相馬野馬追2024 観戦レポート ~伝統を未来につなぐ~

こんにちは! 馬好きライターのやりゆきこです。読者の皆さんは毎年福島県で行われている「相馬野馬追(そうまのまおい)」という祭事をご存じでしょうか? 2024年は5月25日~27日にかけて開催された野馬追。今回はその開催1日目、2日目にお伺いしてきました!

相馬野馬追ってどんな祭事?

相馬野馬追は、福島県の相馬地方で毎年7月末に行われてきたお祭りです。近年の猛暑を鑑みて、今年から初の5月末開催となりました。私がこの祭事を知ったのは10年ほど前なのですが、このたび念願の現地観戦を叶えることができました。

言い伝えによれば、今から1000年以上も昔、相馬氏の遠祖とされる平将門が下総国小金ヶ原(現在の千葉県北西部)に放った野飼いの馬を敵兵に見立て、戦の訓練をしたことが相馬野馬追のはじまりといわれています。捕らえた馬は神馬として、この地域の氏神である妙見(仏教でいう弥勒菩薩、北極星・北斗七星を神格化したもの)に奉納し、この地域の平和を祈ったのだそう。

相馬野馬追では、現在も甲冑を身にまとった約400の騎馬武者が腰には太刀を、背には色鮮やかな旗をさして、お行列や甲冑競馬、神旗争奪戦などを行います。その様子はまるで戦国時代にタイムスリップしたかのようです。

また、野馬追の組織構成は「郷」から成り立っています。郷は相馬中村藩時代の行政区であり、小高郷、標葉郷、中ノ郷、宇多郷、北郷の5つ。小高郷と標葉郷は相馬小高神社、中ノ郷は相馬太田神社、宇多郷と北郷は相馬中村神社に属しており、総大将を擁するのは相馬中村神社です。相馬の人々の妙見信仰を守り続けるこの3つの神社は『相馬三社』と呼ばれています。

1日目:総大将の命令で、いざ出陣!

相馬野馬追、初日の朝。

相馬三社に騎馬武者たちがそれぞれ集合し、お繰り出しや出陣式が行われます。神社に参拝し、祝杯をあげ、準備が整うと大将が出陣を命じ、軍者の振旗を合図に螺役(かいやく)が螺を吹くといざ出発です。

かしま交流センター特設会場には北郷陣屋が設置され、神社から宇多郷を率いて颯爽と進軍してくる総大将を古式にならった形でお迎えします。この総大将御迎の儀式を終えた宇多郷、北郷勢の一隊は雲雀ヶ原(ひばりがはら)祭場地のある原町区に向かいました。

▲北郷陣屋での総大将御迎

▲雲雀ヶ原祭場地を目指す一行

▲道中には馬たちの給水スポットも

祭場地に到着後は、馬場清めの儀式が行われ、宵乗り競馬が始まります。騎手は甲冑姿ではなく、白鉢巻に野袴と陣羽織という出で立ち。和式馬具を用いて、和流競馬が再現されます。

2日目:大迫力の甲冑競馬と大混戦の神旗争奪戦

2日目、お行列を間近で見ることができました。甲冑競馬や神旗争奪戦が行われるため、400騎余りの騎馬武者たちは、朝から雲雀ヶ原祭場地を目指します。時折、伝令のために駈けていく騎馬がいるものの、基本的に常歩でゆっくりと進むので、沿道から甲冑や馬装もじっくり見ることができました。

野馬追で着用される甲冑の多くは、江戸時代のもの。公式ガイドブックによれば、野馬追という伝統行事がずっと続いているために、この地に昔の甲冑が多く現存しているのだとか。このように特定の地域に武具が集まることは全国的に見ても類例がないといいます。

また参加している馬の多くはサラブレッドです。しかし、お行列では昔ながらの和種馬(木曽馬や北海道和種等)を見かけることも。その他、ハフリンガー、ばん馬も参加していました。

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祭場地に着いたのはお昼をまわった頃。会場はすでに観客で溢れかえっており、かき氷などさまざま屋台も出店して盛り上がりを見せていました。

コースは1050mだそうですが、興奮からか気持ち的には東京競馬場と同じくらいに感じます。甲冑競馬は、重い鎧をまとって、風の抵抗を受けやすい大きな旗を背負っているとは思えないスピード! 砂埃が舞う中、騎馬武者たちが疾走していきます。

神旗争奪戦では、晴天の空に打ち上がった花火の中から二本の御神旗がゆっくり舞い降ります。想像以上に高く上がった御神旗がどこに落ちるのか、想像もつきませんでした。しかし熟練の武者たちは風の流れを読み、旗を目掛けて走り出します。数百の騎馬武者が一気に押し寄せる様は圧巻です。

▲砂埃が舞い上がる迫力の甲冑競馬

▲空高く打ち上げられる御神旗

▲神旗争奪戦。中央やや左に赤い神旗が!

2日目の夜には「火の祭」という花火も催されます。これは、昔、騎馬行列が祭場地から帰る際に、住民が沿道に松明や提灯を用意して「慰労の意」を表したのが始まりだそう。

3日目:昔の名残をとどめる唯一の神事、野馬懸け

最終日には野馬懸けが行われます。騎馬武者が相馬小高神社境内に馬を追い込むところから始まり、白鉢巻に白装束をつけた御小人(おこびと)と呼ばれる武士たちが荒駒を素手で捕らえ、神前に奉納するという昔ながらの伝統にならった儀式です。歴代の相馬氏当主はこの神事をもって、相馬地方の平和を祈りました。昔の名残をとどめている唯一の神事といわれており、相馬野馬追が『国の重要無形民俗文化財』に指定される大きな要因となっています。

▲相馬小高神社にて、ご神馬奉納

一般的には、神旗争奪戦が行われる2日目がハイライトとされる相馬野馬追。私も2日目までの滞在でしたが、現地では「3日目がメインだよ!」という声を聞くことも多く、相馬の皆さんが野馬懸けという神事をとても大切にしていることが伝わってきました。

東京から移住 神瑛一郎さんの野馬追挑戦

相馬野馬追は歴史のある、伝統を重んじる祭事です。ゆえに出陣する騎馬武者は、先祖代々、野馬追に参加しているという方がほとんど。出陣するには馬に乗れなければいけませんし、馬の確保やお世話など家族総出のサポートも必要となります。地元の方でも、そう簡単に出陣できるものではありません。そんな中、東京から移住し、騎馬武者として出陣している神瑛一郎(じん・よういちろう)さんにお話を伺うことができました。

【Interview】

▲神さんと一緒に出陣したグランドバローズ。さみしがり屋だそう(笑)

神瑛一郎さんは、1995年東京生まれ。幼い頃から馬術競技に取り組み、全日本ジュニア障害優勝や日韓馬術大会日本代表など、素晴らしい経歴を残しています。2020年には福島県南相馬市小高地区に移住し、一般社団法人HorseValueを設立。今年の野馬追は、3度目の出陣となりました。

Horse Valueについての詳細はこちら>

「大学卒業後は、ドイツの馬術競技馬の育成牧場で働いて、帰国後も乗馬の調教の仕事などをしていました。自分の好きなことで食べていけて、幸せではありました。でもそれは、馬業界全体の未来のためになっている活動じゃないなって。もっと馬の魅力をたくさんの人に伝えたいなと思うようになって。それで馬と一緒に事業をしやすい場所に行こうと、相馬野馬追で有名な南相馬市に移住を決めました」(神さん)

とはいえ、最初は移住者である自分が野馬追に出陣することは難しいだろうと考えていたそう。ですが、神さんは2022年に初めての出陣を果たしました。

「事業をやっていくうちに地元の人たちとも交流が生まれ、この地域に何か還元していかなきゃいけないな、という気持ちが強くなりました。地域に寄り添って事業をやっていきますってことを行動で示すのってすごく大事だと思うんです。そうなったときに、野馬追に出るってことを考えるようになりましたね。もちろん地域の皆さんの後押しも大きいです。HorseValueの厩舎をつくるときも、地主さんに『野馬追に出るの?』と聞かれましたし。この甲冑も、ありがたいことに地元の方からいただいたものなんですよ。野馬追に参加することで、相馬の皆さんとの距離がギュッと縮まったのを感じています」(神さん)

▲神さんが地元の方にいただいたという甲冑

私がHorseValueの厩舎におじゃました日も、近所の方が神さんの出陣のお祝いを持って訪れていました。出陣の朝もたくさんの方が駆けつけたそうです。また、今年初陣を控えた地元のお子さんの乗馬指導を神さんが行うなど、地域の皆さんとの親交はとても深い様子。神さんの人柄もさることながら、相馬の方々の暖かさを感じました。

時に変化を受け入れながら、伝統を未来へつなぐ

冒頭でも触れた通り、野馬追はこれまで毎年7月に行われてきました。今年初の5月開催になったのは、近年の猛暑を鑑みて、暑さに弱い馬の安全に配慮したためです。伝統的な祭事を守っていきたいと思う一方で、現代において動物が関わる行事にはさまざまな配慮が必要になります。それは野馬追も例外ではありませんし、無論、馬は大切に扱われるべきです。

とはいえ、伝統的な祭事の日程を2ヶ月も早めるというのは本当に大変なことだったと想像します。例年と異なる日程になったことで、馬が集まりにくい、ボランティアが不足するといったこともあったと聞きました。この局面を乗り越えた関係者の皆さんには、一観客としても足を向けて寝られません。

実は2日目。雲雀ヶ原祭場地を引き上げた後、火の祭がはじまる前のわずかな時間に、南小高の交差点付近で帰り馬行列が行われていました。公式ガイドブックには掲載されていない催しで、地元の方々が立派に戦った人馬の帰りを迎えいれるといったものです。

そこには出陣のときとは違い、柔和な表情を見せる騎馬武者たちの姿がありました。いたるところで、小さな子どもたちが無事戻った武者と一緒に馬に乗り、記念写真を撮る光景が目に飛び込んできます。「ああ、文化とはこうやって受け継がれていくのだなぁ」とほっこりした気持ちになりました。

文化の継承と動物福祉のバランス。当事者の立場になれば、それは非常に複雑で難しいことです。今回の日程変更のように、さらなるアップデートが必要なこともあるでしょう。しかしそれは、長い目で見たときに馬を守るだけでなく、伝統を守ることにもきっとつながっていくと信じています。

これからも、時に変化をに受け入れながら、伝統を未来へつないでいく。次の世代にバトンを受け継ぎ、相馬野馬追が長く長く続いていくことを願っています。

(次は野馬懸けもぜひ見たい!)

この記事を書いた人

やりゆきこ
WEBコンテンツの企画編集、時々ライター。馬について調べることをライフワークに活動しています。乗馬は永遠の初心者ですが、毎週乗っています!【 note / Instagram / blog

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