76歳男性「知りませんでした…」毎年110万円ずつ贈与する“定番の相続税対策”がムダに終わる危機に冷や汗【FPが助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

今年(令和6年)1月1日から施行された相続税及び贈与税の税制改正。この改正によって、生前贈与のひとつである「暦年贈与」について、節税効果を果たさなくなるケースが発生してしまうようになりました。本記事では、相続税対策を進める76歳のAさんのケースを例に、FPの松本耕太郎氏が税制変更後の生前贈与について解説します。

相続税対策を考え始めたAさん(76歳)からの相談

先日、「相続税がかかるかもしれないから、今のうちに対策をしたい」とAさん(都内在住・76歳)からファイナンシャル・プランナーの筆者のもとに連絡がありました。

Aさんには妻と2人の子どもがおり、子どもはそれぞれ結婚していますが孫はまだいない状況です。70代後半となり、自分の資産を子どもにどう引き継ぐかを考えるようになったAさん。そんな中、ネットで年間110万円以下で贈与をする「暦年贈与」という方法を知り、相続税対策をするのは有効かと相談してきたのです。

「生前贈与」「暦年贈与」「相続時精算課税制度」の違い

筆者は、まずAさんに相続税について考える際に必ず知っておくべき「生前贈与」「暦年贈与(暦年課税制度)」「相続時精算課税制度」について説明をしました。その内容は以下の通りです。

まずは「生前贈与」。これは文字通り、生きてる間に他者に財産を贈与することです。自分が亡くなった時に財産を引き継がせる相続と違い「生きている間」というのがポイントになります。この生前贈与は、「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」の2種類に分かれます。

「暦年課税制度」とは、暦年課税とは1年間に受けた贈与に課税される制度のこと。暦年課税制度を使って贈与することを「暦年贈与」といいます。暦年贈与は、1月1日から12月31日までの1年間で、贈与額が110万円以下であれば、贈与税がかからないという仕組みを利用した贈与方法です。非課税で毎年110万円までは税務署に申告をすることなく財産を渡すことができることから、よく使われる相続税対策の一つです。

一方、「相続時精算課税制度」とは、60歳以上の父母、または祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について「2,500万円までの贈与には贈与税がかからない」という制度です。ただし、贈与税がかからないだけで、相続時に相続財産と合わせて計算されるので、税金がなくなるわけではありません。また、こちらの制度を利用する場合は、暦年贈与とは違い税務署に申告が必要となります。

今年の税制改正で大きく変わった「暦年贈与」

では本題に戻りましょう。相続税を払うかどうか、また生前贈与が必要かどうかは、Aさん自身の資産の棚卸が必要になります。Aさんと筆者で資産の棚卸をし、概算で計算をした結果、約7,000万円の資産があることが判明しました。

この約7,000万円の資産に対して相続税がかかると思うかもしれませんが、相続税には「基礎控除」があります。相続税とは遺産全額にかかるのではなく、遺産総額から基礎控除を引いた金額が課税の対象となります。つまり、遺産の総額が基礎控除額を超えなければ、相続税の申告や納税は基本的に必要ありません。

この基礎控除額は【3,000万円+法定相続人×600万】という計算式で求められ、今回のAさんの例で言えば、【3,000万円+法定相続人3人(妻・子ども2人)×600万円】なので、4,800万円が基礎控除額となります。つまり、資産約7,000万円から基礎控除額4,800万円を引いた2,200万円が、今回の相続税の対象ということになります。基礎控除を考慮したとしても、少ない金額とはいえません。

「そうなると、やはり暦年贈与をしたほうがいいのか」と思いきや、実はそうとはいいきれません。その理由が、今年(令和6年)1月1日から施行された相続税及び贈与税の税制改正です。

令和5年度まで、暦年贈与は「相続開始3年以内の贈与」のみが相続財産に含まれる(=持ち戻しをして相続税額を計算しなければならない)という内容でした。しかし税制改正によって、令和6年以降は相続発生時から遡る期間が段階的に引き上げられ、最終的には7年以内の贈与が対象となるというルールが決まったのです。

最大7年間遡って計算されることになり、亡くなるタイミングによっては暦年贈与分も相続財産に含まれる可能性が高くなりました。そうなれば、暦年贈与を一生懸命行っても、その意味はなくなります。

Aさんは現在76歳ですから、平均寿命を考えると暦年贈与をするかどうかの判断が難しい状況です。仮に孫がいれば、今回の持ち戻しの対象外になりますが、現時点では子どもしかいないので、相続開始7年以内の贈与は無駄に終わる可能性があるのです。

暦年贈与の期間が少ない人は「相続時精算課税制度」が選択肢に

「暦年贈与は使えないのか…」とがっかりするAさんに筆者が提案したのが、前述した「相続時精算課税制度」の利用です。以前はこの制度を使うと、暦年贈与の基礎控除110万円が使えなかったのですが、今回の改正で110万円の基礎控除も使えるようになりました。暦年贈与と違い、持ち戻しの対象にもならないため、今回のように生前贈与の期間が少ない人には、こちらの制度を使った方が効果的な可能性があります。

ただし、この相続時精算課税制度は一度選択すると暦年課税に戻すことはできなくなりますので、慎重に判断することが大切です。

これらの話を聞いたAさんは、「税制改正のことなんて知りませんでした。私のように高齢だと、暦年贈与だと無駄になる可能性が高くなったんですね」とつぶやいたのでした。

「暦年贈与」・「相続時精算課税制度」どんな人が選択するといい?

2つの制度を使う際の判断基準を整理して見ていきましょう。

■暦年贈与を使った方がいい人

・相続人が多い(子や孫が多い)

暦年贈与の110万円の基礎控除は相続人ごとに枠があるため、相続人が多ければ多いほど効果は高くなります。

・相続が発生するまで時間がある人
7年に持ち戻しの範囲が拡大されたとはいえ、それ以前に関しての贈与は問題なく対象になります。そのため相続が発生するまで時間がある(=被相続人が若い)場合は、暦年贈与は効果的であると言えるでしょう。

■相続時精算課税制度を活用した方がいい人

・相続財産が基礎控除の中で収まる人
相続時精算課税制度の特徴として、贈与したものが相続時に相続財産に加えることになるので、基礎控除内で収まる場合は生前に2,500万円まで非課税で贈与ができます。

・被相続人が高齢の人
暦年贈与の時と逆になりますが、被相続人が高齢だと贈与をする期間が短くなるので、持ち戻しリスクが高くなってしまいます。相続時精算課税制度の基礎控除110万円は持ち戻しの対象外になるので効果的です。

相続税対策=暦年贈与という方程式が通用しないケースに注意しよう

今回のAさんのように、インターネットで得た情報を鵜吞みにして、何も考えずに暦年贈与をしていたら、無駄に終わってしまったかもしれません。令和6年以降の相続は、税制改正の影響で相続税対策=暦年贈与という方程式が通用しない可能性があるということをぜひ覚えておいてください。

「備えあれば患いなし」ということで、相続は早め早めの対策を心掛け、信頼できる専門家に相談しながら進めてみてはいかがでしょうか。

松本 耕太郎

ファイナンシャル・プランナー

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