年金月20万円の85歳・元バブル企業戦士〈資産5,200万円〉の父、脳梗塞で倒れ施設へ→お金は問題ないはずが…入居から1年「老人ホーム費用が足りません」56歳長男、顔面蒼白のワケ【CFPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

老後、もし介護が必要になったら……。介護費用の負担が心配な人は少なくないでしょう。限られた老後資金から介護費用などの想定外の支出に準備するため、投資などの資産運用を行っている場合、運用した「あと」のことまでイメージできていますか? 見落とされがちな落とし穴もあるため注意が必要です。本記事ではAさんの事例とともに、現金以外で保有する資産の注意点について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。

株式相場の光と闇を知る70〜80歳代

2024年2月22日、日経平均株価が1989年の大納会でつけた史上最高値の3万8,915円を更新して、その後3月には4万円台の大台に乗せました。2024年から新NISAも始まったことで投資に対する認知は進み、ある種のブームの様子を呈しています。

遡ること40年。1985年9月22日にアメリカのプラザホテルでは、アメリカ、イギリス、西ドイツ、日本、フランスの閣僚と中央銀行の総裁が集まり会議が行われました。アメリカの貿易赤字の解消のために、アメリカはドル安になるよう各国に協力を求めて、参加した国々はこれに同意します。この合意は「プラザ合意」と呼ばれています。

その後、日本はバブル経済の道へと進んでいくことになります。プラザ合意後、日本の土地の価格や株価は1990年以降のバブル崩壊にいたるまでものあいだ、破竹の勢いで上昇していきます。

このバブルの時代を現役の企業戦士として大活躍していたのが、現在70~80歳代の方々なのです。

株式相場の光と闇を経験しているこの世代の方々は、バブル経済という時代の流れのなかで、現在のNISAブームと異なる脈絡のなかで、証券会社に一定の資産をお持ちの場合があります。金融資産としての株を持つ価値・評価は上がっているものの、株は株のままでは、日常生活のなかで利用することができません。

株の持つ価値が現金に置き換わらなければ、日常生活のなかで利用することはできないわけですが、証券会社の資産は現金として使えるようになるまでに、ひと手間と時間差が生じます。このことは相続の課題を解決していくにあたり注意を要する場合があります。

母を見送ったあと、突然の脳梗塞で倒れた父

Aさん(85歳)は2年前に長年連れ添った妻を亡くして大阪で一人暮らしをしていました。子どもは2人いるものの、長男B(56歳)は東京で勤務しており、転勤族のためなかなか父親のもとに帰ることはできません。長女C(52歳)も結婚しており、ご主人の仕事についていく日々、こちらも全国勤務がある転勤族で、長男同様に父親のもとに帰ることはできません。

2人は父親の一人暮らしを心配しながら見守っていましたが、あるときを境に父親は一人暮らしを継続できない事態に陥ってしまいます。

ご近所の人から長男Bへ突然の電話があり、「Bさんのお父さん、頭が痛いと言って連絡してきて救急車で搬送されたわよ!」と知らせてくれたのです。慌ててBさんは休暇をとり、実家に帰ったものの、父親の診断結果は脳梗塞でした。

一命は取り留めたものの、日常生活を送れないほどに障害が残ってしまい、父親の状態はとても一人で暮らしていける様子ではありませんでした。

介護付き有料老人ホームへ入居、父の貯金はたった200万円だったが…

長女Cとも相談のうえ、Aさんは幸いにも受け入れを表明してくれた介護付き有料老人ホームで新たな暮らしを始めることになります。Aさんが入居する介護付き有料老人ホームの月々の費用は、賃料や管理費、食費を含めて25万円ほどです。Aさんの年金は毎月20万円ほどでしたから、毎月5万円の持ち出しが発生します。

Bさん、Cさんは実家からAさんの通帳を探し出してきて残高を確認します。しかし、その金額は200万円ほどのもの。たちまち困るということはないものの、これでは安心できません。

もう少し書類を探していくと、証券会社の取引残高報告書が出てきました。残高をみるとバブルを生き抜いたAさんは株式が時価評価で4,000万円、投資信託は1,000万円という潤沢な資産を持っていたのです。これを見て、BさんとCさんはホッとします。

これだけあれば、父親は安心して老人ホームでの生活を送ることができると……。

穏やかな老人ホーム暮らしから1年…発覚した驚愕事実

Aさんの施設代の引き落とし口座はAさんの生活口座を指定しました。Aさんのキャッシュカードは長男Bさんが管理することとなったため、日常の生活のなかではそれほど問題となることは起きませんでした。一方で、入ってくる年金はあるものの、毎月25万円の施設代がかかるため、年間60万円ほど銀行口座の残高が減っていきます。

老人ホームでの生活が1年を過ぎたころ、口座残高が100万円を切ろうとしていたとき、Bさんはそろそろ、証券口座の資産の現金化をしようかと試みることになりました。

ところが、Bさんが証券会社に連絡をしたところ、証券会社からの回答にAさんは真っ青になります。

証券会社「お手続きできません」

証券会社からの回答は「Aさんご本人でないと株式の売却、出金の手続きはできませんよ」というものだったのです。BさんはAさんが脳梗塞で倒れたため、言葉もおぼつかなく電話で会話をするのも困難という事情を伝えますが、証券会社は取り合ってくれません。

焦るAさんは「ええ! では、どうすれば株を売却して現金化できるのでしょうか?」と返すと、証券会社からの回答は、「成年後見制度の利用をするしかありませんね」というものでした。

成年後見制度の利用は解決策の1つになりうることは間違いないのですが、初めて聞く制度にBさんはその利用をためらいます。

はたして月々5万円程度の資金を引き出すためだけに、本当に成年後見制度まで利用しないといけないのか? モヤモヤした気持ちのなかで解決策に向けて一歩踏み出せずにいたのでした。

任意後見制度や家族信託制度などの大掛かりな対策でなくても…

事前の対策としては、Aさんがまだ元気なうちに、Bさんと任意後見契約を結んだり、家族信託を組成するなどの対策が考えられますが、Aさんの場合はそれほど大掛かりな対策をせずとも解決できた可能性もあります。

株式の配当金

たとえば株式の配当金に注目してみましょう。株式の配当金の受け取り方法には大きく2通りあり、

・証券総合取引口座で受け取る方法(株式数比例配分方式)

・指定の金融機関に振り込んでもらう方法(登録配当金受領口座方式もしくは個別銘柄指定方式)

から選ぶことができます。配当金領収証方式といって現金で受け取る方法もありますが、現金での引き渡しに伴うリスクを顧みて、口座で受け取る方式に切り替えが進んでいます。Aさんの場合は、銀行口座の管理はBさんができていたわけですから、株式の配当金を金融機関に振り込んでもらう登録を済ませておけば、老人ホームの資金で困ることがなかった可能性もあるのです。

もし配当金をを銀行口座で受け取っていたら…

日本取引所グループの統計データによると2024年4月の東証プライム市場銘柄の、単純平均利回りは2.01%になります。Aさんは4,000万円の株式を所有していたため、年間80万円程の配当金収入が見込めたのです。この年間80万円を銀行口座で受け取ることさえできていれば、年金と配当金だけで、施設代を賄うことができて、成年後見制度の検討をすることすら必要なかった可能性があるのです。

一方、銀行で指定の金融機関で受け取る方式(登録配当金受療口座方式)を選ぶと、特定口座内での損益通算ができなくなるなど利便性に欠ける点もあります。この場合は証券会社ごとのサービスとして、一旦は証券総合口座で受け取った株式の配当金や投資信託の分配金を自動で出金先の指定口座に振り込むサービスを利用するという手もあります。

どのようなサービスが使えるかは、証券会社によって異なりますので、証券会社ごとのサービス内容はあらかじめ確認しておくことが大切です。

証券口座を持つ理由の多くは老後の資産運用、資産形成のためということが挙げられますが、証券会社は金融機関であっても、その使い勝手は銀行口座と異なる点が多くあります。せっかく築いた資産がいざというときにどのように使えるのか、現金化されるのか、その仕組みは事前に理解して準備をしておかないと、いざ必要というときに効果的に使うことができなくなってはいけません。

非情に地味な点ですが、資産運用に成功して、老後の安心に繋げるためにも、運用した資産はいざというときにしっかり使えるように準備しておく必要があります。

森 拓哉

株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン

代表取締役

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