「家に帰りたくない」30代の医者夫婦。世帯年収4,000万でも、毎日夫が憂鬱なワケ

◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、レスで悩んでいることが判明する。

幸弘は父親の誕生日会で子作りについて口を出されて反発する。その時、これまでおとなしかった妻の琴子までもが両親に反発し、ふたりは会場を飛び出した。

▶前回:「俺たち別れた方がいい」結婚して5年、夫の突然の発言に31歳妻が理由を尋ねると…

小野家/幸弘から見た琴子

「子どものことは、私たちで決めます。

お義父さん、お誕生日おめでとうございます。今日はお祝いができてよかったです。残念ですが、私たちはこの後用事があるので失礼しますね」

琴子は姿勢を正しそう述べると、幸弘の腕を掴んで逃げるようにその場を去った。

琴子の代名詞は、従順で奥ゆかしい。まるで昔の大和撫子のような女性像がピッタリと似合う、と幸弘は思っている。

子どもの頃から親の言うことをきちんと守り、反抗期もなく真面目な優等生。

両親たちの我が儘にも、笑顔でにこやかに応えうまく受け流す。

幸弘と実の両親とは、関係は良くない。

父親が絶対的権力を持つ家で育ち、母親は父親の言いなり。口答えなど許されなかった。

母親はそのストレスのはけ口を幸弘に求め、理不尽に声を荒らげることも多かった。

そして父親に認められるために、半狂乱的に幸弘に勉強を強いた。

幸弘が“理想の息子”に出来上がると“私が育てたのよ”と自慢し、今度は幸弘の家庭までも思い通りにしようとする。

それでもなんとか両親との関係を保っていたのは、琴子のおかげだ。

ただ幸弘には、そんな琴子が鬱陶しく感じるときがあった。

常に両親と幸弘の仲を取り持ち、悪く言えば両親の言いなりである琴子の本音が見えてこない。

幸弘が両親に逆らおうとしても「まあいいじゃない。きっとご両親もあなたのことを思ってしたことよ」と、なだめようとしてくる。

そんな琴子が、お互いの両親を目の前に、きちんと自分の意見を主張したとき、幸弘は彼女の知らない一面を見た気がした。

「あー、もったいなかったな。デザート食べ損ねちゃったね」

八芳園で開催されていた義父の誕生日会を途中で抜け、目黒通りを渡ったところで琴子が急に振り向き幸弘に言った。

一連の行動が琴子らしくなく、きょとんとした顔をする幸弘を見て琴子がくすくすと笑う。

「“鳩が豆鉄砲を食ったよう”って、よく例えたよね。ねえ、見た?あなたの両親もうちの両親も、その言葉がぴったりな顔してたわ」

「確かに、驚いてたな…」

すると、お互いのスマホが同時に震えた。

「お父さんからだ、怒ってるんだろうな…」
「俺も母親から。別にいいよ、放っておけば」

幸弘は呆れ顔で電話を拒否すると、タクシーを呼ぶために配車アプリを開いた。

「ね、せっかくだから、歩いて帰らない?家まで30分ほどだし」
「そうか?でも、靴は大丈夫?」
「ヒール?大丈夫よこのくらい。会社でもヒール履くし。幸弘ってさ、冷たく見えて、ちゃんとそういうところ気遣いできるよね」

仕事上、その程度は当たり前だと幸弘は思ったが、口にするのはやめた。

今はなるべく否定せず、琴子の本音が少しでも出てくるのを邪魔したくなかったから。

「今日、ごめんね?いつもみたいに子どもの話題は流しておけばよかったけど、なんかもう黙ってられなかった」

「いや、こっちこそ。琴子に言わせてしまって、申し訳なかったよ。両親には、俺の方から言っておく」

「あ、それ、今の!そこが幸弘はダメなんだよ」

今度は突然の指摘に、幸弘は面食らう。

「幸弘は私を気遣って、自分でなんとかしようとするでしょう?初めは嬉しかったけど、最近はなんかそれ、私のことを信用してない気がするの」

「そんなことは…」

「幸弘は知らないかもしれないけど、私って実は、頭いいのよ?このくらいのいざこざ、自分でなんとかできるわ」

琴子は冗談交じりに言う。

それに応えるように、幸弘は「へえ、東大卒って頭いいんだな、知らなかった」とふざけた。

「でも、琴子は子どもを欲しがっていただろう?だから、さっき子どものことは自分たちで決めるって親に言ったことが意外だったよ」

「これだから、幸弘はわかってないのよ。私はね、子どもが欲しいんじゃなくて、きちんと話し合いたかったの。夫婦として、お互いにどうしたいのか、どうするのが幸せになれるのか、一緒に考えたかったの」

心地のいい夜風のおかげか、外にいる開放感のせいか、2人は少しずつ心を開いた。

「けれど、前に俺が子どもを欲しくないって言ったら動揺していただろう?」

「それは、一方的にそう言われたから。私の意見なんて無視して。そりゃ、腹立つでしょう?でも正直、私も今すぐ欲しいわけじゃないし、将来欲しくなるのかもわからない」

確かに、と幸弘は反省した。

自分の意見ばかりを言って、琴子が“実際にどうしたいのか”を、聞いたこともなかったのだ。

「幸弘が子どもを欲しくないと思ってるのは、両親の影響?」

「あぁ。どうせ俺たちの子どもも俺の親の言いなりにさせられる。そんな不幸な子は、もうこれ以上作りたくないんだ…」

珍しく感情を露わにした幸弘に、琴子は「バカね…」と呟いた。

「あなたはどうしてそうやっていつも、先回りしてはダメだって決めつけるの?両親のことも、何を言っても無駄だって諦めて。

私のことも“最高の嫁”って言いながら、心の奥では何もわかってくれないって心を閉ざして」

心にしまっていた言葉たちが溢れ出したのか、琴子は止まらなくなった。

「子どものことだって、私たちで頑張ればいい。仕事も子育ても、嫌なら海外にでも行ったらいい」

「そうは言っても、君にもキャリアがあるじゃないか」

「それでも、別居婚だってできるし、今の時代なんだってできる。あーもう、ほんっとに頭が固いんだから!」

琴子の迫力に幸弘は自分が弁護士であることを忘れるほど、言葉がうまく出てこなかった。

「私はただ、幸弘の本音を聞きたかったの!幸弘が本気でやりたいことなら、家族として応援する」

琴子の言葉で幸弘は、自分が気づきたくなかった真実に、目を向けざるを得なかった。

結局は、自分が怖かったのだ。

両親に決められたレールを走ってきた幸弘は、そこから抜け出したいと思いながらも何もない道を行くのが怖かった。

だから、文句を言いながらも彼らに従い、父親の影響力から離れられなかったのだ。

琴子に対しても同様に、真実を知って傷つくのが怖かっただけ。

彼女と結婚して少し心を開きかけたときに、結婚後も元恋人と会っていたと知ったが真相は突き詰めなかった

「琴子も親に逆らえず幸弘を選んだ」と自分の中で処理をしてやり過ごした。

幸弘は、自分の感情に蓋をし、表面上琴子と仲良くすることでなんとか夫婦という体裁を守っている。

今日は、もう少しだけ琴子の本音を聞きたい、幸弘がそう思った時…。

― ブブブブ…

琴子のスマホが震えた。

「また、親からかな…。あ、違う。杏ちゃんからだ。どうしたんだろう…」

杏は、幸弘の高校の同級生で医者をやっている陸の妻だ。

「もしもし、杏ちゃん?どうしたの?」

杏の話によると、陸から突然「幸弘の家に泊まる」と連絡があり、それから2日間連絡が取れなかったのだという。

「幸弘、何か知ってる?」

「いや?何も…。ちょっと連絡してみるわ」

幸弘は、急いで陸に電話したが、繋がらない。

杏には適当に言い訳し、また連絡すると言って電話を切った。

佐々木家/壊れた陸

「君さ、診察に時間かけすぎなんだよ。うちは慈善事業じゃないんだから、もっと効率よく診ないと」

午前の診察が午後3時前に終わり、やっと昼ごはんを食べようとしていたところで、整形外科部長に呼ばれて嫌味を言われた。

妻の杏の父親が経営しているこの病院は、内科、小児科、循環器、整形、リハビリなどをそろえた総合病院で、子どもからお年寄りまで数多くの患者が訪れる。

より多くの患者を診察することが経営にも貢献することになるから、1人にかけられる時間が少ないのは理解できる。だからといって、機械的な診療など陸はしたくない。

そのうえ、患者に過剰とも取れる検査や治療を勧めることに陸は嫌気がさしていた。

陸と杏で世帯年収4,000万ほどあるのも、杏の父親の病院経営がうまくいっているおかげなのはわかっている。

患者1人ひとりを丁寧に問診して、適切な治療を施したいと思っている陸は、いつもストレスを抱えていた。

そして仕事を終えて家に帰ると、不機嫌な杏から愚痴を聞かされ家事にダメ出しされる毎日

2日前、杏から言われた。

その週は学会準備や難易度の高い手術が立て続けに入っていて忙しく、さらに部長からも怒られ、精神的に参っていた。

家のことが疎かになっていたが、それどころではなかったのだ。

「陸ってほんと、家事も仕事も、何をしてもダメね。あーあ、もっとできる男と結婚すればよかった。そんなんで病院を継ぐとか、言わないでね」

これまでずっと耐えてきた陸は、杏の言葉に心がポキンと折れた。

次の日の朝。

陸が仕事に行こうと駅に着くと、突然動悸と眩暈に襲われ、倒れ込んでしまった。

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▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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家を出て行った陸。ある人からLINEが来て、呼び出されたのは…?

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