三菱商事、夏ボーナスが641万円、トヨタの年収と大差なし…当たり前の理由

三菱商事が所在する丸の内パークビルディング(「Wikipedia」より)

総合商社・三菱商事の今年夏の平均賞与支給額が641万円にも上ることが話題を呼んでいる。日本経済新聞社がまとめた「2024年夏のボーナス調査(中間集計)」によるものだが、なぜこれほど高額なのか。また、三菱商事の業績を踏まえれば妥当な金額なのか。専門家の見解を交えて考察したい。

今年の夏の賞与支給額は広い業界で前年比大幅増となっている。日本経済新聞社の調査によれば、支給額が100万円以上の企業の比率は全体の20%になる。夏のボーナス支給額は前年度の業績が反映される傾向があり、上場企業の24年3月期の純利益が過去最高水準となるなど、好業績の企業が多いことが背景にある。

総合商社各社の24年3月期連結決算も以下のように好調だ。

社名 純利益
・三井物産 1兆636億円
・三菱商事 9640億円
・伊藤忠商事 8017億円
・丸紅 4714億円
・住友商事 3863億円

純利益ベースで業界2位の三菱商事は、天然ガス、総合素材、化学、金属資源、産業インフラ、自動車、食品産業、コンシューマ産業、電力など幅広く事業を展開。将来の収益拡大に向けた取り組みとして以下の事業にも注力している。

●成長戦略に基づく投資の検討・実行
MCSV戦略投資
LNG事業の拡張
次世代エネルギー事業の立上げ(グリーン水素、クリーンアンモニア、SAF、e-メタンなど)
電化向け金属資源開発(銅、リチウム、ニッケル、ボーキサイトなど)
国内外での都市開発・運営事業
Smart-Life経済圏の構築

●投資済案件の着実な収益化に向けた準備期間
LNGカナダの完工
機能素材事業の拡大
データセンター事業の海外展開
鮭鱒養殖事業の拡張
KDDIとの協業によるローソンの企業価値向上

(同社「2023年度決算及び2024年度見通し 説明会資料」より)

資源、社会インフラ、ITからコンシューマ向けまで、手掛けていない領域がないといえるほど、その事業範囲は広い。24年度の純利益も23年度と同水準の9500億円の見通しで、「資源価格高騰やコロナ禍特殊要因などの取込み分を除いても、稼ぐ力は確実に伸びており、利益水準は向上している」(同資料)と自ら分析しており、業績はさらに拡大する勢いだ。

典型的な「人的資本経営」の企業

同社といえば、社員の給与水準が高いことも知られている。有価証券報告書の内容より単純計算すると社員の平均年収は1800万円ほどで、少し前には退職金が9200万円にも上るという転職支援業界関係者のSNSへの投稿が話題になった。

「月の給料は他の日本の大企業と比べて『すごく高い』というレベルではなく、年収でみると月の給料よりボーナスのほうが多い。会社が『頑張って利益が出れば収入が増えますよ』というかたちでインセンティブの要素を多くしているためで、もし仮に業績が悪化して赤字に陥ったりすれば、ボーナス部分が激減するので年収も減ることになる」(総合商社社員)

では、三菱商事の今年の夏のボーナスは、なぜこれほど高額になったのか。経済評論家で百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏はいう。

「五大商社と呼ばれる総合商社はビジネスモデルとして、人がその生み出す企業価値の中核をなす、典型的な『人的資本経営』の企業です。人が主要な資本であるがゆえに、過去最高水準の純利益を稼ぎ出している以上、従業員報酬が高くなるのは当然ではあります。四季報によれば三菱商事の平均年収は42.9歳で1939万円です。これは東証プライム上場企業ではトップ5に入る高額報酬です。人が資本である総合商社においては、このような高額報酬は当たり前なのです。

これを例えば『資本は設備投資を行うためのものだ』という考え方のメーカーと比較してみるとよくわかります。東証プライム企業のなかでも最高の営業利益をたたき出しているトヨタの平均年収は40.6歳で895万円と、三菱商事の夏のボーナスと大差ありません。理由は経営者が『自動車会社は設備が金を稼いでいるのだ』と考えるからです。役員報酬は億単位でも、製品原価を構成する従業員報酬は1000万円に満たないのです。

三菱商事は日本企業のなかでは高額報酬として知られる会社です。俗に『10年目からは年収2000万円』といわれるように、30代前半でM2職(管理職相当のグレード)となり、その水準に達します。業界トップレベルの人材を引き付けるためには、この報酬は必要経費なのです」

業界トップであり続けるべきだという経営陣の意思

そもそも同社のボーナス額について「高額」という認識は的を射ているのか。もしくは、諸条件を勘案すれば特段に高額とはいえないのか。

「三菱商事は前述したように日本企業のなかでは高額報酬として知られています。ただ三菱商事の場合は、その前提で考慮すべきポイントがあります。まず、直近の業績では、資源価格の下落が響いて対前年比で純利益が▲18%も減少しました。純利益額では三井物産に抜かれて業界2位に転落しました。にもかかわらず夏のボーナスが対前年比で6.9%増加している。つまり利益に対する報酬という考え方ではないのが、ひとつめのポイント。業績への成果報酬ではなく、人的資本の能力自体に報酬を支払っているわけです。

次に従業員報酬を比較すると利益トップの三井物産よりも高いのです。これは長期安定的に競争優位を築くために、人に対する投資を意味する従業員報酬は、三菱商事が業界トップであり続けるべきだという経営陣の意思を感じます。

そして3つめに前年比6.9%という金額水準です。政府の要請で経団連が5%以上の賃金増を掲げているなかで、日本企業平均を大きく上回る水準を打ち出してきました。夏のボーナス641万円というのは、もはや日本の大企業のなかでは圧倒的というべき金額です。人が事業を築き、これからも人が事業を築き続けることに対する自信の大きさを感じさせます」(鈴木氏)

日本のIT企業や金融機関の報酬レベルは低い

三菱商事のボーナス額が目立つ背景には、日本企業の給与の低さがあるという。

「世界的な資本主義の潮流として、競争優位のカギが工場や店舗のような物的資産から、人のような無形資産へとシフトを始めています。しかし日本企業はそのトレンドを把握していながら、なかなか人への投資額を増やすことに踏み切れていません。アメリカの巨大IT企業や、ウォール街の一流金融機関と比較すれば、日本のIT企業や金融機関は人的資本経営を標榜しつつも、その報酬レベルは一桁低いのが現状です。

その例外といえるのが総合商社です。人がビジネスを構築してきた歴史があり、その人に対する投資を増やすことに経営陣が何ら不安を感じない。その姿勢を日本企業はもっと見習うべきだと思います」

(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

© 株式会社サイゾー