『東京カウボーイ』井浦新 世界は日本をちゃんと見ている【Actor’s Interview Vol.39】

効率至上主義の日本人ビジネスマンが、出張先のアメリカ・モンタナで人生を見つめ直す…。これまで何度も使われたプロットの普遍的な物語だが、この映画『東京カウボーイ』は驚くほどに面白い。映画で重要とされる“Arc(アーク)”と呼ばれる成長曲線を愚直なまでに丁寧に描いていることが、その勝因ではないだろうか。複雑に入り込んだストーリーや派手なアクションは皆無の映画だが、シンプルにストレートに心に突き刺さってくる。

そして、その“Arc”を絶妙なニュアンスで体現した井浦新なくしては、本作は決して成立しなかっただろう。舞台となるアメリカ・モンタナにも自然と溶け込み、ハリウッド俳優と並んでも遜色ないその佇まいを見ると、同じ日本人として嬉しくなってしまう。ハリウッドのプロデューサーの下、アメリカ人監督が手掛けるアメリカ映画に、井浦新はどのように挑んだのか。話を伺った。

『東京カウボーイ』あらすじ

アメリカ・モンタナ州、経営不振の牧場の再建。それを最重要案件として意気込み渡米した主人公のヒデキ(井浦新)は、いつものスーツ姿で壮大な計画をプレゼンするが、東京の常識は通じず、すぐに行き詰まってしまう。トラブル続きの最中、郷にいれば郷に従えとスーツを脱ぎカウボーイ姿に着替え、自然や動物とともに生きる人々と交流するうち、自身の効率一辺倒の働き方を見つめ直していく。

芝居で芝居をそぎ落とす


Q:異なる環境に行った人間が成長していく話は、多くの映画で描かれてきた普遍的な物語です。演じる上での難しさなどはありましたか。

井浦:ありました。この映画では派手な出来事は一切起きません。馬から落ちるくらいはあったとしても(笑)、何か劇的なことが起こるわけではない。監督からは「演じるのではなく、この『東京カウボーイ』の世界の中で、ヒデキとして実際に存在してほしい。血肉のあるアラタの芝居が見たい」と言われました。撮影は約2年前で当時は47歳でしたが、それまでのキャリアで培ってきた芝居をもって、あえて芝居をそぎ落としていくような、役を超えて自分の内側を表すこと求められました。とはいえ、芝居をしないわけではないですし、ヒデキの心の変化をちゃんと表す必要がある。台本に描かれている文面を、人とのコミュニケーションとしてシンプルに表現し、観ている人の心にどう染み込ませていくか。そこが最大のやりがいでもありました。

また、実際にアメリカで撮影して思いましたが、モンタナの風景がとてもダイナミックなので、大きな出来事が起きなくても、そこに映っている景色だけでも間違いなく大きな力があった。それもこの映画の魅力だと思います。

『東京カウボーイ』

Q:こういう物語では、ヒデキは独善的で嫌なキャラクターに描かれがちですが、極めて普通で何なら一生懸命な男として存在します。それでも少しずつ、そして確実に変わっていく。そこがとてもリアリティがありました。ヒデキのキャラクターはどのようにして作られたのでしょうか。

井浦:実は今回、映画冒頭の日本パートは後で撮っているんです。モンタナで生まれたヒデキ像でラストシーンまでを先に撮ってから、日本に戻り変化する前のヒデキを撮影しました。だから逆算のような感じになっていたのですが、特に大変さなどはありませんでした。モンタナで生まれたヒデキという役は、モンタナに来る前はこんな温度感だったのかと、うまくバランスを作り込むことが出来た。モンタナで先に撮ったことがプラスに働いたと思います。

海外と日本、現場の違い


Q:海外作品が描く“日本”にありがちな、ヘンテコな日本が全く出て来こないのが意外でした。

井浦:それは藤谷文子さんが脚本を担当してくれたおかげです。ですが一箇所だけあったんです。東京で仕事中のヒデキが移動の合間に道路で昼食を取るシーンがあるのですが、あれがマーク監督のイメージする日本人サラリーマンだったらしく、「どうしても箸で食べて欲しい」と。もちろん、外で何かを食べることは世界中どこでもあると思いますが、いくら日本のサラリーマンが忙しくても、パンやおにぎりならまだしも、道路に立って箸を使って食べるのはさすがにないんじゃないかと(笑)。そこは最後まで議論したのですが、監督はとてもこだわっていました。

Q:日本での撮影に関しては、井浦さんの方から監督へ色々と提案されたと聞きました。

井浦:そうですね。東京のロケ地などは、海外の人が想像するビル群以外の、海や山、田んぼや畑、夜の首都高速や湾岸の工業地帯、日が沈むときにシルエットになるレインボーブリッジなど、東京の人が見ても美しいと思える景色を色々と提案しました。ただ、ヒデキはコンクリートジャングルでバリバリ働く企業戦士にしたかったこともあって、自然の方は描けなかったのですが。

役柄的にも、芝居をしていく中でヒデキを通して感じたことは、脚本の藤谷さんや監督に相談してセリフをブラッシュアップしました。そうやってみんなで作っていく感じがありました。

『東京カウボーイ』

Q:これまで相当数の現場を経験されていますが、国内作品と海外作品で監督や現場の違いを感じましたか。

井浦:日本の監督と海外の監督の違いは意外とありません。それは、日本の中でも監督の数だけ違いがあるのと同じです。アメリカのマーク・マリオット監督も、マーク監督ならではの映画作りをしている。国内外問わず、監督によってみんな違うのだと実感しました。

現場の違いとしては、習慣として日本では当たり前だと思っていることが、アメリカでは当たり前ではないことがありました。例えば日本の現場では、どんなに大作でも食事の際にケータリングを毎日やることはありません。食事の基本はお弁当で、たまには温かいものを食べようとケータリングになる日が時々あるくらい。一方で『東京カウボーイ』の現場では、撮影部、照明部、衣裳部、メイク部などと同じように、ケータリング部が存在しました。モンタナでの撮影期間中は、ケータリングスタッフがスタッフ・キャスト皆の栄養管理をしっかりやってくれる。毎日の栄養バランスを考えて、昼食はパワーがつくようにお肉や野菜をたくさん出してくれると、その分夜は少し軽めにするとか、また、撮影が遅くなったときは、撮影後に自分の部屋に戻って食べられる夜食を作ってくれる。温かいパニーニなんかを包んでくれるんです。栄養のバランスをコントロールしてくれるチームが、技術チームと同じように組み込まれている。すごく大事なことだと思いました。そこは日本との大きな違いでした。

おそらく、日本は予算を削るときに食事などから削っていくのでしょうね。そのあたりの価値観が違うのかもしれません。「ケータリングは高いからお弁当で」と先輩から学ぶと、それが習慣になってしまう。予算が削られたとしてもケータリングは削らないという習慣を、日本でも取り入れることが出来れば、と。現場は大変な肉体労働なので、そこで食事を楽しむ時間がちゃんと確保されていれば、元気も出るしずいぶん違ってくるだろうと思いました。

世界は日本をちゃんと見ている


Q:今回の監督や脚本家は日本に縁がある人ですが、プロデューサーのブリガム・テイラーはバリバリのハリウッド畑です。彼の仕事ぶりはいかがでしたか。

井浦:この作品でのブリガムは、本当に大きな背骨のような存在でした。いつも作品全体を見ていて、毎日現場に来ていました。自分が観たい、作りたい映画のために、プロデューサーとしてお金を集めて回りつつも、彼自身もたくさんお金を出している。現場でどんなシーンが生まれてくるのか毎日楽しみにしていました。『東京カウボーイ』は、ブリガムとマーク監督二人の絶妙なバランスで出来上がっている作品です。

『東京カウボーイ』

ブリガムは、『パイレーツ・オブ・カリビアン』で一緒に仕事をしたジョニー・デップのことを、「ジョニーがね」と気軽に言うような大プロデューサーですが、彼はすごい日本映画オタクなんです。昔の日本映画から最近のインディペンデント作品まで、僕も知らないような作品もたくさん知っている。監督のマークも日本映画オタクなのですが、ブリガムはそれ以上でした。そうやってたくさんの日本映画を観てきた中から、僕みたいなのを見つけてくれたんです。

ブリガムは、「僕はたくさんの人に楽しんでもらえる超大作を作っていくことにプライドを持っているし、やりがいも感じている。自分が作りたい、観たい映画もはっきり持っている。とにかく映画が大好きだから、自分が仕事をしたいと思った人と一緒にやっていきたい。今回はそれが君だったから僕は君にオファーしたんだ」と言ってくれた。僕はその言葉に突き動かされて「やらせてください」とお返事しました。ブリガムと出会えたおかげで、「世界はちゃんと日本をみているんだ」と実感することが出来たんです。

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井浦新

1974年生まれ、東京都出身。1998年に是枝裕和監督『ワンダルフライフ』で映画初主演。若松孝二監督『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12)で日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』(12)でブルー・リボン賞助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に河瀨直美監督『朝が来る』(20)、かなた狼監督『ニワトリ☆フェニックス』(22)、森井勇佑監督『こちらあみ子』(22)、森達也監督『福田村事件』(23)、今泉力哉監督『アンダーカレント』(23)、穐山茉由監督『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(23)、久保茂昭監督『ゴールデンカムイ』(24)、若き日の若松孝二役を演じた白石和彌監督『止められるか、俺たちを』(18)の続編となる井上淳一監督『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(24)など。また映画館を応援する「MINI THEATER PARK」、アパレルブランド〈ELNEST CREATIVE ACTIVITY〉ディレクター、サステナブル・コスメブランド〈Kruhi〉ファウンダーを務めるなど、その活動は多岐にわたる。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『東京カウボーイ』

6月7日(金)YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

配給:マジックアワー

© 太陽企画株式会社