惑にちょっとだけ優ったんですね。皮の栄養素やZENBのコンセプトを考えても、これは曲げられない戦いだと思い直しました。

麺の直径や原料の処理方法を変えるなどわずかな改良を積み重ね、食感や品質を改善していきました。発売後も大量に生産できる体制を整えるまでには1年ほどかかり、関係者に迷惑をかけたこともありましたが、安定生産できるようになった今となっては、あのときに妥協しなくてよかったと思います。

画像提供:株式会社ZENB JAPAN

豆は、高タンパク、高食物繊維で、米や小麦と比べて糖質が低いです。水をほとんど使わず栽培できるうえ、豆の根に棲みついている根粒菌という微生物が大気中の窒素を窒素肥料として吸収するので、化学肥料の使用量を抑えることもできます。つまり、おいしく、健康に良く、環境負荷が少なく、米や小麦に次ぐ新たな主食としても最適な素材だったのです。

このことに気づいたときに、過去に取り組んできたことや失敗してきたことも含め、すべてが有機的につながったと実感しました。同時に、つながるように意識しながら仕事をすることも重要なんだなと感じています。

最初に「目標品質」をつくる

ミツカンの「やがて、いのちに変わるもの。」というビジョンは、どこに行っても胸を張って言える素晴らしい言葉だと思っています。技術者としては、きれいなことを言うだけでなく、実感できるような商品をつくり上げないといけない。誰もつくったことがないものをつくり出すという使命感のもと、失敗を積み重ねても、愚直にものづくりを続けていかなければならないのです。

技術というものは、やり続けている限りは、後退することは絶対にありません。失敗の連続で、たとえ前進したとしても目に見えないことも多い。それでも、着実に、確実に、積み上がっているのです。1カ月前よりも1カ月後は進歩しているし、半年後になるとそれは大きな差になります。その進歩をちゃんと比較して、チームで共有していくことが大切です。

野菜の麺づくりのときのように、僕がすぐ「できます!」と言ってしまうので、部下は困っているかもしれないのですが(笑)、決して無責任に言っているわけではありません。知見や技術のストックが根拠になっていますし、必ずやれるという信念と、できるまでやるんだという執念をもっているからです。

ZENBの開発を担当した新規事業開発R&Dチーム画像提供:株式会社ZENB JAPAN

難しいものづくりを信念と執念をもって進めるために、大切にしていることがあります。

「手錠がはまるようなこと以外はどんな手段を使ってもいいから、まずはおいしいものをつくり上げてほしい」

チームにはこんなふうに伝えていますが、つまり、まだ世の中にないものをつくるときには、期待を上回る地点を目指してほしいということです。どうやって原料を調達するのか、コストがどれくらいかかるか、どういう設備でどうやって製造できるのか、といったことは一切考えないでほしい、とも話しています。

こうしてつくり上げたものを、我々は「目標品質」と呼んでいます。

最終的には商品にすることが前提なので、「目標品質」のものを実際につくるとなると手間もコストもかかり、現実的ではありません。ですが最初に「目標品質」ができたら、あとは引き算をすればいいのです。

余分な原料やプロセスはないか、コストをどう抑えるか、どんどん引き算していく中で、おいしさなど譲れない要素を明確にしていきます。どうしても「目標品質」との差が生まれてしまう部分もあります。それでも世の中を見渡したときに、我々の商品が差別化されていてお客様のためになるのであれば、発売する意義があると考えています。

ゼンブヌードルの原材料は「黄えんどう豆粉」のみAkiko Kobayashi / OTEMOTO

新たな主食をつくるために

ZENBは2024年、ブランド誕生から5周年を迎えました。現時点で本当に満足できる品質かというと、まだまだ改良の余地はあると思います。引き続き、よりおいしくするための技術改良や、価格を下げるための取り組みをしているところです。

米や小麦など昔から進化してきた主食の偉大さを改めて思い知らされていますが、健康面で見ると豆は主食にふさわしいものです。おいしくて、毎日食べられて、健康になれて、環境にもいいものを主食とする、新たな食文化をつくっていきたい。豆が主食として食べられる世界が見えるまで、執念をもって開発を続けていきます。

素材の特性を追求する。使い手を気遣ったひと手間を加える。手で覚えた感覚を次世代に継承していく。手仕事には、職人の哲学や仕事観が詰まっています。ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びを伝えます。OTEMOTO

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