「俺の仕事は音楽と人生を楽しむことだ」という言葉を体現するSIONが藤井一彦との『Acoustic tour』で魅せた気迫に満ちた熱演の数々

1月27日 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

20歳も逆サバを読んで、82歳と自称しているSIONに求めすぎと言われれば、そうかもしれない。しかし、ポンコツになってきたと苦笑いしながら、藤井一彦(Gt)、中西智子(Ba)、クハラカズユキ(Dr)と新バンド、SION'S SQUADを始めたり、SIONとファンの冬の風物詩と言える『SION with Kazuhiko Fujii Acoustic tour』のライブの本数が2年連続で増えたり、盟友・花田裕之のアコースティック・ソロツアー『流れ』に誘われ、水戸まで出かけたりいったり。SIONが歌うところの“オンボロ車”(「ONBORO」)、もしくは“ボロ列車”(「ボロ列車」)のエンジンの回転数は『I like this, too』をきっかけに(と筆者は想像している)確実に上がってきているように思えるし、実際、今回の『Acoustic tour』も間に10分の休憩を挟む2部構成ながら、2時間たっぷりと気迫に満ちた熱演を見せてくれたのだから、求めすぎかもと思いながらもやっぱり求めずにはいられない。『Acoustic tour』に足を運んだ誰もが同じ気持ちだったんじゃないか。だからこそ、「Hallelujah」の《リタイヤ? そりゃなんだ》に全員が快哉を叫んだのだ。

1月27日 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE 最初の2公演が終わったところでSIONが新型コロナウイルスに感染したため、その後の4公演(松山、神戸、大阪、名古屋)が延期され、2月25日のツアーファイナル後の4月~5月に振り替えられるというハプニングこそあったものの、四国にも渡りながら、長崎から札幌まで日本列島を縦断した今回の『Acoustic tour』。筆者は1月27日の東京、2月2日の横浜、ツアーファイナルとなった2月25日の千葉の3公演を見ることができたのだが、新型コロナウイルスからの快復後一発目となった東京公演の1曲目に《俺はここに俺がここに居るんだ》と鬼気迫る歌声を聴かせる「ガード下」を食らって、いきなり圧倒されてしまった。言葉を振り絞るように歌うSIONの歌声と重苦しいムードを持つ藤井のギタープレイ──重い足をひきずるようなテンポながら、渾身の、という表現がふさわしい「ガード下」のパフォーマンスは、ヒリヒリとした空気の中で金縛りに遭ったようにじっとステージを見つめるしかなかった観客の姿とともに脳裏に焼き付いている。

1月27日 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE 東京の次の横浜公演から1曲目は、横浜で撮影した『私立探偵 濱マイク』に使われた「通報されるくらいに」に変えられたが、その横浜公演でも千葉公演でも演奏し始めたとたん、客席が色めき立ったのだから、「ガード下」は今回の「Acoustic tour」の見どころの一つだったと言ってもいいだろう。

2月2日 THUMBS UP

その「ガード下」をはじめ、藤井のチキンピッキングが軽やかに鳴った「夜しか泳げない」、バラードの「Sorry Baby」、メランコリックな「夢の世界」、ブルージーな「SnowDrop」、しっとりと聴かせた「ありがてぇ」、客席を揺らしたブギの「調子はどうだい」、ロックンロールの「お前の空まで曇らせてたまるか」と新旧のレパートリーの数々を、曲の振り幅とともに楽しませた第1部を締めくくったのは、シンガロングする観客とともに不屈の精神を称えあった「Hallelujah」。

2月2日 THUMBS UP ライブのクライマックスを担うことが多いアンセムを早くも中盤でやっちゃうのかとちょっとびっくりしたが、弾き語りを挟んでから、再び藤井を迎えた第2部の盛り上がりは、もっとすごかった。なぜなら、巧みなストーリーテリングの中に新宿の片隅に暮らしていた若き日のSIONの姿が浮かび上がる「今日もまんざらじゃなかった」と、サザン・ソウル風味とともに歌が以前よりもまろやかになった印象がある「道があるなら」を観客に語りかけるように歌ってからの後半戦は「笑っていくぜ」「お前がいる」「春よ」「お前の笑顔を道しるべに」──この数年、SIONが“オンボロ車”もしくは“ボロ列車”のエンジンの回転数を上げるきっかけになった思いを歌っているとも言えそうなアンセムのオンパレードだったからだ。

2月2日 THUMBS UP そういう歌をSIONが溌剌と歌っているのだから、客席が盛り上がらないわけがない。筆者が足を運んだ3公演すべて観客がシンガロングの声を上げたが、各地そうだったに違いない。気迫に満ちた歌声と、歌うたいの自分に何ができるだろうと自問自答しながら絞り出したに違いない言葉の数々に、どれだけの人が勇気で胸を満たされたことだろう。聴く者を奮い立たせる、その選曲からは「チャンスをピンチに変えてきた」と嘯きながら、「まだもうちょっとやる」とSIONが腹を括った理由が窺えるような気がした。歌いたい歌がある。そして、それを届けたい人たちがいる。だったら、できるだけいろいろなところ足を運ぼうじゃないかということなのだと思う。

2月2日 THUMBS UP そして、「ガード下」とともに今回、特に印象に残った曲がもう1曲。それが第2部を締めくくった「バラ色の夢に浸る」だ。この曲がこんなにも胸に染みたのは、正直、今回が初めてだった。 なぜ、そんなに染みたのか? たぶん、《俺の仕事は音楽と人生を楽しむことだ そうだよな それでいいよな そうだよな それでなくっちゃな そうだよな それでいいよな》というこの曲のパンチラインが、《早くはない 遅くはない 始めたら始まりさ》(「通報されるくらいに」)と歌い続けてきたSIONが見つけた一つの答えに思えたからなのだと思う。《音楽と人生を楽しむことだ》。なんて素敵な言葉なんだろう。

2月25日 LIVE HOUSE ANGA

ところで、『Acoustic tour』と言えば、詩人としての言葉の閃きとともにフォーク・シンガー然とした魅力とが際立つ弾き語りコーナーも見どころだが、弾き語りする曲は公演ごとに変えていたようだ。筆者が足を運んだ3公演では「信号」「ゆうじ」、去年作った未音源化の新曲「つっかい棒」という共通の3曲に東京では「小さな声で話そ」、横浜では「遊ぼうよ」と2月に書いたばかりだというタイトル未定の新曲、千葉ではそのタイトル未定の新曲を加えていた。「ゆうじ」の《街はカーニバル 今日もカーニバル 紙切れのパレードさ》《誰もが美味しいところから食べはじめるから 残されたうまさとあったかさを知らない》という歌詞に改めて、はっとさせられたりも。

2月25日 LIVE HOUSE ANGA

照れくさそうに語る曲間のトークも『Acoustic tour』ならではの聴きどころ。行く先々で話す内容も変えていたらしく、東京公演では、セットリストに19歳のときに書いた曲が含まれていることからこんな思い出話を。 「16、17の頃に当時、(SIONの生まれ故郷)山口にあったラジオ局のおねえさんに気に入られて、予選を受けずに中国地方代表として、とあるイベントに出たことがあって。そのイベント、『フレッシュサウンズコンテスト』とかって言ったんだけど、甚平の上下がいけなかったのか、雪駄がいけなかったのか、フレッシュじゃないって落とされました(笑)」 また、横浜公演では役者として出演したテレビドラマ『私立探偵 濱マイク』の裏話を。 「利重(剛)監督が『エレファントソング』って映画を一緒にやろうって毎年、野音に口説きに来てくれたんだけど、出ん、出ん、出んって断り続けてたら、映画じゃなくて、ドラマなんだけど、1カ月ちょっと楽しい思いをせん? って言って、出してくれたのが『私立探偵 濱マイク』。監督たちはボロボロの旅館に泊まってたけど、俺は1カ月弱、メロンをカットしたようなホテルに泊まらせてもらって。毎朝、英字新聞が来るわけですよ。SIONだから(笑)。仮の楽屋がラブホテルのときがあって、いろいろなオモチャがあるわけね。マイク(役の永瀬正敏)と2人で、これ、どうやって使うんだろうねって。楽しい撮影でした(笑)」 そして、千葉公演では──。 「長野だったかな。最初、『Acoustic tour』で、HARRYに会ったのは。(ザ・ストリート・)スライダーズの曲は1曲も知らないんだけど、HARRYとは、いいんだよ(笑)。好きなんだよね。おもしろいんだよ。HARRYが復活したからね。ユウスケもと思ってたんだけど。ユウスケと何かのイベントで一緒になったとき、俺も酒グセが悪かったけど、もっと悪くて、ものすごい絡んできたから1回ポコンとやったら(笑)、フジロックのときは新人として現れた。The Birthdayのチバですって。かわいいんだ、あれから。……まだ歌いたかっただろうな」

2月25日 LIVE HOUSE ANGA

アンコールでは、デビューの頃から歌い続け、そしてファンから愛され続けている代表曲中の代表曲である「俺の声」と「このままが」を観客と一緒に歌ったのだが、もはやSIONのライブには欠かせないアンセムと言ってもいい「マイナスを脱ぎ捨てる」のライブ・バージョンのサビをメドレーで繋げた「俺の声」もまた、今回の「Acoustic tour」の見どころだったと言ってもいい。 「また会いましょう。野音で会いましょう」 東京公演を締めくくったSIONの言葉通り、7月14日には2年ぶりとなるSIONとファンの夏の風物詩=『SION YAON 2024』が開催されることが決まっている(会場である日比谷公園大音楽堂の改修工事が延期されたため、昨年10月に発表されたタイトルから“FINAL”が取れた)。今年はSION'S SQUADに花田裕之(Gt)と細海魚(Key)を加えた6人編成での演奏だ。今から楽しみでしかたないが、それに先駆け、SIONは『Acoustic tour』の振替公演を行ないながら、この4月、『ARABAKI ROCK FEST.24』に遠征もした。

2月25日 LIVE HOUSE ANGA 27日は盟友・池畑潤二(Dr)を中心とするハウスバンドがさまざまなボーカリストを迎えるロックンロール・セッション『BIG BEAT CARNIVAL〜ロックンロールの夢〜』に参加。翌28日はSION'S SQUADでステージに立った。そしてさらに29日は『ARABAKI ROCK FEST.24』が開催される宮城県から福島県に南下して、clubSONIC iwakiで開催された『SHINJUKU LOFT 25TH ANNIVERSARY EXTRA SHOW!! In IWAKI』でOAUと対バンした。 自称82歳とは思えない強行軍に『I like this, too』収録の「ポンコツを楽しむさ」で《ギリギリまでポンコツを楽しむさ 無理くりでも》と歌ったときとはちょっと違う、SIONの内に漲るものを感じずにいられない。願わくば、野音までに東京でもせめて1回ぐらいSION'S SQUADのライブが見られたらうれしいのだが、『ARABAKI ROCK FEST.24』、いわきとライブを重ねることで、野音のステージに立つときには「いいバンドだなあぁ。気持ちええなぁ」とSIONが言うSION'S SQUADの演奏はさらに磨き上げられ、パワーアップしていることだろう。なんだか、今年の『SION-YAON』はこれまでとはちょっと違うものになりそうだ。

2月25日 LIVE HOUSE ANGA

ところで、ブルース・コバーンやロン・セクスミスが流れる『Acoustic tour』の開演前のBGMは、誰が選んでいるだろうと思ったら、藤井一彦による選曲だった。「BGMだってチケット代に入っているんだから」と冬っぽい曲をテーマに公演ごとに選んだのだそうだ。通好みの選曲を楽しんでいた人もいたと思うが、せっかく足を運んでくれたんだから、お客さんにはめいっぱい楽しんでほしいという藤井の思いが窺える。 そしてもう一つ。SIONファンにはお馴染みのツアーマネージャー、上甲氏が本番中、ギターをチューニングしながら、一緒に歌っている姿も印象に残っている。「歌ってましたね?(笑)」と上甲氏に言うと、「仕事中に良くないですよね」と照れくさそうに笑ったが、この人は本当にSIONの歌が好きなんだなぁと胸が熱くなった。 マネージメントを担当するLOFT PROJECTのスタッフも含め、SIONはこういう人たちに支えられているのだとちょっとうれしくなるような話を最後に付け加えさせていただきました。【Text:山口智男 / Photo:麻生とおる(1月27日 渋谷SHIBUYA PLEASURE PLEASURE / 2月2日 横浜THUMBS UP)|丸山恵理 / LOFT PROJECT(2月25日 千葉LIVE HOUSE ANGA)】

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